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書く人と読む人、noteでの自由な過ごしかた


もともと、noteは読むためだけにつかってたんだよね。

推しのライターさんがブログ代わりに書いたものを読みにいったり、SNSで話題になっていた記事を読みにいったり、それくらい。

ここ最近で有料記事の存在を知って、仕事に活かせそうな情報を探して買うようになった。ライティング術とか、勉強系とか。



これまでずっと、「読む人」だった。

当時は、自分で書こうなんて思ったこともなかった。だっていつもnoteで読む文章は、ワクワクして、学びになって、感動して、特別に見えたから。

「だれでも書ける場所」ではあるけど、読まれるのは一部の特別な人たちの文章だけで。なんかちがう世界の話、みたいな。



だけどライターやブロガーとして文章にふれるようになって、「もっと好き勝手に文章が書ける場所があったらな・・・」って思いはじめて。

そこでまっさきに浮かんだのがnoteだった。「わたしが書くなら、ここしかない!!」って。それはやっぱり、読んでいて居心地がよかったから。

それがこのnoteのはじまり。




2ヶ月半前、「読む人」から「書く人」になった。

いや、いまも「読む人」でもあるけど。

読むのと書くのとでは、あたりまえだけど感覚が全然ちがう。自分で生み出すことってこんなに難しいのか・・・!と、いまだに思う。


はじめた当初は「推しのライターさんみたいな文章を書きたい!」って憧れに近づこうとしたけど、そんな簡単にうまくはいかない。やっぱり、書き続けてきた人の文章って美しいんだよね。

「いい文章ってなんだろう」って、いまでも考えるんだけど。まだうまく言葉にできないから、書き続けてるっていうのもある。

いろんなことを試しながら、自由に書いているいまの環境がけっこう好き。




とはいえ、「すべての人が書く側になるべき!」とはぜんぜん思ってないんだよね。

このnoteでは「書く人」に向けた記事も多いけど、それは書いてみてわかったことを、実体験としてリアルタイムで発信しているだけ。

すごく雑に聞こえるかもだけど、書きたい人が書いたらいいし、読みたい人が読んだらいい。noteでどう過ごすのか、それは一人ひとりに選ぶ権利があるわけで。


だってさ、「読む人」がいるから、「書く人」が書けるんだよ。

少なくともわたしはそう。ひとりでも読んでくれる人がいるから書けるし、もっとたくさんの人に読んでほしいから書き続けてる。



noteって記事ごとにビューとスキの数が見られるけど、その数字には差があるんだよね。例えば1,000ビューの記事で、スキは100とか。

ってことはつまり、スキを押してなくとも読んでくれている人がいるってことで。

もちろん「スキだ!」と感じてもらえなかった可能性もあるけど、ひっそりと読んでくれている人がいるんじゃないかと思ってる。ポジティブすぎ?



わたし自身はnote立ち上げ初期からスキに救われてきたので、自分もガンガン押しにいくタイプなんだけど。してもらって嬉しかったことは、自分もしていきたいなって思っていて。でもそれは、あくまでも自分のルール。

noteでの過ごしかたは自由だから、書いたり読んだり、スキを押したり押さなかったり、交流したりしなかったりすればいいんだよね。

なんとなくnoteって居心地がいいな・・・っていうのは、書く人にも読む人にも共通してるんじゃないかなって思うけど。




とにかくこれからも、このnoteで自由に過ごしていきたいよね。

いつもスキや優しいコメントで見守ってくれる人、ひっそりと読んでくれている人、通りがかりの人。出会ってくれてありがとう!スキもビューも、ひとつひとつが宝物です。

またね。



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