がんになりました。
2025年1月15日。
私は、36歳で「十二指腸がん」と診断されました。
2024年12月に手術でポリープを切除したのですが、その中に癌細胞が見つかりました。
ちなみに読む必要はありませんが、ポリープの発見・治療の経緯はこちらのnoteにまとめています。
私と話したことのある方だけでなく、私の本を読んだことがある方、私の発信を目にしたことのある方……など、浅見陽輔をほんの少しでも認識してくれている方すべてに向けて書いたnoteです。
またこのnoteを読むことで「36歳でがんになった人間の心境変化」を追体験するように知ることができます。とにかく多くの方に伝えたいので、私のことを全く知らない方でも、少しでも興味があれば読んでみてください。
少し長いですが、お付き合いいただければ嬉しいです。
以下、順を追って説明していきます。
ポリープの除去
2024年の夏ごろ、十二指腸にポリープが見つかりました。
このときは「よくある良性のポリープ(ただのコブのようなもの)だろう」という認識でした。胃カメラでポリープの細胞をちょっとだけ採取し、簡易な検査をしたところ「異常なし」との診断結果でした。
ただ、私の十二指腸に見つかったポリープは、かなりサイズが大きいようでした。このまま大きくなり続けると消化のジャマになるので、手術で取ってしまおうか、という話になりました。
その後いろんな検査を終え、2024年12月に手術でポリープを除去してもらいました。術後は手術痕がひどく痛んだり1週間絶食だったりでそれなりに大変でしたが、手術自体は無事に成功。手術後、10日ほどで退院できました。
ポリープは綺麗に除去でき、退院後の経過も良好でした。ただ一つ予想外だったのは、私の身体から出てきたポリープが、あまりにも巨大だったことです。十二指腸のポリープは通常1cmを超えると“大きい”と表現するようですが、私のポリープは6cmほどのサイズでした。手術してくれた先生も「20年も外科医やってきた中で、こんなに大きいポリープは見たことない」と驚くほどでした。
見た目はよくある良性ポリープだけど、とにかくサイズが大きくて珍しい。なので、念のため細かく生検(生体組織診断=細胞を詳しく見る検査)に出しておこうか、と先生から提案を受けました。若干の不安はあったものの、このときは手術が無事成功した安心感が大きく「まあこれで一件落着だろう」と考えていました。
がんの告知
そして退院から3週間ほど経ったころ、手術してくれた先生から私宛に電話がありました。
「急で申し訳ないけど、奥さんと一緒に病院に来てくれる?直接伝えたいことがあるから。なるべく早く都合をつけてもらえると助かります」
病院事務の方から電話がかかってくることはありましたが、主治医からの直通連絡は初めてでした。電話を受けたのが2025年1月11日の土曜日。その4日後、1月15日の水曜日に病院の予約を入れました。
この4日間は、ずっと心の中にもやもやした気持ちを抱えたまま過ごしました。出勤はしていましたが、仕事はほとんど手につきませんでした。「良い結果を早く知らせるために、先生が気を利かせて電話してくれたんだろう」と自分に言い聞かせたものの、この4日間は心ここにあらず、という感じでぼーっとすることが多くなりました。
そして1月15日、妻と一緒に病院に行き、結果を聞きました。
十二指腸がん、とその場で診断されました。
がんと診断された後、私の病気の現状と、今後の対応を聞きました。説明を聞いている間、なぜかわかりませんがテレビや映画を観ているような感覚でした。先生の言っていることがよくわかる。今の自分にはどういう選択肢があって(詳しくは後述します)、それぞれの選択肢にはどんなリスク・リターンがあるかが明確に理解できる。でも自分のこととは思えず、「説明する先生と、説明を受ける自分」をモニター越しに観ているような不思議な感覚でした。頭では理解できているけど、気持ちが追いついていなかったのかもしれません。ふと横を見ると、妻は全く動揺することもなく、真剣な顔で先生の説明を聞いていました。「しっかり横で説明を聞いてくれてて助かるなー、やっぱ頼りになるなー」と思いました。
そして先生の説明を聞き終え、待合室で妻と二人きりになりました。このときも私はまだどこか他人事のようなフワフワした感覚で、妻の顔を見ずに「仕事とか保険の手続きとか、調整せなあかんなー」と声をかけました。でも、妻から返事がかえってこない。聞こえなかったのかな?と、ふと妻の顔を見ると、声も出さずに大量の涙を流していました。先生の話を聞いても妻が顔色一つ変えなかったのは、私と同じく気持ちが追いついていなかっただけだと一瞬で理解しました。声も出さず、待合室の床に水たまりができるほどボロボロと涙を流す妻の姿を見て、私の頭の中で、「がん」の二文字が急に現実味を帯びてきました。「あ、これはとんでもないことになったな」と、ここで初めて現実の出来事として理解できるようになりました。
がんの告知を受け、家に帰り、家族で夕食をとりました。現在、私には6歳と3歳の娘がいます。お腹は全く空いていませんでしたが、子ども達にご飯を食べさせなければならなかったので、冷蔵庫にあった残り物のおかずを温めて夕食としました。いつも通りおかずを口に運びましたが、食事が喉を通るたびに吐きそうになりました。「ショックで食事が喉を通らない」って本当にあるんだな、と自分でも少し驚きました。
でもこれからやらなければならないことがあるし、体力をつけなければならないので、吐き気を我慢しながら、茶わん半分の白米と少量のおかずを何とか胃に流し込みました。妻は私以上に食事をとることが辛そうでしたが、「頑張って、食べれるうちに食べておこう」と声をかけ、何とか少しだけ食べてもらいました。
告知を受けたその日の夜、久しぶりに妻と二人きりで寝ました。付き合っていたころの話から今後の話まで、ベッドで寝転がったまま話していました。良い大人が二人して、夜中まで大泣きしながらずっと話していました。翌朝、妻は少し人相が変わるほど腫れぼったい目になっていました。
病状と選択肢
ここまでが、がんの告知を受けた当日までの話です。
ここからは、現在の私に与えられた二つの選択肢をお話ししようと思います。
①何もしない
私の身体から切除されたポリープを詳しく調べたところ、ポリープ内に癌細胞が見つかりました。その癌細胞は、非常に小さなものでした。そしてがんの転移を調べるために「CT検査」という全身をスキャンする検査を受けたところ、幸いなことにがんの転移は見つかりませんでした。
私の十二指腸には巨大なポリープがあり、そのポリープの中に癌細胞が潜んでいました。しかし、すでにポリープは切除しています。つまり、すでに終えたポリープ切除手術で、癌細胞をすべて取り除けている可能性があります。
一方で、まだ体内に癌細胞が残っている可能性もあります。CT検査でがんの転移は見つからなかったものの、それは「癌細胞が完全に取り除けた」のか、「癌細胞が少しだけ身体に残っているけど、まだ検査で調べられないほど小さい」のか、今の段階では判断できません。
がんが根治できているか、残っているかわからない。だから「①何もしない」、つまり様子見で経過観察するという選択がまず一つです。これで数年間がんが再発・転移しなければ、がんは完治したと見なすことができます。
②追加で患部周辺を切除する
ただ、仮に「①何もしない」という選択をとり、癌細胞が少しでも身体に残っていた場合……全身へのがん転移はどんどん進んでいきます。そして数年後、検査で見つかるレベルまで癌細胞が転移してしまうと、がんの根絶が厳しくなります。
「大丈夫だと思って放置してたら、やっぱりがんが残っていました」と後からわかっても、もうそこからは取り返しがつかなくなります。手術で物理的に癌細胞を根絶することが難しくなるため、抗がん剤や放射線治療などでがんの進行を止める、もしくは進行を遅らせる治療に入ります。そしてがんの転移が進んでしまうと、次は「5年生存率が何%」という深刻なレベルとなってしまいます。現在私は36歳ですが、40歳を迎えられるかどうかもわかりません。
そこで二つ目の選択肢として「②追加で患部周辺を切除する」という方法があります。
身体の中に癌細胞が残っているかもしれない。だから、癌細胞が残っている可能性がある部分を、今のうちにすべて切除してしまうという選択です。私は2024年12月にポリープを切除しましたが、ポリープがあった周りの部分までごっそり取り除いてしまう、というのが二つめの選択肢です。この方法ではかなり広めに患部周辺を切除するため、ほぼ100%、がんを物理的に根絶することができます。手術さえすれば、今後がんの転移に怯えることなく生きることができます。この手術を乗り切れば、私は普通に寿命を全うすることができます。
一方で、この手術は尋常でないほど身体に負担がかかります。「膵頭(すいとう)十二指腸切除」という手術で、まず十二指腸を全摘出します。続いて、消化液をためておく「胆のう」という臓器も全摘出します。さらに、身体の中でも特に重要な「すい臓」を1/3ほど摘出します。ここまでいろんな臓器を摘出すると、口から食べた物が消化される経路が大きく変わります。そのため、バラバラになった臓器を再度つなぎ合わせ、消化ルートをまったく新しいものに再構築します。身体の中をいじくりまわす大工事で、手術は朝から晩まで8時間かかります。みぞおちからおへそ辺りまで縦に大きく切り開く、非常に大がかりな開腹手術です。
さらにこの手術では、手術を受けることによる死亡率が1%程度あります。つまり手術を受けるだけで、手術自体の身体的ダメージによって100人に1人ほどが亡くなってしまうのです。また無事に手術を乗り越えても、手術による合併症が40-50%の確率で発生します。軽い合併症であれば、傷口が膿んだり、高熱が出たりするレベルです。一方でひどい合併症が出てしまった場合、体内で漏れ出した消化酵素が自分の内臓を溶かし、重篤な膵炎(すいえん)となるケースもあります。そしてお腹を大きく切り開くため、手術後数日間は、気絶するほどの痛みをただただ耐え忍ぶしかありません。
加えて手術が大成功しても、消化に関わる臓器を複数摘出するため、消化機能が著しく落ちます。手術を受けた場合、今後の人生で食べられる量が大きく減ります。そして一生、胃薬や消化補助の薬を飲まなければ生きられない身体になります。
情報量がとても多いですが、一言でまとめると「手術を受けるとがんは完治するけど、手術自体のダメージが尋常でなく大きい」という選択です。
私の選択
がんという診断結果に対し、「①何もしない」か「②追加で患部周辺を切除する」か。何もしなくても大丈夫かもしれないけど、もしもがんが転移していれば後から取り返しがつかない。追加手術を受ければがん転移に怯えることなく生活できるけれど、手術によって失うものが大きすぎる。また、手術で命を落とすリスクも僅かながらあるうえ、手術直後は生きながらにして地獄の痛み・苦しみを味わうことになる。
究極の二択を迫られましたが、もう決めました。私は「②追加で患部周辺を切除する」という道を選ぶことにしました。
大変な手術、と一言で片付けられないほどの大手術です。また今後の人生で制限が大きくなることも理解しています。しかし、「自分ががんでこの世を去るリスク」と天秤にかけて判断しました。
まだ子どもは6歳と3歳で、私自身もやりたいことが山のようにあります。「若くしてがんで命を失う」という結果は、私にとって最もありえないシナリオです。私はこんなところで死んでいる場合ではないし、ここで死ぬつもりも全くありません。だから、手術を乗り越え、がんとは決別する人生を歩むことを決めました。
日本一幸せながん患者
「手術を乗り越え、がんと決別する」と決めてから、完全に気持ちを切り替えることにしました。
冷静になって考えてみると、私のがんの見つかり方は“奇跡”と言えるほどラッキーです。言うまでもなく、がんは非常に怖い病気です。がんの自覚症状があり、そこから検査でがんが見つかった場合、ある程度ステージが進行しているケースがほとんどです。しかし私の場合、がんの症状(体重減少や黄疸など)がまだ現れるまでもない段階でした。つまり、自覚症状が全くなかったんです。たまたまポリープが見つかり、病院の先生が疑問に思って生検(細胞検査)に回してくれて、その結果として小さな癌細胞が見つかりました。いわゆる「早期がん」であり、根治できる段階でがんが見つかったことは幸運としか言いようがありません。
さらに現実的なことを言うと、がんと診断されたことで、おそらく私は住宅ローンが免除となります。これから審査や手続きもあるため、まだ確定ではありませんが……三大疾病(がん・心筋梗塞・脳卒中)に該当するため、住宅ローンを組んだ際の特約が適用されれば私の住宅ローン残高はゼロとなります。私は35年の住宅ローンを組み、まだ5年ちょっとしかローンを返していません。うまくいけば、残り約30年分、残金4,000万円弱のローンを払う必要がなくなります。言葉を選ばずに言うと、宝くじが当たったようなものです。
通常であれば、住宅ローンは借主本人が亡くなったり、高度障害状態にならなければ免除されることはありません。確かに私は「がん」という重い病気にかかってしまいましたが、今ならがんを根治できる。さらに、生きながらにして住宅ローン4,000万円弱が一気になくなる(たぶん)。
おそらく私は、日本一幸せながん患者です。「がんになった」という事実は変えられませんが、その捉え方は私の気持ち一つで変えることができます。だから私は「こんなに幸せながん患者、日本のどこを探してもいないだろう」と考え、前向きに行動を移していくことにしました。
思考の転換
がんになったけど、悪いことだけでなく良いこともあった。「早期がん」として根治できるタイミングで病気が見つかったし、うまくいけば住宅ローンも免除されるかもしれない。そしてがんになったことで、自分でも想像していなかったほど考え方が変わりました。
がんが見つかるまでの私は、とにかく保守的で安定を求めていました。だから、銀行員という堅くて真面目そうな職業を選びました。この選択が、自分の性格に一番合っていると思っていました。
しかし私は2020年から、新しい趣味として「Kindle出版(電子書籍出版)」という活動を始めていました。実はAmazonの電子書籍サービス「Kindle」では、誰でも本を書いて出版することが可能です。いわゆる自費出版のようなものですが、印刷代のかからない“電子書籍”の出版なので、全く費用をかけずに自分で本を出すことができます。
ただの銀行員の私が、なぜ急に本なんか書こうと思ったのか……その理由は、「書きたいことがあったから」です。
当時の私は筋トレにハマっており、自宅の一室をまるまるトレーニングエリアにするほどでした。実際に私が作った部屋が、以下の写真です。

こんな感じで、自宅をスポーツジム風にする「ホームジム」というものを作りました。かなり苦労しましたが、自力でいろいろ情報を集め、試行錯誤しながらホームジムを作り上げました。自分にとって会心の出来だったので、このホームジムを誰かに自慢したい。そして、“ホームジムの作り方”を誰かに教えて「役に立った」と言われたらめっちゃ嬉しい。その手段として、Kindle出版に取り組むことにしました。
そして2021年2月、こんな本を出版しました。
何のひねりもないタイトルで、『ホームジムの作り方』という本です。長文などほとんど書いたことのない私でしたが、文章術の本を何冊も読み、何とか1冊を書き上げました。そしてオンラインのデザイン講座を受けてデザインを学び、表紙はPowerPointで四苦八苦しながら作りました。
ド素人が作った本なので正直なところクオリティは低く、今読まれるとちょっと恥ずかしいぐらいです。それでも、Amazonのレビューで「わかりやすい」というコメントをいくつかもらえました。私のX(SNS)に直接連絡があり、「この本を読んでホームジムを作りました!」と、完成した部屋の写真を送ってくれる人もいました。何この世界、めっちゃ面白いやん!と思いました。
しかしある時、ふと気づきました。「これってもしかして、“副業”になってる?」
「Kindle出版」では、私のようなド素人でも、世の中に本を出すことができます。しかも一切お金がかからない。SNSの発展によって、誰もが世界中に情報発信できるようになったこの時代です。Kindle出版も情報発信の手段に過ぎず、SNSに毛が生えた程度のもので、生産的な趣味だなぁ、ぐらいの認識しかありませんでした。しかしSNSと全く異なるのは、1冊でも本が読まれると、お金が得られてしまう点です。
Kindle出版をはじめた初月、デビュー作から2,000円の印税が得られました。「ホームジムの本なんか日本中で数人しか読まないだろうし、印税が入ってきても数百円かな?」とか考えていたのですが、思ったよりも印税が入ってきました。とは言ってもお小遣い程度の収入だし、確定申告も不要なレベルです。印税収入よりも経費(勉強するための書籍購入費など)の方が大きく、収支で言えば大赤字です。
「会社は副業禁止だけど……印税が得られるとはいえトータルで赤字だし、副業レベルにすらならないだろう」と、最初はあまり深く気にしていませんでした。でも、ただの“お金がかからない生産的な趣味”として本を書いてみたら、これが思った以上に面白いし、思った以上に印税が入ってくる。次回作を出版して、読んでくれた方からレビューやコメントを得られることが、たまらなく嬉しい。
元々オタク気質で熱中しやすい性格の私は、“Kindle出版”というゲームにどんどんのめり込んでいきました。そして本を出せば出すほど印税が増えていき、気づけば毎月得られる印税は1万円、5万円、10万円……と大きくなっていきました。そして2023年1月に書いた本がたまたま大ヒットし、「ビジネスジャンルのKindle本」の中で2024年に日本で二番目に売れて、印税だけで本業の収入を超えるほどになりました。
副業としてはありえないほど成功し、いろんな人に羨ましがられました。しかしその半面、副業で成功すればするほど、自分のメンタルバランスが崩れていくことを感じていました。
「本業(銀行員としての仕事)よりも、本を書いている時間のほうが楽しくて充実している」
「ここまで自力で稼げるようになったんだから、会社を辞めても食べていけるかもしれない」
「“本を書く”という仕事はたぶん自分の天職で、叶うなら一生本を書いて暮らしていきたい」
「でも、銀行員という職業は安定しているし、ここまで積み上げたキャリアを捨てられない」
「そもそも本が大ヒットしたのはたまたまで、印税収入なんかいつまで続くかわからない」
「子どもはまだ小さいし、今の安定した生活を捨て、リスクをとって独立なんかできない」
と、自分のやりたいこと・キャリア・安定性・生活などを考えすぎて、少し疲れてしまいました。そしてどこまでいっても保守的な性格の私には、銀行を辞めるなどといったバカげた道は選べませんでした。
とんでもなく贅沢な話で、こんな話をしても自慢にしか聞こえず、そもそも人に言うべき話ではないのでしょう。しかし人生の選択肢が増えたことで、その選択肢が私のストレスとなってしまいました。本を書く前の私には「銀行員として定年まで働く」以外の選択肢が存在しなかった。だから、嫌な仕事を振られても割り切ってこなすことができました。しかし「文筆業で独立できるかも……?」という新たな選択肢が私を悩ませ、仕事でストレスを感じることが多くなってしまいました。サラリーマンとして働く以上、苦手な仕事や、ただただ単純な事務作業もやらなければなりません。サラリーマンとしてあるまじき考えですが、「この仕事は、自分じゃないとできないのか?」「人生の貴重な時間を、この仕事に費やして良いのか?」とモヤモヤを抱えたまま職場に向かう日も多々ありました。加えて、臆病で気の弱い私は「副業禁止の会社で、黙って本なんか書いて良い訳がないよな」「ここまで印税収入が増えてしまって、いつか会社にバレたらどうしよう」とビクビクしながら過ごし、それがまたストレスとなっていることを感じました。
そんなタイミングで、今回のがんが発覚しました。人生で初めて死を間近に実感し、自分がやりたいこと、やるべきこと、自分にしかできないことは何か?と、心の底から本気で考えました。そしてリアルに死を感じたことで、とてもシンプルな答えにたどり着きました。
「生きてさえいれば、なんでもいいのか」
がんになる前の私は、安定性やキャリアであったり、「人からどう見られるか」を人一倍気にする性格でした。でも今の私は、良い意味で全てがどうでも良くなりました。人にどう見られようが何と思われようが、本当にどうでもいい。私と妻、そして二人の娘。家族四人が生きてさえいれば、他のことはどうなっても構わない、と思うようになりました。
逆に言うと、私にとっての問題は「家族四人のうち、誰かが死ぬこと」だけです。それ以外の問題は、問題ですらありません。私が手術を受けることで「食べられる量が著しく減る」とか「一生薬を飲まないといけない」とか、根本的には何の問題ではありません。だって、食べる量が減っても生きていけるし、薬さえ飲めば生きていけるんだから。そう考えたら、今まで固執していた安定・キャリア・世間体などが、心底どうでも良くなりました。命さえあれば何でも良いので、もし明日株価が大暴落して一日で資産1,000万円を失ったとしても、私はいつも通り笑っていると思います。毎日納豆ご飯しか食べられなくても、家族四人が全員生きてさえいれば、私は幸せです。
そして生きていくだけであれば、お金はそれほど必要ないことに気づきました。お金がそれほど必要なければ、もう本当に好きな仕事だけして生きていくほうが幸せだし楽しいだろうな、という発想になりました。がんの告知を受けた翌日、会社を休んで丸一日考え、妻と一日中話し、この結論に至りました。
そこからの行動①仕事
手術を受けることを決め、「生きていればもう何でもいい」と気づいてから、心の奥底からとんでもないエネルギーが湧き上がってくることを感じました。
まず職場には、長期休職を申し出ました。「がんと診断されて手術を受けるので、1年ほど休ませてください」と、上司と人事部に話しに行きました。がん告知を受けて、二日後の行動でした。
いくら考え方が180°変わったとはいえ、今後の生活もあるし、現時点で「今すぐ会社を辞めます」と決断はできません。本業よりも副業の方が楽しいのは事実ですが、会社には仲の良い人や好きな人も多く、この会社の人と会えなくなってしまうのは寂しいな、という気持ちも残っていました。今の私は「これからの人生、好きなことをして生きていく」と考えていますが、この気持ちもまた変わるかもしれない。なので、とりあえず1年ほど休んでゆっくり人生を見つめなおし、1年後に最終結論を出すことにしました。
幸いにも上司・人事部ともに私の選択を尊重してくれ、すぐに動いてくれました。上司は「仕事のことは一切考えんで良い、自分の身体と家族のことだけを考えて動いてほしい」「俺(上司)が同じ状況やったら、たぶん会社を無断欠勤してたと思う。会社に来てくれて、自分の口で意思を伝えてくれただけでもすごいと思う」と言ってくれました。正直なところ、自分一人で進めていた案件もいくつかあり、このまま休職に入ると迷惑をかけるな……と気がかりになっていたところでした。そんな中「仕事は一切気にするな」と、上司として、そして個人対個人として目を見て言ってもらえたことで、精神的にすごく助けられました。そこからとりあえず自分だけが持っていた案件をすべてリストにまとめ、上司にガーっと一方的に説明し、ろくでもない引継ぎをして、最終出勤日を終えました。急ピッチでまとめたため抜け漏れが大量にあったとは思いますが、上司は案件ごとの質問をすることもなくただ私の話を聞いてくれ、「だいたいわかった、後はこっちで割り振りしておく。もし後から漏れが見つかっても、まあ何とかなるやろ」と言ってくれました。私が全力で治療に臨めるよう、仕事のことを一切考えなくて良いよう、すべてを受け止めてくれました。
そこからの行動②人と話す
がんの告知から二日後に「仕事を1年休みます」と宣言し、その翌日から長期休暇がスタートしました。しかしここで、新たな悩みが現れました。夜が怖いんです。
このときまだ手術日が決まっていませんでしたが、「手術日は2月中旬~下旬で調整しましょう」と病院と話していました。2025年1月17日に会社に長期休暇を伝え、仕事関係は(むりやり)ひと区切りつけたものの……あと1ヶ月ほどで手術を受けることになる。もうすぐ地獄の痛みと苦しみが訪れる。死亡率1%の手術を受けるため、ここで命を落とす可能性もある。そもそも「手術を受ける」という選択が正しいのかもわからない(ポリープを除去した時点で、すでにがんが根絶できている可能性もある)。夜になり、寝るときに少しでもそんなことを考え出すと、負の感情ばかりが頭の中をループし、どんどん恐怖と不安に心を蝕まれていきます。
じわじわと心が押しつぶされそうになっていくことを感じた私は、他人の力を借りて、この現状を打破しようと考えました。高校や大学の友人、会社で仲が良い人、私と同じくKindle出版(電子書籍出版)をやっていてSNS上で交流が深い人など、私が直接話したい人に声をかけていきました。「直接伝えたいことがあるから、少しZoomで話す時間をもらえないか」、と。そうして一人一人に対して、がんになったこと、でも奇跡的に早期でがんが見つかったこと、手術を受ける決断をしたこと、これからは好きなことだけで生きていくこと(1年後に会社に戻るかもしれないけど)……など、すべてを打ち明けました。そして、(たぶん)住宅ローンがなくなるぞ、羨ましいだろ!生活コストも減るし、これからは好きなことで生きていくから実質FIREだぜ!と自慢しました。「がんになったけど、トータルで見ると幸せだ」というストーリーを自分の中で作り上げ、そのストーリーをいろんな人に吹聴して回ることで自分を信じ込ませ、落ち込んだメンタルを持ち直そうとしました。自分の気持ちを落ち着けるためだけに、いろんな人の貴重な時間を奪って、利用しました。ほぼ一方的に私が話して、自己満足したいがためのZoomでした。自分勝手で失礼だとは思いましたが、このままでは本当に鬱になってしまいそうだったので、なりふり構わずに行動しました。
そんな身勝手な私の行動でしたが、声をかけた方全員が、私の一方的で個人的な話を真剣に聞いてくれました。時間を奪っているのはこちらなのに、「そんな大事な話をしてくれてありがとう」「声をかけてくれて、話してくれて嬉しかった」「手術が絶対に成功するよう、毎日祈っている」と、優しく前向きな声をかけてくれました。手術を受けるという私の選択を肯定してくれ、心から応援してくれました。PCの画面越しからもわかるほど、涙を流しながら話を聞いてくれる方もいました。物理的にかなり距離が離れているにもかかわらず、「入院中、絶対お見舞いに行くから!」と言ってくれる方もいました。私が自己満足したいがための話を聞き、怒る人は一人もいませんでした。
「がんになった」と伝えた瞬間、ほぼ全員がフリーズしました。全員が全員、まさかそんな話しだとは想像すらしていなかったようで、「がん」という重い言葉に、ほとんどの方が言葉を失ってしまいました。でも、私が作り上げた「がんになったけど、トータルで見ると幸せだ」というストーリーを伝えたところ、全員が全員、最後は笑顔で話を終えることができました。たくさん笑って話すことで私の気分も徐々に明るくなり、がん告知前、いやそれ以上に良い精神状態に持ってくることができました。
私が一番欲しかったもの①
いろんな人とZoomで話しつつ、通院も続けていました。手術を受ける意思を主治医に伝え、調整した結果、手術日は2025年2月12日(水)に決まりました。9:15スタートで想定8時間の手術なので、終わりは17時~18時ごろの予定です。
手術日が決まり、もう手術前に人と話せる時間は残り少なくなりました。手術前の最終検査・通院がいくつもあったうえに、当然ながらほとんどの方は平日の夜か土日祝しか話す時間を取ることができません。本当はまだまだ話したい人はたくさんいますが、話したい人全員に声をかけることはできませんでした。それでも、がんの告知を受けてからこのnoteを書いている現在まで、20人以上の方と話すことができました。
個別に話した方々について、話を聞いてもらってどれだけ助けられたか、優しい声をかけてもらってどれだけ嬉しかったか、一人一人に対して感謝の気持ちを述べたいところですが……さすがに全て書き切ることはできないため、また別の機会でお礼を言おうと思います。私の話を聞いていただいたみなさん、本当にありがとうございました。
どの方も話せるだけでとても嬉しかったのですが、その後涙が出るほど嬉しいことがあったので、少しだけこの場で伝えさせてください。
一人は、会社の先輩です。ここからは「A先輩」とします。年齢が近くて気が合ったこともあり、個人的にとても好きな先輩です。個人が特定されることを防ぐため(いつかこの文章を職場の人が見るかもしれないので)、A先輩との過去の具体的なエピソードについては全く触れないでおきます。
仲の良かったA先輩にも、がんになったことをZoomで伝えました。話している途中でA先輩は目が真っ赤になり、画面越しからでも涙を流していることがわかりました。そして一通り伝えていろいろ話した後、「手術日までのどこかで、ちょっとだけでも良いから一度会おう」と言われました。私もできれば会って話したかったので、Zoomから10日後の日曜日に、カフェで昼食がてら会うことにしました。そこでお互いの近況報告、会社のこと、昔のバカな話など一通り話した後……A先輩が鞄から小さな箱を取り出し、これあげる、と渡してくれました。箱をあけると、こんなものが入っていました。

「癌封治守」と書かれた、お守りでした。A先輩は私とZoomで話した後日、京都府亀岡市にある薭田野神社に出向いてくれました。この神社は「がん封じ」で有名らしく、私のためだけに、がん封じのお守りを買ってきてくれました。さらに、その神社にある砂利を持って帰ってきてくれ、小瓶に入れて私に渡してくれました。がん封じのお守りだけでも効果がありますが、薭田野神社の砂利を玄関先に盛り塩のように置いておくと、さらに効果が高まるとのことでした。
A先輩は、少し前に子どもが生まれたばかりです。「一日中面倒を見ていて大変だろうから」と奥さんを気遣い、深夜に赤ちゃんを抱っこして寝かしつけをしつつ、睡眠不足のまま仕事に出かけるような生活を送っています。そんなとんでもなく忙しい時期に、私のために「がんに効くお守り」を買ってきてくれました。私のために行動してくれたことが、言葉にならないほど嬉しかった。
たくさんの人と話すことでメンタルが回復した私ですが、正直に言うと手術はすごく怖い。ふとした瞬間に「がん」という言葉が重くのしかかり、不安に押しつぶされそうになることもあります。この最後の不安は自分の精神力で乗り越えるしかない……と思っていたところに、不安をかき消す最強のアイテムをもらいました。「生きてさえいれば何でも良い」というマインドになっていた私にもはや物欲など皆無でしたが、この「がん封じのお守り」は、唯一心の底から欲していた物だったのかもしれません。A先輩のことはもともと大好きでしたが、もう絶対に一生付き合っていこうと思いました。この恩は一生忘れません。
私が一番欲しかったもの②
A先輩と会った翌日は、病院の問診でした。前週にいろんな手術前検査を受け、その結果を聞きに行きました。最後のダメ押しで「がんが転移していないか」を確認する全身の詳細なスキャン(PET-CT検査)、万が一にも大腸がんの可能性がないかを調べる大腸カメラ(私の診断は「十二指腸がん」なので大腸は無関係ですが、どうせなら何でもかんでも見ておこうという意図)など検査をし、その結果説明を受けました。結果としては、オールクリアでした。今のところ、癌細胞の転移はゼロ。大腸がんの可能性も全くなく、「すごく綺麗な大腸です」と褒めてもらえたほどでした。
よし、あとは手術を受けるだけだ!と、安心して家に帰りました。そして自宅のポストを開けたところ、私宛に一つの茶封筒が届いていました。送り主は、私と同じくKindle出版(電子書籍出版)をしており、そのつながりで個人的に交流の深い「しゅーぞー」さんという方でした。何だろう、と思って封をあけました。中には、小さな木箱が入っていました。

そして木箱をあけると、こんなものが入っていました。

「病気平癒御守」と書かれた、お守りでした。
しゅーぞーさんとはSNS(X)経由で知り合いましたが、何度も会ったり飲みに行ったりで交流が深かったこともあり、私ががんの告知を受けてすぐにZoomでお話ししました。しゅーぞーさんは最初黙って私の話を聞いてくれましたが、いきなり嗚咽を漏らして涙をこぼし始めました。しゅーぞーさんは副業からの展開でいろんなところでセミナー・講演や音声配信(個人のラジオのようなもの)をしており、非常に話術スキルが高い方です。そんなしゅーぞーさんが、ほぼ会話にならないほどボロボロと泣き続ける姿を見て、心を惑わせてしまって申し訳ないなと思うと同時に、すごく感受性の高い方だなと感じました。後から文章でメッセージが届いたのですが、「内容のショックさと、“がんの話を直接伝えたい人”として声をかけてくれた嬉しさが入り混じって訳の分からない感情になり、涙が止まらなくなってしまいました」と伝えてくれました。
Zoomでは「応援しています、体調が完全回復したら絶対会いましょう!」と泣きながらも明るく締めてくれました。そこからとんでもない長文で応援のメッセージをくれたりして嬉しかったのですが、その後私には何も言わず、私のために神社にお参りに行ってお守りを買ってきてくれました。私が「一番欲しかったもの」を、A先輩だけでなくしゅーぞーさんからもいただいてしまいました。
たぶんこの人、ものすごくバカなんです。しゅーぞーさんはサラリーマンを続けながら副業をして大成功し、2024年12月に独立しました。彼は31歳にして大きなリスクを取り、自分のビジネスで生きていく選択をしました。その後法人設立して新しいビジネスに挑戦し、寝る間も惜しんでずっと動き続けています。しかも子どもも小さく(もうすぐ1歳になるぐらい)、家族と自分の将来のため、利益を追及してお金を稼がなければなりません。そんな大事な時期に、SNSで繋がった一人の友人のために、一銭の利益にもならない神社へのお参りなんか行っている場合じゃないんです。でも「何かできることはないか」と、合理性のかけらもない行動を取ってしまうのが彼なんです。しゅーぞーさんは副業きっかけで独立できるほどビジネスで大成功しましたが、おそらく彼の本質は“ビジネスの上手さ”ではありません。人をしっかりと見て、人を知るほど、人のために動かずにはいられない性分なんだと思います。そして「人のために何かしたい」と考えると、自分の利益を無視してでも動いてしまう。ビジネスとして不正解ともいえる行動を取ってしまうような人です。
でも、そんなバカな方だからこそ、周りは彼についていくのでしょう。人間的な魅力があるから、常に周りに人が集まり、みんな彼に協力したくなるのでしょう。私もその一人で、彼のことを心から信頼しています。彼から無茶なお願いをされたことは一度もありませんが、今後しゅーぞーさんから無理難題を押し付けられたとしても、私は喜んで全力で力になろうと動くはずです。
私が協力などしなくても、しゅーぞーさんは自分の力でビジネスを切り開いていける方です。でもここまで私のために動いてくれたせめてものお礼として、彼の著書を紹介させてください。
しゅーぞーさんは、私と同じKindle作家(電子書籍作家)です。私は2021年2月に作家デビューしましたが、当時は「自分と同じようなKindle作家がたくさん存在する」ということを知りませんでした。そのため私は、作家デビューから1年ほどは誰とも交流せず、ただ一人で本を書き続けていました。そんなとき、たまたま出会ったのがこの本です。
『Kindle電子書籍出版の「知らんがな!!!」』と、『“超”Twitter運用術』という作品です。実は世の中には私のように本を書いている人がそれなりにいて、「Kindle作家」というカテゴリに属するらしい。そして彼らはTwitter(現:X、以下Xと記載)で交流し、情報交換しながら何だかワイワイ楽しくやっているらしい。そんな情報を初めて知り、大学の頃に作ったまま放置していたXアカウントを10年ぶりに再稼働することにしました。そこからしゅーぞーさん含め多くの“Kindle作家”と繋がり、何十人もの方とリアルで会うようになり……しゅーぞーさんの本を読んだことをきっかけに、私がやっていた“Kindle出版”という名のゲームは瞬く間にオープンワールドと化しました。
この2冊は「しゅーぞー」という無名の素人作家が書いた作品に過ぎませんが、私の世界を変えてくれました。私にとっては、人生の本棚にずっと飾っておきたい名著です。本の感想として「この本で人生が変わりました」というありきたりな言葉を使うのは少し気が引けますが、とにかくこの本をきっかけに、井の中の蛙であった私は大海を知ることができました。このnoteを読み、「そんな世界があるんだ」と少しでも思った方は、1冊だけでも良いのでぜひ彼の作品を読んでみてください。
ちなみに上記の話をnoteで公開する旨は、しゅーぞーさんより了承済みです(ボロボロ泣いてしまった話をさらし上げにしたり、バカとか言ってしまって申し訳ないのですが、OKいただきました)。それどころか「このnoteを広める手伝いがしたい」と、彼の音声配信で紹介いただけることになりました。以下リンクが、しゅーぞーさんの音声配信チャンネルURLです。近日中に音声を録って配信してくれるとのことなので、後日また聴いてもらえると嬉しいです。私もメッセージが届くことを楽しみにしています。
▶しゅーぞーさん音声配信『副業とSNSで〝好き〟を人生の中心に』
全てが今と未来につながる
Zoomで話したみなさんから、励ましと応援の言葉をもらいました。A先輩としゅーぞーさんは私の代わりに神様にお願いしに行き、最強のお守りを私にプレゼントしてくれました。そしてZoomで話した方々のほぼ全員と「手術を乗り越えて完全回復したら、絶対に会おう」と約束しました。
ここまで人を巻き込み、ここまで人を動かしてしまった私は、もう死ぬわけにはいかなくなってしまいました。ここで死んでしまったら大事な約束を破ることになるし、もう合わせる顔がありません。なので、バカみたいな決意表明ですが、意地でも気力と根性で手術を乗り越えます。
というか今の私は、何をしても全く死ぬ気がしていません。私が受ける「膵頭十二指腸切除」という手術は、手術を受けることによる死亡率が1%程度あります。しかし実際、この手術自体を受ける方は高齢者が多いことも事実です。そもそも私ほど若く(現在36歳)でがんになる人は珍しく、おそらくこの手術を受ける方の平均年齢も相当に高いものと推測されます。手術に耐えられるかどうかは、体力が大きく影響します。そして手術を受けるタイミングとして、まだ若くて体力のある私は高齢者と比べるとリスクが低くなります。
さらにこの手術はいくつもの臓器が関与するため、内臓脂肪が多いほど“手術のノイズ”となります。手術では非常に繊細な操作が必要となり、内臓脂肪が多いと切除すべき部位などの判別がつきづらいようです。しかし私は幸いなことに、筋トレが趣味でした。もともとはガリガリの体型でしたが、5年かけてトレーニングして筋肉を増やし、体重を健康的に10kgほど増やすことに成功しました。主治医からも「内臓脂肪が少なくて手術しやすい身体だ」「すごく難しい手術で、術後に何らかの合併症は起こるだろうけど……これだけ若くて健康体だし、正直に言うと手術で命を落とすことは想定していない」とも言われました。もし私がこれまで不摂生を重ねてとんでもなく太っていたら、手術のリスクは上がっていたでしょう。逆にガリガリの体型のままであれば、手術に耐えられるだけの体力もなかったかもしれません。
私はこれから手術を受け、5年かけて得た筋肉をすべて失います。2024年12月にポリープ除去手術を受けていますが、手術前に63kgあった体重は60kgにまで減っています。ポリープを取るだけでしたが、消化器系の手術であったため術後は絶食を強いられ、しばらく点滴チューブから栄養をとって生きていました。このとき入院は10日ほどと短かったものの、10日間で3kgも体重が減りました。
ただのポリープ切除でもこれだけ痩せてしまったので、おそらく今回の手術ではそれ以上に体重が落ちるはずです。そして術後に完全回復してからも、十二指腸などを全摘出した影響で、これまでのようにたくさんの量を食べることができません。今後の人生で普通に運動することはできますが、「激しいトレーニングをして、モリモリ食べて筋肉をつけて体重を増やす」といったことは不可能でしょう。
でも、それだけです。元の痩せ型の体型に戻るだけで、別に何も問題はありません。前半で述べた通り、もはや今の私にとっての“問題”とは「家族四人のうち、誰かが死ぬこと」だけです。それ以外は些細なことで、問題ですらありません。筋トレの楽しみがなくなるのであれば、他の新しい楽しみを見つけ、そこに時間を割けば良いだけです。昔熱中していた趣味に興味がなくなって、新しい趣味に手を出すのと何ら変わりはありません。学生時代の青春は二度と体験できませんが、「あのときは楽しかったな」とふと思い出してノスタルジックな気持ちに浸ることができるように……「筋トレに熱中していた時期もあったな」と、ゆっくりコーヒーでも飲みながら思い出すことができればそれで幸せです。
むしろ私が何かに憑りつかれたように筋トレにハマっていたのは、この手術を乗り越えるためだった気すらします。私が5年かけて得た筋肉は、この手術に耐える体力をつけるためだった、と根拠もなく確信しています。
そして私は、Kindle出版という世界に出会って「本当に好きなこと」が見つかりました。30歳を超えて、やっと自分の天職を知ることができました。でも保守的な性格から、「安定しなければならない」「お金を稼がなければならない」という固定観念に囚われ、せっかく見つけた新しい道を自ら閉ざそうとしてしまっていました。そんな時にがんになり、「生きてさえいれば何でも良い」「人生はやりたいことをやれば良い」というシンプルな答えを導き出すことができました。怖さも迷いもなくなって視界がクリアになり、新しい人生を歩む決心がつきました。私の過去の行動の全てが今につながり、がんになったことでより良い未来に紡がれていくような、自分の殻を破って生まれ変わったような不思議な感覚です。
私はがんをきっかけに、ここから完全に新しい人生がスタートします。がんの告知を受けたことで、私の価値基準は全く新しいものに変わりました。もうお金とか安定とか心底どうでも良いし、誰かに勝ったとか負けたとか毛ほども興味がありません。とにかく生きていさえすれば何でも良いので、自分の心の赴くままに、やりたいことだけやってワガママに生きていきます。このnoteを書き上げても一銭にもなりませんが、これからはもっと好き勝手に本を書いたりして、わずかなお金を得て生活できれば大満足です。しばらく無収入でも暮らせるだけの貯蓄はあるので、何ができるか考えながら、のらりくらりと生きていこうと思います。もし私のやりたいことがビジネスとして成立せず、貯蓄が底をつきそうになったら実家にちょっと頼ったり、最後の切り札として生活保護もあるから何とかなるかな、とも思っています。さすがに妻と娘に不自由な思いをさせたくないので、切り札を使うつもりは今のところ全くありませんが。
これからの行動
今の私の不安は、手術だけです。手術で死ぬ気は全くしていませんが、単純に痛いのが嫌だし怖いです。でも、いろんな人と話してメンタルを持ち直し、二人から最強のお守りをもらったことで「絶対に手術を乗り越える」と、生命力が強く湧き上がってくるのを感じます。ちなみにこの二つのお守りは手術室に持っていきたいぐらいですが、流石にそれはできないので、手術直前まで握ったりして心を落ち着けるのに使います。術後も「これで乗り越えられたぜ!」というお守りとして、一生の宝物にしようと思います。
そして手術後に完全回復してからですが、これからやりたいことがいくつかあります。
①人と会う
私はこれまで25冊のKindle本(電子書籍)を出版し、おそらくアマチュア作家としては日本一と言えるほどの印税を得ることができました。
そんな私の価値とは、私がこれまでのKindle出版を通じて得たノウハウやテクニックにあり、それを提供することで、SNSなどでも私に注目してくれる人が増えているのだと思っていました。私は趣味としてKindle出版を始めましたが、上手くやればお金が稼げるKindle出版は、一般的に「ビジネス」として認識されています。だから、Kindle出版を通じて繋がった人たちは私と仲良くしてくれるもののビジネス上の関係者であり、企業活動でいうステークホルダー(利害関係者)のように、関係性としてはドライな側面が強いと思っていました。同じく、私がこれまで職場で出会った人たちも、(いくら気が合うとは言っても)円滑に仕事を進めるために仲良くしてくれているものだと思い込んでいました。
でも、それは間違いでした。Kindle出版で関わった人も同じ職場で働く人も、その性質上、利害関係で付き合う人がほとんどであることは事実です。しかし中には、ビジネスの枠組みを取っ払い、完全に私という個人を深く見て付き合ってくれる人がいることに気がつきました。私のことを深く見てくれて、私という人間と深く付き合いたいと思ってくれている彼らにとって、「Kindle出版の実績者」「同じ職場に勤める人」という私の表面性は本質ではなかったようです。がんという重い話を伝え、「表面的な私ではなく、魂で私と向き合ってくれる人がこんなにもたくさんいるんだ」と気づけたことで、もっとたくさんの人と会って話したい、という気持ちが大きくなりました。
なので、手術後に完全回復した後は、とにかくいろんな人に会って直接話そうと思います。特に用事もないし私から与えられる情報もないですが「私と同じ時間を共有して、同じ時間を過ごすことを楽しみたい」と少しでも思ってくれる方に、会いに行こうと思います。やりたいことだけして自由に生きると決めた私なので、人と会うためだけに日本中どこでも行けます。会いに行くのが難しければ、Zoomで話すだけでも良いです。ワガママで好き放題な性格になった私は、空気を読まずいろんな人に声をかけてみようと思います(本当は手術前に話しておきたかった人が山ほどいて、時間的な制限から声すらかけられなかった人がたくさんいます)。逆に私と話してみたい、という方は、初対面であっても気にせず声をかけていただければ嬉しいです。
②家族と過ごす
がんという「死」を連想する病気にかかり、生きる意味や自分の役割について、これまでにないレベルで深く考えるようになりました。
私が存在しなくても、私が勤める会社は問題なく回っていきます。というか「この人がいないと成り立たない」という組織はいずれ崩壊します。私の代わりがいくらでもいる、という状態は組織として健全であり、それが当たり前です。
では、私にしかできないことは何か。私以外の誰にもできない、この世で私だけに与えられた役割とは何だろうか。その答えの一つが「家族」にありました。私には二人の娘がいますが、彼女たちは私がいてもいなくても勝手に育ちます。私が明日死んでしまっても、保険やら遺族年金やらで最低限の生活費はまかなえるので、路頭に迷うことはないでしょう。でも、二人の娘にとっての“父親”は私だけです。だから、「娘たちの父親」という役割こそが、私にしかできないことなんじゃないか?と思うようになりました。
もちろんこれは、万人に共通するような普遍的な正解ではありません。「日本の夫婦のうち、3組に1組が離婚する」という話を聞いたことがあります。子どもがいる状態で離婚・再婚し、新しい家族をつくる家庭もあるでしょう。悲しいですが、不慮の事故などで親子が死別してしまうケースもあると思います。なので、あくまでもこれは「私の現状」から導き出した、私の個人的な答えに過ぎません。
私は今生きていて、私には二人の娘がいる。現状として、「娘たちの父親」という役割は、私以外に替えがきかない。でも……今までの私は、その役割に対して全力で向き合ってきただろうか?休みの日に一緒に遊んだり、「それなりに優しい父親」という役割は果たせたかもしれないけど、これまでは家族が最優先ではありませんでした。社会人として当然ですが、仕事でトラブルがあれば、急な残業はもちろん引き受けます。有給をとって家族と過ごす時間でも、誰かから連絡があればもちろんすぐに返信しました。また私はKindle出版関連でいろんな人とSNSでやりとりしており、「誰かから連絡が来ていないかな」と、子どもと遊びながらでも1時間に1回ほどはSNSをチェックしていました。
それぐらいは普通だし、子どもと過ごす時間はとれているし、別に悪いことでもなくみんなこんな感じだと思います。でも今の私は、「私にしかできないこと=娘たちの父親」という素晴らしい役割に対して、100%の力で向き合おうと思っています。「お父さん遊んで遊んで!」と娘たちから毎日しつこく言われるのも今だけの期間限定イベントなので、このボーナスタイムを全力で楽しんでやろうと思います。また、子どもが巣立ってからも夫婦関係はずっと続きますが、「30代の夫婦」という若くて気力がある期間は今だけです。なので、夫婦としても今の時間を全力で楽しみ、妻ともたくさん遊びまくろうと思います。
これまで家族を大切にしてきたつもりでしたが、これからは家族との時間を、生きるすべてにおける最優先とします。家族と全力で楽しむと決めた時間はスマホの通知も基本オフにし、緊急性の高い直通電話ぐらいしか受けないようにします。もともとSNSにのめり込んでいたほうではありませんが、今後はたぶんSNSも気まぐれ程度にしか見ません(メッセージ等いただいたら返信は必ずしますが、レスポンスは遅いと思います)。手術後に完全回復したら、とにかく「家族と過ごす」という当たり前の日常を噛みしめて生きていこうと思います。
③好きなビジネスをする
これからの私は、家族を世界の中心として生きていきます。一方で、上の娘は今年から小学生、下の娘は今年から幼稚園に通います。一日中家族と過ごすことは物理的に不可能だし、娘たちもこれから独自の人間関係やコミュニティを築いていくでしょう。なので、余った時間で人に会います。それでも時間はまだ余るので、これからの私は、好きなビジネスをしようと思います。
たぶん私は、一日中自宅でゲームなんかしていると、がんとは関係なく死んでしまいます。常に考え、常に動き、誰かとつながっていないと頭がおかしくなってしまいます。だから、一人の時間を存分に使って、新しいビジネスをしようと思います。
とりあえず今の私にできることは、執筆です。すでに25冊の電子書籍を出版している私ですが、まだまだ書きたいこと・伝えたいことは山のようにあります。今回がんになり、人生を見つめ直し、いろんな人と話していろんな出来事を体験したことで、書きたいことがまた増えてしまいました。なので、とりあえずは好きなテーマで好きなように執筆して過ごします。すでに4年間で25冊を世に出し、しかも本業の合間で書けているので、死ぬまでに少なくとも100冊は書けると思います。
特に今回の「がん」とその後の私の選択や心境・方向性の大転換は、必ず本にします。【36歳でがん告知/十二指腸など複数臓器を摘出/(未確定ですが)残り4,000万円弱の住宅ローン免除/(これも1年後に決めるので未確定ですが)安定した銀行員という職を捨ててフリーランスに/ぶっちゃけ毎月かなりの印税収入が得られているので36歳で実質的にFIRE達成】と、もはや作り話のようなストーリーです。こんな話を書ける人は世界中探してもどこにもいないし、「この話をたくさんの人に知ってほしい」と何かよくわからない使命感に燃えている私は、とんでもなく面白い本が書ける気しかしていません。
今書いているこのnoteは、構成も考えず、ろくに推敲もせず、時系列で事実と感情をダーッと殴り書きしているだけです。稚拙な表現や論理の破綻、誤字脱字もたぶん大量にあるし読みづらいと思います。ですが、本にする際にはしっかりと構成を考え、もっと文章表現も練った状態で世に出します。とりあえず完全回復してからですが、しっかりと企画書を作って、片っ端から出版社に殴り込みに行きます。もしすべての出版社に断られてしまったら、自力でKindle本として出版します。(もし出版関係の方や出版社につながりのある方がこのnoteを見ていて、協力いただけるのであれば、ぜひ個別に連絡ください。手術後しばらく連絡は取れませんが、必ず返信します。mail@books-you.com)
そして本の執筆だけでなく、新しいビジネスや面白いビジネスにも手を出していきます。実はがんとは関係なく、2024年の初夏ごろにある企業から声がかかり、コソコソと仕込んでいた新事業があります。この事業に打ち込んでいる時間は、とにかく楽しい。とんでもなく労力がかかっていますが、好きな仕事をしている時間からは何物にも変えられない充実感が得られます。がん告知を受けてからも入院直前までこの事業のために作業をしていましたが、作業中は恐怖も不安も忘れて没頭できたので精神的な安定剤にもなりました。
そんな「自分が本当にやりたいビジネス」に対し、今後は今まで以上に全身全霊をかけてぶつかっていこうと思います。企業と一緒に進めているため内容はまだ一切明かせませんが、心から信頼できる数名の方にはすでに声をかけ、いろんな人を巻き込んで準備を進めているところです。2025年中にはリリースするので、楽しみにしていただけると嬉しいです。私のことを少しでも知っている方から「わけがわからない」と言われるような、多くの方の想像をはるかに超える面白いことをするつもりです。
④「幸せながん患者」を増やす
これからの私は、好きなことをして生きていきます。生きるための日銭さえ稼げれば後はなんでも良いので、好きな人と話し、好きな仕事だけをして生活していきます。私が選ぶ「好きな仕事」は私じゃなくても成り立つかもしれませんが、自分が楽しい・面白いと思えることをひたすら追及していきます。
話は変わりますが、がんになったことで、これまでお伝えした「生きてさえいれば何でも良い」という価値観とは別の、全く新たな感情が生まれました。その感情とは、「誰かの役に立ちたい」というものです。
これまでの私は、自分と家族、そして周囲の人間だけの世界で生きてきました。ボランティアや慈善活動などには全く興味がなく、「世界のどこかに困っている人がいても、どっかの気前の良い金持ちが勝手に助けるだろう」と、完全に他人事でした。もともと物欲があまりないタイプだったこともあり、稼いだお金のほとんどは投資に回し、いかに自分の資産をハイスピードで積み上げていくかに注力していました。本業と印税収入の二刀流+投資の力で、生きているうちに資産1億円を作り上げたい!という密かな目標を持っていました。
でも今は、この考えが変わりました。家族が一番であることは変わりないのですが、自分の資産を積み上げることに全く興味がなくなってしまいました。家族が安心して暮らせるだけの貯蓄は要りますが、「資産1億円」という数値目標って何の意味もないな、と思うようになりました。家族を守れるだけの資産があれば、それ以上のお金は誰かのために使った方が有意義かもしれない。家族を養うために、今後も働くけど……生活のための労働は必要最低限に抑えて、余った時間を誰かのために使う方が、自分としてもより生きがいを感じられるかもしれない。
これまでは「いかに労働資本を金融資本に変換するか」、つまり自分の持つスキル・時間をお金に替えることばかり考えてきました。そんな私に、「他人のために“お金”や“時間”といった資本を使いたい」という新しい願望が生まれました。
そこで、また考えました。現在の私は一定の印税収入が得られていますが、正直なところ大した資産は持っていません。だから私が少しばかりの寄付をしても、(意味はありますが)寄付という行動に対するインパクトは小さい。とはいえ、内臓を3つも摘出して人並み以下の体力となった私が海岸でゴミ拾いなんかしても大して役に経たないし、ハッキリ言ってそれが私のやるべきこととは到底思えない。どうせ誰かの役に立つなら、私の持つ唯一無二の資本、つまり経験やスキルを最大限に活かせるような「他人のための行動」をとりたい。
そう考えた結果、今の私だからこそできる、そして他の人には絶対にできない、一つの使命が頭に浮かびました。それは「幸せながん患者を増やす」というビジョンです。
前半でお伝えしたとおり、私はおそらく日本一幸せながん患者です。このnoteの序盤では、私ががん告知を受けた当時の暗く陰鬱な気持ちをお伝えしました。読んでいるだけで、ひどく落ち込むような気分にさせてしまったかもしれません。でも、今はどうでしょうか。がんと手術を受け入れて前に進もうという私の想い、価値観が変わって新しい人生を楽しもうという決心など、明るい未来や希望を感じてもらえているのではないでしょうか。
そして私が「幸せながん患者」になれた最大の要因は、がんを早期発見できたことです。本当にラッキーでしかないのですが、全く自覚症状がないままがんを見つけることができ、がんを根治できることになりました。
でも実際は、私のようなケースは稀でしょう。多くの人は自覚症状がない状態で病院なんか行かないし、軽めの症状であれば「疲れているだけだろう」と検査などしません。でも、自覚症状が現れてから病院に行き、がんの発見が遅れ、根治できないレベルにまでがんが進行してしまったら……。もし私のがんが1年後に見つかっていれば、こうやって明るく前向きに未来を語ることもできていなかったはずです。
だから私は、自分のような「幸せながん患者」を増やしたいと思っています。がんは早期発見できるほど、根治の可能性が高くなります。がんと診断されると最初は相当なショックを受けますが、人生を本気で見つめ直す大きなきっかけになります。私もそうなのですが、多くの人は「本当に大切なもの」は失って初めて気づきます。風邪をひいたときに健康の大切さに気づいたり、大きなトラブルに巻き込まれたときに平凡な日常の大切さに気づいたり。その中でも最も重要で最も気づきにくいものが「生きられる幸せ」だと、がんになって強く実感しました。
これまで当たり前に何不自由なく生きてきた私が、初めて「まだ生きていたい」と生死に向き合い、これから人生の炎を全力で燃やそうと思えるようになりました。そのきっかけを、がんは与えてくれました。生きていることの大切さを心から実感し、今この瞬間から寿命を迎えるまでの約50年間、その実感と喜びを噛み締めながら残りの時間を過ごすことができる。こんな幸せなことって、他にないと思っています。
一方で、がんなどの大病にかかって「生きられる幸せ」に気づけたのに、発見が遅かったがためにその後少ししか生きられない人もいます。だから私は、がんを早期発見することができた「幸せながん患者」を……私のような異例のケースを、この世にもっともっと増やしたいんです。
そして、がん早期発見の大切さを伝えられるのは、私しかいないと思っています。がんという重い病気にかかったものの、早期発見によって人生がより良い方向に変化した実体験。これまでの出版経験を通じて積み上げてきた、人に伝える技術。そして、人に何かを伝えることが大好きな性格。説得力・技術・熱意のすべてをもって「がんの早期発見がいかに大切か」と広く発信する行動は、この広い世の中で、私にしかできないことだと思っています。
何度も言いますが、私にとっての最優先は家族です。ですが私は今後の人生で、「幸せながん患者を増やす」ことを一つの使命として生きていこうと思います。だから私は本気でビジネスをして、本気でお金を稼ぎます。本を書いたり、先ほどお伝えした新しいビジネスを通じて、貪欲に利益を追及していきます。一方で、ビジネスで成功して家族が不自由なく生きていけるだけのお金が手に入れば、仕事の時間を減らすことができます。そして余った時間は、「幸せながん患者を増やす」という使命を果たすために使うことができます。
例えばいろんな企業や団体に向けて「がん早期発見の大切さを伝える講義を、無償でやらせてください!」と営業をかけ、全国を飛び回っても良いかもしれません。活動継続性のために交通費だけもらえたら助かりますが、依頼者(企業や団体)の費用負担を完全ゼロにするためにオンライン講義形式にしても良いかもしれません。たくさんお金があれば、自費でどこかの会場を借り、広告を打って集客し、そこで講義を開いてみても良いかもしれません。
何でもいいので、とにかく多くの人に、がん早期発見の大切さを伝えていきたい。そして「浅見さんの話を聞いて検診に行ってみたら、がんが見つかった」「早期発見でき、がんを根治することができた!」という人を一人でも増やしたいと思っています。これからいろんながんについて私自身が勉強し、早期発見のためのアプローチについても学ばなければなりませんが。
さいごに
がん告知を受けた2025年1月15日は、私にとって人生最悪の一日でした。告知を受けた瞬間にすべての現実感が消え、テレビや映画の世界を外から眺めているような感覚になりました。そして妻が涙を流す姿を見て、「自分ががんになった」という現実を自分事として理解できたとき、絶望に押しつぶされそうになりました。「なんで自分が」と、すべてを呪いそうになりました。
でもその後、この文章を公開することになる2025年2月10日までの26日間は、私の人生の再スタートを切るための、私にとって人生最高の期間となりました。これから入院・手術・リハビリが長くなるのと、今後の人生を考え直すために、がん告知後すぐに会社を1年ほど休むことにしました。会社に戻るかどうかは1年後の私が決めますが、たぶん戻らないだろうなと思っています。1年後に「やっぱり組織の一員として働きたい」と考えが変わっている可能性もあり、1年かけてじっくり結論を出しますが……これだけの大病を患ったこともあり、「一度きりの人生、定年まで会社で過ごして幸せか?」「自分が人生をかけてやりたいこと、自分にしかできないことは何か?」と本気で考えるようになりました。これまで地位や周囲の目ばかり気にして生きてきましたが、それらに全く価値を感じなくなりました。安定性や社会的ステータスに心の底から興味がなくなり、「生きてさえいれば、楽しく生きることができれば、後はもう何でも良い」という価値観に変わりました。
幸いにも現在の私は、過去に書いた本から定期的な印税が得られています(決して贅沢できるレベルではありませんが)。また非常に幸運なことに、がんと告知されたことで住宅ローンがたぶん免除になります(審査もあるのでまだ確定ではありませんが)。あと30年間支払うべきだった残額4,000万円弱の住宅ローンが保険により一括返済され、住む場所には一生困らなくなります。生活コストが激減し、もともと少なかった物欲が限りなくゼロになった私は、これからはごくわずかな収入があれば生きていけます。そして「ごくわずかな収入」であれば、今まで積み上げてきた株式資産から得られる少額の配当金と、過去に出版したKindle本(自分の著書)から得られるそれなりの印税だけで実現できる……もう私はお金を得るために働く必要がほとんどなく、実質的にはFIRE生活に突入します。「お金を得るために働く」という選択肢が一切消え去り、自分が働きたいタイミングで、やりたい仕事だけをやっていきます。サラリーマンに戻るかどうかの判断基準もお金ではなく、「組織の中でやりたいことがあるか」だけを考えて、1年後に決断しようと思います。
どうやら私は「36歳でがんになる」という悲運なハズレくじを引いてしまったと思いきや、「36歳でFIREする」という誰もが羨む宝くじの特等賞を引いていたみたいです。私のFIRE生活はキラキラ感のかけらもありませんが、毎日白米と納豆が食べられて家族や好きな人と笑い合えたら、私はもうこれだけで最高に幸せなんです。そしてFIREと言いつつも仕事をしなければ退屈で死んでしまう性格なので、これからは“本当にやりたい仕事”だけを選んで、好き放題にワガママに生きていこうと思っています。一方でこういう価値基準で取り組んだ仕事は、得てして良いものになります。心の底からやりたいことしかしないからこそ、自分で選んだ仕事に対しては全身全霊をもって向き合うことができます。だから「お金はいらない」と言いつつも、ワガママで無敵で最強となった今の私は、ビジネスで大成功する未来しか見えていません。そして訳がわからないぐらい稼ぎまくり、得たお金と時間のパワーを最大限に利用して、「幸せながん患者を増やす」という私の使命に向けてアクセル全開で突き進もうと思います。
***
有益な情報提供も特にない、ただ個人的で長いだけの話に最後まで付き合っていただきありがとうございました。もうちょっとで終わります。
私はがん告知とそこからの26日間で、これまでの人生観を覆すような濃い経験を得ました。通常であれば一生かけてたどり着くであろう結論、もしくは一生かけてもたどり着かなったかもしれない「生きてさえいれば何でも良い」という境地に至ることができました。26日間でいろんな人と話し、新事業の仕込みをし、会社やら保険などの手続きもし、家族との時間も過ごしながらこのnoteを書いたので、この文章はたぶん所々めちゃくちゃになっています。文章を推敲する時間もないうえ、文体は全く練っていないためかなり単調です。表現の粗さや誤字脱字は無視し、事実と私の感情をすべてさらけ出すように書きました。「こいつ本当に物書きか?」と疑われるほど稚拙な文章や破綻した部分も多いとは思いますが、私の魂のようなものを少しでも感じ取っていただければ嬉しいです。
できれば商業出版、それが不可能ならKindle出版で、このストーリーはもっと読みやすい「本」の形にします。本当はまだまだ書きたいことがたくさんあり、ここで伝えきれなかった26日間のエピソードもたくさんあります。今はそのすべてを書く時間がないので、とりあえずは最低限伝えたいことを書きなぐり、文字情報として垂れ流したものがこのnoteです。このnoteは「作品」ではなく、ただ私の記録と記憶を書き留めただけのものです。手術を終えて心身ともに完全回復してから、構成をしっかり練り、文章表現もしっかり考えたうえで作品化していきます。最終的に「作品」、つまり本としてこのストーリーや私の想いを世に出した際には、ぜひ読んでいただけると嬉しいです。
このnoteを読んでくれた方への、図々しいお願い
「もうちょっとで終わる」とか言っておきながら、伝えたいことが多すぎてなかなかキーボードを打つ手が止まりませんね。これが本当の本当に最後なので、あとほんの少しだけお付き合いください。
ところどころで同情を誘っておいてから言うのもズルすぎる気がしますが、最後に私から、あなたへお願いがあります。ここまでの長文を読ませた上でさらに図々しいのですが、私の「お願い」に協力してもらっても対価は何もありません。しかも、お願いは4つもあります。
4つのお願いは優先度順に並べており、①に近いほど優先度高、④に近いほど優先度低です。この優先度は私の主観なので、あなたが「やってもいい」と思えるものだけ協力いただければ助かります。4つとも協力いただければ最高ですが、どれか1つ協力いただけるだけでも十分すぎるほど嬉しいです(というか、こんな長いnoteをここまで離脱せずに読んでもらえている時点で感謝しかありません)。
完全に私のワガママなお願いですが、とりあえず話だけでも聞いてやっても良いよ、という方のみ以下をお読みください。
①検診に行ってください。
まず、検診に行ってください。勤務先で健康診断や人間ドックを受けられる方はそれで良いですが、職場の補助がない方やフリーランスの方などは、1年に1回ぐらいはちゃんとした検診を受けてください。そして少しでも異常が見つかった方、特に「要再検査」となった方は、必ず専門の病院を受診してください。
2024年の夏ごろ、私は人間ドックで小さな異常が見つかりました。血液検査で軽度の貧血が見つかり、あとバリウム検査で十二指腸に影のようなものが見つかったので、血液の専門病院(血液内科)で一応診てもらった方がいいよ、と。あー病院とか面倒だなー、大した貧血でもないからまた今度で良いかなーと放置していたところ、妻に怒られました。「血液内科を探してきたからここに行け!!」と言われました。妻の性格上、早く病院に行かないと毎日グチグチ言われ続けるのは目に見えていたので、全く気乗りしませんでしたが渋々病院に行きました。そして血液内科の先生に、「もしかしたらポリープじゃない?十二指腸のポリープって小さいうちは影響ないけど、大きくなったらポリープ内でじわじわ出血して貧血になる人がいるんだよ」「大きい病院を紹介するから、胃カメラの検査してもらってねー」と言われました。この血液内科の先生の読み通り、私の十二指腸には巨大なポリープがありました。巨大ポリープのせいで貧血になってるっぽいし、単純にデカくて邪魔だから取っちゃおう、と手術で取ってもらいました。その結果ポリープ内に初期のがんが見つかり、十二指腸がんと診断されました。
私の場合、がんが見つかったのは妻のおかげです。妻がおせっかいで「病院に行け」としつこく言ってくれたおかげで、私は取り返しがつかなくなる前にがんを見つけることができました。私は妻のおせっかいに命を救われたので、私も同じように、他人に対しておせっかいをします。毎年検査しろ、異常があったらすぐ病院に行け、と空気を読まずにいろんなところで言い続けます。
まずはこのnoteを読んでくれているあなたに、「検診に行け!!!」とお願いさせてください。すでに健康診断などを受けており、「要再検査」と言われたのに放置していた方は、仕事を休む日を今すぐ決めて、可能な限り早く病院に行ってください。浅見さんに言われて検診・検査に行ったよ、という報告は不要ですが、もし報告してもらえたら個人的にはすごく嬉しいです。
そして私の話を真摯に受け止めて検診に行っても、ほとんどの人には何も見つからないでしょう。99%以上の方は「浅見さんに言われて検診に行ったけど、カネの無駄だったわ」「貴重な有給まで使ったのに、時間の無駄だったわ」と損した気分になるでしょうが、それが結果としては一番良いと思っています。このnoteをきっかけとして「取り返しがつかなくなる前に、大きな病気を早期発見できた」という人が一人でも現れたら、私ががんになったことに、より深い意味が生まれると思っています。
②応援してください。
二つ目のお願いです。本当に個人的なお願いですが、私を応援してください。
私は2025年2月10日(月)の14:00に入院し、翌日2月11日(火・祝)はただ病室で過ごし、翌々日の2月12日(水)9:15より手術を受けます。今の私は希望と活力にあふれており、何をしても死ぬ気がしません。しかしここまでメンタルを持ち直せたのは、がん告知からの26日間でたくさんの人と話し、たくさん笑って過ごせたからです。だから手術前日の2月11日、誰とも話さず病室で過ごす一日間で、せっかく最高潮まで持ってこれたメンタルがまた落ち込んでしまうことを恐れています。丸一日何もせず、病室でただ手術を待つだけだと、嫌なことばかり考えて塞ぎ込んでしまいそうなんです。
そこで私は、また「他人の力」に頼ることにしました。このnoteを世界中に公開し、たくさんの方から応援のメッセージをいただくことができれば、手術前日の私はその返信で忙しくなります。長文でメッセージもらったから返さないと、ああこの人にも返信しないと……と対応に追われ続けると、丸一日キーボードを叩き続けてクタクタになります。誰かと文章でコミュニケーションを取っている間は手術の怖さも忘れるし、励ましの言葉を文章で読むだけでもすごく元気が出ます。そして返信のために腱鞘炎寸前までキーボードを叩き続け、丸一日集中して頭を使い続けて爽やかな疲労感を得ることができたなら、手術前日は心地よい眠りにつけそうな気がしています。なので、たくさんの方から応援のメッセージが欲しい!というのが私のシンプルな希望です。
このnoteを書いたことは、私のX(SNS)でもお伝えします。私のXでの投稿に対して、コメントや引用リポストなどをいただけると、私に通知が来るので最もありがたいです。とは言いつつも、私にメッセージさえ届けば何でも良いです。XのDM、私の公式LINEアカウント、このnoteへのコメント、メールなど、私が見ることができる媒体であれば何でも良いです。長文でなくとも、一言「頑張れよ」「応援してるで」などいただけるだけでも嬉しいです。メッセージでなくとも、このnoteのタイトル近辺にある「スキ」というボタンや、私のXの投稿に対して「いいね!」をもらえるだけでもありがたいです。私と全く交流がない方、このnoteで初めて私の存在を知ったという方でも、何でも良いので反応いただけると、手術を乗り越える励みになります。
私の手術は、2月12日(水)9:15から始まります。手術直前から、目が覚めて回復するまでの期間はコメントを見たり返信することはできません。しかし私の手術中や手術後にこのnoteを読んだ方でも、可能な範囲で反応やメッセージをいただけるとすごく嬉しいです。「手術おつかれ」「頑張ったな!」とか言葉をいただければ、それを読んで術後の痛みを紛らわせたいと思います。
③この話を、誰かに伝えてください。
そしてここからの二つのお願いは、ちょっと無茶なものになります。私のお願いを無理して聞く必要はなく、あくまでも「可能な方だけ、負担にならない範囲で」協力いただければ幸いです。
三つ目のお願いです。もし可能な方は、私がお伝えしたこの話を、他の誰かに伝えてください。「36歳でがんになったけど、すごく幸せそうな人がいて……」と、あなたの家族や友人、職場の人などとの雑談の場で、ほんの少しでも良いので話してみてください。
私はこれから「36歳でがんになってFIREした人」として、日本中で有名になりたいと思っています。有名人になれば、私の影響力は大きくなります。人を集めるパワーが得られます。私の話に耳を傾けてくれる人が増えます。そして私が有名人になれば、その立場を存分に利用して、「幸せながん患者を増やす」という使命を果たせる確率が高まります。このnoteをコンピュータウイルスのように日本中にばらまき、浅見陽輔という存在を世に知らしめることができれば、「幸せながん患者を増やす」ことの実現性がより現実味を帯びていきます。
そのために、このnoteの話を直接いろんな人に伝えたり、このnoteのURLを誰かに共有してもらえたりすると嬉しいです。X等のSNSをやっている方、ブログや音声配信・YouTube等ご自身の情報発信媒体を持っている方であれば、どんな形でも良いので、このnoteを拡散していただけるとさらに嬉しいです。特にXのリポストや引用リポストは拡散効果が高く、私のX投稿を広めてもらえると助かります。広く拡散されるほど、最初のお願いである「①検診に行け」「②応援してくれ」の協力者増加につながると思っています。
なお、このnoteの内容は無断転載・無断引用OKとします。私の許可なく文章や画像をコピーして、どこでも勝手に使っていただいて構いません。また、体調が完全回復した後であれば音声でもYouTubeでもテレビでも何でも無償で出演します。どんなインタビューにも無償でお答えします。どなたでも、気軽にお声がけいただけると嬉しいです。
この記事が世に出た直後でも、1ヶ月後でも、1年後でも、10年後でも構いません。とにかく「あなたが」この記事を目にした後、誰かにこの話を伝えてもらえたら嬉しく思います。
④できれば、私の本を読んでください。
そして最後は、ここまでの「良い話」をすべて台無しにしてしまうようなお願いです。
最後のお願いです。私に少しでも興味を持ってもらえた方は、私が過去に書いた本を、どれでも良いので一度読んでみてください。
こんな話をするとまた同情を誘うようでズルいのですが、現実的な話として、がんの手術にはそれなりにお金がかかります。日本には高額療養費制度があり、1ヶ月間の医療費には「自己負担の上限」があります。例えば本来なら自己負担100万円の大手術を受ける場合でも、10万円弱の自己負担で済んだりします(詳しい説明は省きますが、年収や年齢などによって上限額が異なります)。この制度もあるため、私は今回の手術を貯蓄だけで十分にまかなうことができます。しかし現実として、がんになったら手術以外でも割とお金が必要となります。
私のケースでいえば、まず昨年12月のポリープ除去でそれなりに手術費がかかったうえ、今回の手術でもまた手術費が大きくかかります。加えて手術前にはたくさんの検査を受けるのですが、そちらも地味にサイフに厳しい。例えば全身のがん転移を調べる「PET-CT」という検査を受けるだけでも、医療費の自己負担分として3万円かかりました。さらに手術後、完全回復するまでの期間は基本的には安静にしなければなりません。いくらPCだけでできる文筆業であっても、しばらくの間は「時間を忘れて一日中カンヅメで執筆する」という無茶はできません。せいぜい一日2~3時間ほど簡単なPC作業ができる程度で、作業をセーブしなければならない分、収入も落ちます。つまり手術・入院・リハビリ期間は支出が大幅に増えて収入が大幅に減る、一時的な赤字状態に陥ってしまいます。加えて、私は消化器官を3つも摘出して消化能力が著しく落ちるため、手術後も消化補助の薬は一生飲まなければなりません。私が生きるための薬代もバカにならないため、やはりお金は必要です。
ちなみに私はこのようなイレギュラーに備えて資産形成をしてきたので、誰かの助けがなくても赤字期間を乗り越えることができます。でも、避けられるのであれば赤字は避けたい。赤字状態が長く続けば資産は減り、資産が減ると「仕事」のウェイトを上げなければなりません。そして仕事の時間が増えると、その分「幸せながん患者を増やす」という使命のために割ける時間が減るので、可能であれば赤字は回避したい。なので、節操がなくて露骨すぎるダイレクトマーケティングですが、「私の本を読んで、私に印税を稼がせてくれ」というのが最後のお願いです。
と言っても、興味のない本を無理に読む必要は全くありません。私は現時点で25冊のKindle本(電子書籍)を出版しています。電子で本を読むことに抵抗のある方向けに、紙の本(ペーパーバックという、一般書籍よりちょっと紙質がザラザラした本)も出しています。これら25冊の中に「ちょっと気になるな」というタイトルがあり、内容にお金を払う価値があると感じていただければ、1冊だけでも買って読んでみていただけると嬉しいです。投資・筋トレ・健康・Kindle出版・経済学など、いろんなテーマで本を出しています。
というかお金を出して本を買わなくても、私のKindle本はすべて「Kindle Unlimited」という電子書籍の定額読み放題サービス(サブスク)で読むことができます。Kindle Unlimitedで私の本が読まれても私に印税が入るので、この定額読み放題サービスに加入している方は、ぜひ興味のあるタイトルを読んでみてください。みなさんに読んでいただいて得られた印税は、ありがたく手術・入院費用と今後一生飲まなければならない薬代に充てさせてもらおうと思います。もし私に少しでも興味を持っていただけたのであれば、「浅見陽輔(あさみようすけ)」で一度ネット検索してみてください。このnoteの最後にリンクを貼っているので、そこからでも著書一覧を見ることができます。
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最後の最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。最初に「少し長いですがお付き合いください」とか言いつつ、現時点での文字数を数えてみたら3万字以上ありました。だいぶ長く付き合わせてしまい申し訳ありません。
私は2025年2月12日(水)9:15から、8時間に及ぶ大手術を受けます。手術後、地獄の痛みと苦しみが私を襲います。親からもらった大事な十二指腸を全摘出し、胆のうを全摘出し、すい臓の1/3を摘出します。ですが、私はこの試練さえ乗り越えれば、人生ゲームの「あがり」に一足先に到着したようなもんです。食べられる量は著しく減り、薬も一生飲まなければなりませんが、それだけです。
人生のすべてはトレードオフで、たとえ大切なものを失ったとしても、対価としてまた別の大切なものが得られると私は思っています。私ががんと手術で失うものは、とてつもなく大きい。でもそれと引き換えに、これから寿命で死ぬまでの約50年間、「完全に自由な人生」を手に入れることができます。
そして、これから始まる約50年の新しい人生を、思う存分楽しんでやろうと思います。そして生きていることの幸せを噛み締めながら、「幸せながん患者を増やす」という使命を果たすために命を燃やそうと思います。
手術後の数日間はおそらくスマホすら触れず、手術成功の報告は少し後になりそうです。でも必ず報告はするので、楽しみに待っていてください。
【2025年5月3日 追記】
無事に手術を終え、2ヶ月半が過ぎました。まだ体調は安定しないものの、それなりに元気に楽しく過ごしています。応援いただいたみなさん、本当にありがとうございました。
現在の生活ですが、思ったよりも自由に動けています。午前中はPCで軽い書き物をして、午後からは昼寝・買い物・誰かとZoom・ゲーム・散歩など……と、フリーランスなのか無職なのかよくわからない過ごし方をしています。
体感的なパラメータで言うと、精神的な健康度は手術前の200%、肉体的な健康度は手術前の30%ぐらいです。もう好きなことしかしていないので、ストレスが一切なくなりました。気持ち的には人生で最も健全な状態で、やりたい放題の人生を満喫しています。ちなみに退院から1ヶ月で、ドラクエ3をクリアしました。
一方で、やはり体力は相当落ちました。私は好きな仕事であれば一日中できてしまうタイプだったので、退院から1ヶ月後、調子に乗って仕事ばかりしていました。その結果、「8時間ぶっ続けで仕事し、高熱が出てしまって丸一日寝込む」というループを3周もしてしまったり。頭は一日中でも回るんですが、それに身体がついてこないんですね。さすがの私も学習して、体力が完全回復するまでは「仕事は午前中だけ」というルールを設けることにしました。そして昼食をとってから少し昼寝し、午後は散歩したり、ゲームしたり、人と話したり。このバランスが今の自分にとってちょうどいい感じです。そもそも、せっかくFIREしたのに仕事のことばかり考えてる、というのも変な話ですね。だから「午後からは仕事しません!」と決めてしまう方が、よりFIRE生活を楽しめそうな気もしています。
私は文章を書くことがとにかく大好きなので、本当に書き出すと止まりません。この追記も5行ぐらいの現状報告に留めようと思っていたのですが、気づけばいろいろ書いてしまいました。このままだと「追記」のレベルを超えた長文になりそうなので、このへんでやめておきます。
手術後の出来事、手術後に考えたこと、これからの方向性などについては、また別の機会でちゃんと文章にまとめようと思います。とりあえず今、(体力的には万全ではないものの)元気に楽しく過ごしているよ!という点だけ伝えたくて追記しました。ではまた。
【2025年7月30日 追記】
悩んだ結果、勤め先を退職しました。
これからの人生、「がんになってFIREした人」として生きていきます。
退職についてまとめた記事はこちら。
▶浅見陽輔の著書一覧
▶浅見陽輔の公式HP
