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【オトナになることのうた】米津玄師 その5●大人になった彼の中に生き続ける少年性とは?

どうも。
ニュースや記事を読んでて、そのヘッドラインというか見出しに「意外な」と書いてあっても、ほとんどの場合は意外でも何でもないな。と思っている青木です。

どれもまったく意外やないやないか。おーん(岡田前監督風に)。
まあ記事の作り方のひとつの様式ですよね。だから何てことないのに、「意外な」があふれている。
編集や記者、ライターのみなさまは毎日ご苦労さまです。

そうそう、米不足の政府の対応の遅さは意外だったよ。おーん。
ん? いや、むしろ意外じゃない。やっぱり、ぐらい。おん。


このところは原稿を延々と書いてて、疲れました。調べものも多くて。睡眠は細切れだし。
まあ、それは職業冥利に尽きるわけで、幸せですけど。ただ、昔といろいろ違うので、その難しさも感じていますね。このへんは、同業の方々とお話したいところ。

さて、先週末、麻田浩さんのイベントに行きました。

麻田さんは日本のフォークシンガーのはしりであり、イベンターやマネージメントの達人で、音楽界の歴史的にも重要な方です。

いやぁ、素晴らしい夜でした(ステージ上が知り合いだらけ)。主役の麻田さんとは面識がない僕ですが、いつかその歌を聴きに行かねばと思っていました。
80歳、おめでとうございます。

では米津玄師の、とりあえずの最終回です。

30代のどうにもならなさと向き合う「毎日」


米津玄師は昨年、NHKの朝ドラ『虎に翼』の主題歌「さよーならまたいつか!」をリリース。毎朝、全国のテレビから流れたこの歌は、爽やかなムードを持つ楽曲もあって、ヒットを記録した。


この歌には僕も強く惹かれた。ポップだし、しなやかさがあるし。何しろ唄い出しが<どこから春が巡り来るのか 知らず知らずのうちに大人になった>である。

女性の地位向上が大きな主題だったドラマのストーリーがこの歌にもたらしているものが大きいのは間違いない。ただ、そうしたテーマ性と、歌詞の先ほどの部分、大人になったうんぬんというところは、そこまで強固な連関はないように感じた。この曲についての米津のインタビューをいくつか見たが、唄い出しの部分に触れられているものはない。

ただ、見方を変えれば、それに強い気持ちはなくとも、大人になったという背景をサラッと、自然に唄ってしまっているのが、この歌の特徴だとも感じる。

むしろ米津が、大人になることへの意識を見せたのは、この次にリリースした「毎日」だった。

次の2つのインタビューのどちらでも、大人になること、そして年齢への意識が語られている。


――「毎日」の主人公は、なんというか、何かを諦めてるように感じるんです。ただ、そうは言っても生きているうちは何かを信じずにはいられないというか。自分の生活がちったあマシになるように励んでるような、そういう感覚になりました。

そうですね。諦めという言葉が近いかもしれないし、開き直りと言ってもいいかもしれない。30代になったことをやっぱり節目と感じていて、30、40、50と10のくらいの数が変わる度に、これからも同じような経験をするんだろうなって思うんですけど――人生ゲームのステージが変わる瞬間というか、幼少期、青年期、大学生、大人みたいな、ステージが変わっていく瞬間に司会者みたいな人が現れて、「あなたの今までの人生こうでした」と言われ、ステータスがそこに表示されて、「こういう風にあなたの人生は仕上がっております、はい引き続きこの先をどうぞ」みたいなことを告げられたような感覚になったんです。で、そうするとどうしてもそれと向き合わざるを得ないっていうか。30代になった瞬間に折れちゃったりする人がいるのも、そういうことだと思うんですけど、自分が大人になっていくにつれて育っていった部分と、同時にどうにもならなかった部分が、明確に見えてくるじゃないですか。

――すごくわかります。

育った部分はまだいいけれども、そのダメだった部分はどうするんだと。「もう30になってダメだったらダメじゃね?」って、それは自然と思っちゃいますよね。諦めてそれなりに騙し騙しやっていくというか、開き直ってやっていくしかないんだと、そういう腹のくくり方をするようになった気がするんですよね。で、そのどうしようもないものっていうのは誰もが抱えている問題であって。ちょっと前に「親ガチャ」という言葉が流行りましたけど、やっぱり人生はある程度生まれ持ったものによって決まってしまっているという認識が、最近になって世の中にすごく広まってるような気がするんです。コミュニティもそうだし、親の資本だとか、教育格差だとか、スタートダッシュでほとんどが決まっちゃう。ちょっと前まではそこに対抗する幻想として、“それでも人一倍努力すりゃなんとかなる!”という考え方がありましたけど、蓋を開けてみれば恵まれて生まれてきた人間たちのほうがより努力できるという身も蓋もない現実があって。そうした現実とどう向き合い克服していくのかというのを考えるけど、いくら考えても“頑張ってもどうしようもないけど、頑張るしかないんだ”という、またもや身も蓋もない現実があるわけですよね。

――だから開き直るしかないと。

でも開き直ったからといって、どうにもならないものが浄化されて消えてなくなるわけでもないし……30代はそういうままならなさとどう付き合っていくのか、ということを考えることが多かったから、「毎日」はそういう気持ちが表れた曲なのかもしれません。


このあたりの対話は、一見、親ガチャという言葉が重要なように思える。
ただ、僕個人は、米津が、自分が30になったこととか、30代、さらにその後に40、50となっていくことを念頭に置いた思考があることに興味を持った。

30代になっていること、そして、そこで感じるどうにもならなさ。ただ、年齢というものにちょっとこだわっているようにも思える。
そしてその後ろに、大人になるということへの意識も、見える。


働くってことに対して曲を書くということは、今まであまりなかったと思います。それなりに大人になって、いろんな感覚、自覚が変わってきたってことなのかもしれないですね。10代、20代はほとんど遊びというか、子供の頃から曲を作って遊んでいた延長線で進んできたので、どこか夢見心地だったというか。それが悪いことではないとは思うんですけど、大人になってクリアしなきゃならないものが増えたのか、形が変わったのか、責務を果たすじゃないですけど、仕事として1つのことに向き合っていくということについて、歳を取るにつれて自覚的になる部分はどんどん大きくなってきているかもしれないですね。

歳を取るつれて、自覚的にる部分が大きくっていると。なるほど。

本当に身も蓋もないというか。10代や20代は、とにかく自分の目の前のやるべきことに必死になって取りかかっていればよかった。自分が幸運な生き方をしてるからそう感じるのかもしれないですけど。そうしていくうちに、人生ゲームの司会者みたいな人に「あなたの20代はこうでした」って言われる。そうなってから、どうしようもない部分が明確に、自分の目の前にもっとより色濃く現れてくる感じでした。

──どうしようもない部分というのは?

いろいろあります。自分の性格とか、そもそも生まれ持った資質っていうのは誰にでもあるものだと思うんですけど、どう変えようとしても抗えない部分は変えようと思えば思うほど後ろからずっとついてくる。10代や20代のときは「やってたらなんとかなる」と思っていたけど、今は「自分って結局こんな感じだよな」というのが1つ答えとして出て、その土台の上でどう生きていくかということを考えなきゃいけないような気がしている。その後ろからついてくるやつと仲よくやるしかない。


ここでも「どうしようもない」という感覚が語られている。
だいぶ抽象的なのだが、彼にとっての、そのどうしようもなさ。その正体が何なのか、知りたいものだ。

「RED OUT」、そして最新曲「BOW AND ARROW」


米津は去年、およそ4年ぶりにオリジナルアルバムをリリースした。


本作では、オープナーを務める「RED OUT」に注目したい。
2分31秒の短い曲だが、ここから始まる流れは壮絶である。

「パプリカ」や「カイト」の彼からは、想像できないほどのダークさに覆われている。


自分は、ある種神経症的というか……よからぬ想像とか強迫観念みたいなものが頭の中をよぎっては消えることが人より多い人間だと思うんです。そういうときに「消えろ、消えろ」と思う。そのときの感覚とか、ディスオーダー的な何か、そういうものを形にしたかった。わかりやすく中二病感があると言いますか、子供の頃の自分のことを思い返しながら作っていきました。子供の頃は生命力に満ちあふれているから、逆に死を追い求めていく。大人になればなるほどそれは反転していきますけど、子供のうちはどうしてもそっちに寄っていってしまう。なので、そのときの遮二無二感を今自分が作るとどうなるんだろうなと、そんなことを思いながら作ったのを覚えていますね。


これを読んで、思った。米津は、子供の、少年の心に、よほど精神的に追い詰められていたのだろう。自分の存在が消えるかも、と感じるぐらいまで。
それを想像すると、ここまでの彼が、少年時代の……より純粋だった子供の頃の自分をつねに頭の奥に置き、クリエイティヴなことを続けている理由が理解できる。
そして何かあるたびに、そうした昔の自分を思い返してきたことと、つじつまが合う。

米津の物語は、このアルバムのあとに「Azalea」、さらに先月リリースされた「Plazma」、それに「BOW AND ARROW」と作が重ねられながら、続いている。


そして33歳になった彼は、「BOW AND ARROW」でも<あの頃焦がれたような大人になれたかな>と唄っているのだ。
この歌詞は、「Neighbourhood」の<お前が許せるぐらいの 大人になれたかな>を思わせる。

現在、33歳。一般的には充分、大人の年齢だろう。メジャーなアーティストである米津は、おそらく自分は大人であるという自覚を持っているはずである。

ところで。今回こうしてずっと彼の音楽に浸ってきて、各時代の曲を反芻してきただが、あらためて感じたのは、とくにタイアップの楽曲の作り込みの素晴らしさだ。タイアップ元の作品や商品にちゃんと向き合い、その対象と自分の世界とが交差するところで感覚や世界観を見出し、新しい表現(楽曲)へと高めていく。その取り組みの深み、そして落とし込む作品性の高さには、本当に感服するばかりだ。
経験の浅いアーティストやバンドが、タイアップ曲をどう作るかで苦しむという話を耳にすることもある。いや、経験があったとしても難しいケースはあるだろう。
少なくとも米津は、それにおいて、まさにプロフェッショナルであり、最高にクリエイティヴな才能である。その姿勢は、間違いなく、大人のものだと思う。

ただ……おそらくは、そうした「大人」的な振る舞い、態度と、また別のところで、彼の中の「子供」や「少年」はずっと生き続けているのだろう。そしてそれは、ここまでのこのアーティストの歩みと創作において、かなり重要な要素となっている。

とりあえず、【オトナになることのうた】での米津玄師については、現時点ではここまでにする。
彼については、また違う機会に書いてみたいと思っている。


バレンタインに
妻子からもらったものです。
ありがとう♡


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