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#146🌕️夜遅くに歌いながら歩く人と、フラフラ歩く私と、タイガースチャリのおっちゃん|『東京オアシス』の「少しだけ知ってる人」

夜遅い帰り道、前を歩く人が、
スマホから流れる音楽に合わせて歌っていた。

なんの曲かまでは分からなかったけれど、ノリノリしてて楽しそうに見えた。
少し口角が緩んだ。

角を曲がったら、男性2人が狭い歩道でタバコを吸っていた。
歌っている人は車道に降り、声を落としたけれど、
私の耳には、「やばいな」という尖った言葉が聞こえた。
こちらに向けられたわけではないのに、嫌な気分になった。

─あぁこういう人、いてるなぁ。
別にええやん、人の楽しみ取らんでも。
と思ったけれど、私はちらっと見て素通りした。
なんで聞こえるように言うんやろ。


そう言えば随分前、
飲み過ぎてフラフラ家路についていたとき、
程よい距離から、「まっすぐ歩きやー。」
と言われた。
「はーい、ありがとー。」
と右手を挙げた。
相手は誰かはわからなかったけど、きっと近所の人。

前者の状況なら、
この私こそ「ヤバいな」って言われるやつやわ。
でも、逆に、「ヤバいな」が「ご機嫌やなー」やったら空気が柔らかかったんちゃうかな。


そんなことを考えていたら、また思い出した。
見かけたことがある程度の、人生の大先輩。
そのおっちゃんが乗る、既製品にしか見えないタイガース仕様の自転車をちらっと見たら、
​「ええやろぉ?作ってん。」と始まった。
「え?!作ったん?!」
─クオリティ高すぎるやろ!
と驚きあらわに、食いついてしまった。
「うん、うん。おっちゃん、すごいなぁ。」
としばらく話を聞いてから、バイバイした。
一緒にいた人が、
「さっきのおっちゃん友達なん?」と聞いてきた。
「いや、初めてしゃべった。」と答えたら、
「すごいな。友達にしか見えへんかったわ。」と。


薬局で、商品棚を前に悩んでる知らない人が、突然くるっと私の方を向き、
「なぁ、これどう違うの?」と聞いてきた。
「すみません。私店員さんじゃないんです。」と答えたが、
「おばちゃん買うたことないねん。どれがいいと思う?」
─あかん。一緒に選ぶパターンか。
「んー、これはこう、こっちはこう書いてる。私も使ったことないから店員さん呼んでこうか?」と言ったが、
「いや、ええわ。これにしよか。なぁ。そうしよ。ありがとう。」と終了した。
─誰かと一緒に悩みたかっただけか。
多分おばちゃんは明日すれ違っても気づかない。


知らない小学生が走り寄って来て
「脚どうしたん?」と私に聞いた。
ちょっとびっくりしたけれど、
「骨折してん。」と答えた。
終わるだろうと思っていたら、甘かった。
「なんで折れたん?」
─ガンガンくるな。
「いろいろあんねん。」と言うと、
「いろいろって何?」
─終わらへんやん。
「いろいろは色々や。はよお母さんとこ行き。心配してはんで。」と言ったら、
今度は、一緒にいた人を指さして、
「俺この人電車で見たことあんで。」
─おったわ、こんな子。ほんま面白いな。誰でもいいから、おしゃべりが好きなんやな。
「ほんまぁ。もう行きや。バイバイ。」と言って終わらせた。
多分、タイミングが良く、ターゲットを見つけただけなんだと思う。
明日会っても、多分走り寄ってくることはない。


でもこの話のどれも、友達には「そんなことされたことないわ」と言われる。
私は反応しそうな空気を意図せず発してるのかもしれない。
よう知らんけど。


自転車も通れる大きい歩道橋の階段でこけた。
パーフェクトにゆっくりこけた。
恥ずかしいより、痛かったので焦らずのんびり起き上がった。
その間たくさんの通行人には、避けられただけだった。
この光景が笑えた。

そこに『少し知っている人』は、いなかった。

寂しかったので、次の日、
その何週か前に酔って転けて、えらいことになった先輩に手のひらを見せて、
「昨日転けたんですー。」と言ったら、
「酔っ払ってたん?」と返ってきた。
─「ちゃいます。めっちゃ眠かっただけ。」
どっちもどっち。


『東京オアシス』という映画の中で、
認知症の女性が、映画を見終わった時に、
「隣に座っていた知り合いがいなくなってしまった」
と言って、ずっとその知り合いを待っていた。

結局、それが知り合いだったのか、
たまたま隣に座った人だったのか分からなかったけれど、
「同じ映画を観るために、ただ隣に座った人なのに、彼女にとっては隣の人。
知らない人ではなくて、少しだけ知ってる人だったのかもしれない。」
と、映画の中の原田知世さんは言っていた。


都会に住んでると、知らない人に囲まれていることが多いけれど、
たとえば、毎日すれ違う早足の人や、同じ列で電車を待つ本を読んでいる人や、改札口の駅員さんをそう思えたら、
そこが自分の『居場所』になるのかな。
「少しだけ知ってる人」は自分の見方次第で増える。
気づいたら、勝手に誰かの「少しだけ知ってる人」になってることもある。

ただ、反応は街によって違うかもしれない。

もっとも、“踏み込みすぎない距離感が守られていること”が前提でないと怖いのだけれど。


⬇️距離感次第で惜しむものもある



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