【オトナになることのうた】佐野元春 その3●今なお叫ぶ「つまらない大人にはなりたくない」
ね? やっぱりな、というところです。
ダメだこりゃ。
まあ過去にはUSBのことすら知らないような人がサイバーセキュリティの担当大臣をやってたぐらいだから、驚かないけど。
いや、それはそれとして。大臣として、現状に対して効果的な動きができていれば文句はないんですが。そうではないからね。
頼みますわ。
そんなわけで訪れる街々でスーパーやフードストアに入り、お米の価格チェックをしている青木です。今はどこも3000円台中盤のが多少出回ってるぐらい。でもそれが5kg入りでなく、4kgだったり。あるいは海外のお米のブレンドだったりします。うぬ~。
ええと、こないだの週末は、まず神楽坂にイベントを観に行きました。
この社中は伝統芸能の様式美でいっぱいでしたな。お見事。
こちらの方の朗読も素晴らしかった。エエ声。
ゲストのロバートキャンベル氏がなぜか隣の席に座ったうちのカミさんもさすがである(何がだ)。
で、翌日は、原宿で開催中の泉谷しげるのサイバーパンク展に。
サエキけんぞうさんとのトークも、泉谷自身の激しいアコースティックライヴも良かった。
そういえば、うちにライヴVHS『イービル・ライヴ』があったな……また見直したい。ただ、ビデオデッキが動くのか、つながるのか、どうか。
それでは佐野元春の3回目を。
子どもだろうが大人だろうが関係ねーよ!「ぼくは大人になった」
今回、佐野の過去のインタビューを漁る中で、『大人エレベーター』という書籍に出会った。俳優の妻夫木聡が出演するサッポロビールの黒ラベルCMでの共演者との対談が元になっている。
現在は、サンボマスターの出演版が最新である。
こうして最近もOAされているが、このCMのシリーズは10年以上前から続いている。そして先ほどの本は2014年7月に刊行されていた。

これには妻夫木と佐野元春との対談も収録されていて、放送されたのは2011年4月とのこと。当時の佐野は55歳。
妻夫木との対話の中に、佐野が「ガラスのジェネレーション」、そして「ぼくは大人になった」について語るくだりがある。
(前略)
佐野 僕はソングライティングを通じて、俺ってなにを考えてんだろうっていうことを知ってきたクチなんだ。自分で詞を書き、レコーディングして歌う、ライブする、それを客観的に聴いたりする。あ、俺ってこんなこと考えていたのか、と。自分の作品から自分を教えてもらう。そういうことをずっと続けてきた。だから、表現っていうのは自分の心の底に沈殿しているものが、自然と表に出てくる作業でもあると思う。
妻夫木 うんうん。
佐野 普通の人たちは、心の上積みを他とコンフリクト(対立、葛藤)させたくないから上積みだけでコミュニケーションするんだろうけど、表現者はそれじゃ足りない。時には、沈殿しているものも表に出してコンフリクトさせることも厭わない、くらいの根性がないとダメなんじゃないかな?
妻夫木 本当にその通りだと思います。
佐野 でも、30歳くらいまではそんなこと考えてなかったよ。
妻夫木 ホントですか?
佐野 うん、単純にロックンロール楽しい、みたいな感じ。みんなの前で演奏できて嬉しい、というような。でも33歳から35歳頃、自分の親が死ぬ、いろんな人との別れがある、そうした経験を通じて深く考えるようになった。
妻夫木 大人になったってことなんですかね。
佐野 うーん。振り返ってみると、僕は10代の頃に「つまらない大人にはなりたくない」って内容の曲をポップソングにして出した。そのずっと後、1991年のちょうど妻夫木さんくらいの年代の時に『ぼくは大人になった』って曲も書いた。面白いんだよ、ある評論家がその曲を聴いて「こんなことを言ってるようじゃ、まだ子どもだ」みたいなことを言ったんです。悔しかったよ。
妻夫木 その歌って、ホントに大人になったと思って書いたんですか?
佐野 いや、むしろ子ども時代のイノセンス、無邪気さというものが自分からもう失われてしまったかもしれないという、ちょっとした淋しさ、ちょっとした残念さを感じる瞬間があって、その時に、ガッカリするのも癪だし、だったら胸張って「僕は大人になった」って宣言しちゃおうかなっていう感じだった。
妻夫木 今、振り返ってみるとどう思います? 30歳の頃に「大人になった」って書いた自分に対して。
佐野 子どもだろうが、大人だろうが関係ねーよ、って。どうでもいいんだよ、そんなもんはって感じかな。
(後略)
誌面から2ページ以上の分量という、長い引用になってしまった。
佐野はこの後、大人は「子どもじゃない存在、としか言いようがない。年齢じゃないし」「大人になったり子どもになったり、瞬間瞬間で違ってくる。永遠に子どもとか永遠に大人とかあり得ない」ということまで話している。
それにしても、この話ではっきりした。前回書いたように、「ぼくは大人になった」は、やはり衝動的に、どこか勢いのまま作った曲のように感じていた。そしてここでは、むしろ、まだ大人になりきっていない佐野が表されていたと思う。
僕のこの見方は、間違っていないのではないだろうか。
(ところで、ちょっと脱線する……。先ほどの対談の最初のほうに書かれている「上積み」という漢字の書き方は、正しくは「上澄み」ではないだろうか。ニュアンスとしては「上に積んであるもの」ではなくて、「上のほうに澄んだ状態で浮いているもの」の意ではないかと。違うだろうか)
「つまらない大人にはなりたくない」は、再定義された「ガラスのジェネレーション」
さて、こうして佐野元春について書いてきて、いよいよ最後に触れるのが最新アルバム『HAYABUSA JET Ⅰ』に収録されている「つまらない大人にはなりたくない」である。
このアルバムには、近年の彼が過去の楽曲を新しい解釈で演奏したものを収めている。
そして今作の中の「つまらない大人にはなりたくない」は、「ガラスのジェネレーション」が新しく生まれ変わったバージョンなのだ。
次の言葉は、『ロッキング・オン・ジャパン』2025年4月号に掲載された佐野のインタビューからである。
「“ガラスのジェネレーション”の本質を客観的に見て、現代に有効にするためにどういうふうに再定義ができるだろうかと考えた結果が、“つまらない大人にはなりたくない”--タイトルも変えてしまいました。『ガラス』とか『ジェネレーション』というワードも、その後多くのソングライターや作曲家たちに使われたので、ワードが本来持ってる意味、力というのももう一度自分の手で定義し直したいという気持ちでした。あと、たとえばロッキング・オンのフェスに行くと、観客はヤンガージェネレーションで、“ガラスのジェネレーション”を知らない世代がほとんどですから、そういう新しい聴き手とまた新たに--僕が45年前にこの曲で当時のヤンガージェネレーションと握手をしたように--握手できたらいいなという思いもあります」
山崎洋一郎氏によるこのインタビューには突っ込んだ話もあり、そこで佐野はZ世代への期待なども表明している。
続いては、日本版ローリングストーンによるインタビュー。
―タイトルを変えている曲もいくつかあります。とくに驚いたのが、初期の代表曲「ガラスのジェネレーション」を「つまらない大人にはなりたくない」というタイトルに変えていることです。これは古くからのファンは衝撃を受けたのではないかと思います。
佐野:そうだね、古くからのファンにはオリジナルとの違いを楽しんでほしい。僕を知らない世代には、まっさらな気持ちで聴いてほしい、そう思っています。
―そう思ったときに、〈つまらない大人にはなりたくない〉というパンチラインをタイトルにすることは自然だったということでしょうか。
佐野:そうだね。原曲の「ガラスのジェネレーション」のコアはやっぱりこの曲の最後のライン〈つまらない大人にはなりたくない〉だと思う。ただこのラインがスローガンのように語られるのが嫌だった。時がたって今はこの曲を対象化できるようになった。思いきってタイトルにしたのもそれが理由です。
―タイトルを変えた意義がそこにあるのですね。
佐野:2025年に改めてこの曲をリリースするのであれば、このタイトルしかなかった。その上でフューチャー・ジェネレーションと新しい握手を結べたらいいなと思っています。
―20代で〈つまらない大人になりたくない〉と歌ってから今に至るまで、佐野さんの中で“大人”の定義はどう変化しましたか。
佐野:大きくは変化していない。つまらない大人ってひとそれぞれでいい、ひとは好きに生きればいい、ってことが前提で言えば、自分に正直に生きている、自分自身でいつづけているひとが正しい大人だと思う。
そして最後は『CDジャーナル』2025年春号に掲載されたインタビューより。
「新しいジェネレーションに、この曲を聴いてもらいたいという気持ちがあった。もちろん、昔から応援してきてくれるファンのみなさんも大切だし、彼らに楽しんでもらえなければ意味がない」
どのインタビューでも、佐野元春口調が満ち満ちている。
この楽曲「つまらない大人にはなりたくない」は、「ガラスのジェネレーション」の生まれ変わりと言える。アルバムで再定義された作品たちの中でも、この曲が突出していると思えるように、タイトルまでまるまる変更されている(ほかの曲の名称も変わってはいるが)。
もっとも、鮮烈なオリジナル曲が染みついている人間としては、シンセの音色が浮遊しながら、流れるように音が連なっていくこのアレンジには、やや意表を突かれたような印象が残る。しかしこうしたサウンドの方向性の変更にも、現在の佐野のリアルさが息づいているのだろう。
そして老境に差しかかっても<つまらない大人にはなりたくない>と唄う佐野のヴォーカルには、静かではあるものの、確実に反骨の心が宿っているように感じるのだ。
たしかに昔の彼とはちょっと違う。20代ではなく、60代。シャウトではなく、優しい歌声。
それでも今もなお、佐野元春はロックンローラーなのだと、僕は思った。

祖師谷七丁目食堂の
醤油ラーメン900円+ランチ飯100円。
ラーメンは煮干しの渋みがおいしくて、
ランチ飯はチャーシューのタレを炊き込んだご飯が濃いめ。
それでいてスッキリ美しい見映えのメニューを
ワンオペで提供するお若い店主さん…
これまたニューウェイヴを感じるお店でした
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