【思考の棚卸】noteを始めたときに必ず書こうと思ったこと ~友人Aへの思い~
今回の執筆内容
今回は、友人Aに対して思っていることについて書こうと思います。この内容はnoteにアカウントを開設すると決めて最も書きたかった内容です。
去年、ある理由で友人Aと仲違いしてしまいました。この件に関しては、かなりこじれてしまったので私としてはかなり心苦しく思っており、この思いを今回の記事にて消化し、人生の教訓としてアーカイブしようと思います。
ただ友人Aの悪口を書いているだけに見えるかもしれませんが、普段人に言えないことをぶち撒けてしまえるところがnoteの良い所でもあると思います。
それに、身バレを恐れて書くことが抽象的すぎるようなことになることも、避けたいと思っています。これは、今まで書いてきた記事も含めてです。
抽象的な内容じゃ、自分の気持ちを吐き出してスッキリできないです。
私のnoteを見てくださる方の人数も、この記事を書くには丁度良い人数(50人以下)に安定してきたので、今がタイミングだと思いました。50人くらいであれば、身バレは無いでしょう。少なくとも友人Aは長文を書いたり、ブログを読むような人ではないですし、そのほかの知人、会社の人も、これだけ閲覧数が少なければ、見ている人はいないでしょう(笑)
今回はnoteの特性に甘えて、自分のAさんに対する気持ちに決着をつけたいと思います。
友人Aの人物像
友人Aの人物像については、以前の記事でも紹介しましたが、改めて伝えると下記のとおりです。以前の記事はリンクをご確認ください。
・しっかり者の頼りになる存在。尊敬している友人
・以前は私にとっては最も頻繁に会う、気の合っていた友人
・連絡が面倒だと思うタイプ
友人Aとの喧嘩内容
一昨年の春ごろからプロ野球の中継を見ることにハマり出し、いつか球場まで試合を見に行きたいと考えていたところ、あるオープン戦のチケットを無料でプレゼントされるという応募企画がありました。その球場での観戦チケットの購入履歴が無い人が優先的に当選する仕組みであったので、これは当たるかもしれないと考え、「もしオープン戦のチケットが当たったら一緒に見に行かない?」友人Aに提案しました。
友人Aに一緒に観戦に行こうと打診した理由としては、
・私の交友関係には野球好きがいなかった。
・友人Aからの誘いで参加する前まではあまり興味の無かったイベント(音楽フェスやコミケ、展示会など)に付き合ったことがあり、私も1回くらい相手の興味の範囲外のことに誘っても問題ないだろう(お互い様)という思いがあった。
といったところです。
友人Aもこの提案を承諾してくれたので、キャンペーンに応募したところ無事当選し、友人Aに本当に一緒に観戦してくれるか、当選の報告とともに再度確認しました。
私と友人Aがすれ違ったのはここからです。
まず、友人Aから全く返事が来ませんでした。これはかなり不安になりました。友人Aのレスポンスは確かに遅いほうではあるので、私が気長に待てれば良かったのですが、色々理由が重なって待つことができませんでした。
その理由の一つとして、チケットの予約に失敗して連番で席を取れず、予約のやり直しもできなかったというのがあります。
さすがに一人で試合を見させるわけにもいかないので、もう一度連絡しましたが、それでも返信は来ず、本当に苦しい気持ちになりました。
「やっぱり、野球なんか見に行きたくなかったのかな?」
「断りづらく思って、私が自分から予定をキャンセルするのを待っているのかな?」
と思うと同時に、
「もしそう思っているのならば、メッセージを無視せずにハッキリ伝えてよ。」
「何も言わないのは相手をないがしろにしていて、どんな関係性であろうと、不誠実な態度ではないのか?」
「自分が謝りたくない(借りを作りたくない)から、私から予定をキャンセルさせようとしているのか?」
と、怒りと疑心暗鬼な気持ちでいっぱいでした。
また、全く別の件でも友人Aに対する印象が悪くなっていた時期でもあったので、それも拍車をかけて我慢できず、友人Aに長文で怒りのメッセージを送りつけてしまいました。
例えば、
・外食に行くと容赦なく「このご飯まずい」みたいな、周りの雰囲気が凍りつくようなことを店内で平気で言う。(Aさんは "おいしい" のレベルがとてつもなく高いです。冷凍食品やスーパーの総菜が基本全部ダメ。)
・「リモートワークでアニメを見ながら仕事している」と平気で言う。
皆さんはこのような人をどう思いますか?
実際にやるかどうかは別として、私はこんなことを目の前で言われてしまって、正直気分が悪かったです。
リモートワーク中にアニメを見ているという話は、私が聞いた時期が悪かったのか、過剰にイラついてしまった節はありますが…
リモートワーク中のアニメはBGM的な感覚で流しているだけで、実際は内容なんか碌に見ていないのかもしれません。しかし、その当時、私は仕事内容が変わった影響で、悔しさで歯を食いしばりながら、必死に ”今自分にできること" に打ち込んでいたので、友人Aの仕事中に仕事とは関係ないこと(しかも育児・介護でもなく娯楽)をしている様子を想像すると、本当に腹が立ちました。
こっちは、仕事内容が変わって経験値0の状態で、他の業務が忙しい先輩に放置されながらも、勤務先のデスクで新しい仕事に必要な知識を必死で勉強して、何か手伝えそうなことがないか聞きたり提案しながらも、ことごとく却下されて、それでも諦めずにまた勉強し続けて、またこんな悔しい思いをしなくて済むように必死に努力していたのに。
この気持ちに関しては、仕事で使い物にならない無能な私の八つ当たりだとは思います。それでも、自分なりに誠実に真剣に仕事と向き合っていた当時の私には、友人Aの仕事への取組み方には苛立ってしまいましたし、印象は悪くなってしまいました。
友人Aの事情
友人Aが返信を全然してくれなかった理由について、今回の件に関しては、大多数の人間が "仕方無い" と思うであろう事情はありました。
友人Aと仲の良かった御親戚が亡くなってしまったために、心労でご飯が食べられないほど、寝込んでいたそうです。勿論、LINEやSNSを開く気力も無かったと、後日の返信で知りました。
友人Aがメンタルも体調も全部崩していたところに、私の怒りの長文LINEでさらに追い打ちをかけてしまいました。これに関しては人生最大の失敗です。返事が無くて困っているという "事実" だけを伝えれば良かったのに、最初からいきなり怒り爆発な内容を送ってしまいました。
おそらく、予約ミスをしなければ、もう少し冷静になって、友人Aからの返事を1週間くらいは気長に待てたかもしれません。そうすれば、今回のことは起こらなかったと思います。実際、最初の連絡から1週間後くらいにやっと友人Aからの返信がありました。
しかし、今回は不安な要素(チケット予約ミス、相手の興味の範囲外のイベント、最近の友人Aの言動)が多すぎて、当選の連絡してから4日後くらいに、耐えきれずに、友人Aを追い詰めるようなこと言ってしまいました。
それでも私としては、正直な話、既読だけでもつけてほしかったです。あるいは、XかInstagramに今は返事をできないと告知する気力を振り絞ってほしかったと、友人Aには大変申し訳ないですが、思ってしまいます。
・良い席が埋まっていく中でずっと返事を待たなければならなかったこと
・結局、席の予約に失敗して焦っていたこと
たとえ返事の内容が断りの内容であったとしても、早く返事をもらって、この不安な気持ちを早く解消したくて、早く助けてほしかった。
どんなに仲良しの相手だろうと、メッセージに対して何も反応が無い状態は、迷惑になっていないかと考えてしまって、いつだって不安で堪らない。
自分なりに考えたことは、ぶっちゃけ相手を決めつけていた
この件については、現在の職業のせいで考える癖がより強化されたことが、悪い方向に出ちゃっているなと思います。
私はここ5年間は、メーカーの研究開発員として働いています。(この内容については以前記事にもしました。)
「仮説を立てる→実際に検証する→結果を確認する」の流れを仕事でも人間関係でも、全てのことに適用してしまっているような気はします。
友人Aと仲違いした際に「決めつけられて悲しかった。」と言われました。言われるまで気づかなかったことが恥ずかしいですが、確かにそのような感情になる方のほうが多いかもしれません。
つまり、「検証する」と同じような流れで人間関係も対応してしまい、相手に言わなくて良いことを言ってしまったのだと思います。
今思えば、問題集の分からないところを自分なりに考えて、「この考え方で合っていますか?」と先生に聞きに行く感覚で、相手に「こう思ってるんでしょ?」と聞いてしまった所が、この件一番の反省点です。
これからどうしたいか
友人Aとはこの記事を執筆している間にも、一度会いました。
おそらく、比較的急な予定でも予定が空いていそうな人として、声をかけてくれたって感じですね。
仲違いして以来、友人Aとは私から声をかけて会っていましたが、今回は友人Aから声をかけてくれました。
もう会いたくない人ならば、絶対に声はかけないと思うので、この一件で、一応は仲直りできているという認識で行くことにしました。
ただ、その際に話した内容から、友人Aは仕事でも私生活でも色々することが多そうなので、しばらくはお互いに合うことは無いでしょう。声をかけても断られるというか、休める時はちゃんと休んでねって思いました。全て精一杯頑張ってほしいなって感じです。
下手すると、このまま、自然に会わなくなるかもしれませんね。
でも、それでいいです。小学生の頃に出会って、大人になっても一緒に遊んだ友人と喧嘩別れになるのは、正直つらいですから。それが避けれただけで十分です。
高校、大学の友人とはもう何年も会っていないというのを考えると、友人Aは本当に特殊な友人です。今も声さえかければ、会ってくれる、何なら会おうと言ってくれるという信頼がありますから。
しばらくは忙しそうなので、私から声をかけるつもりは無いです。
友人Aの奮闘を陰ながら応援しようと思います。
Xの更新停止については、そのうち復活させるかもしれません。
やっぱり、InstagramやnoteよりもXのほうが、日常での使用ツールとしては好みです。日常について一言書きたいときにはやっぱりXだと思いました。noteはnoteで深く書きたいときに使いたいと思えるツールです。
要は使い分けですよね。noteは人に言えないことを消化したり、Xでは文字数が収まらない共有したいことを書くために、細々と続けていけると良いなと思っています。Xはもっと気軽なことを気軽に書くツールとして使おうかなって検討中です。
今回友人Aと会って、私の気掛かりもかなり低減しましたし、時間も立って年末年始のショックも和らいできたので、旅行や何かちょうど良いイベントがあれば、その投稿をするためにみたいな口実で復活させるかもしれません。もう少し考えてみます。
最後に
今回の執筆内容は最も書きたかった内容でした。
noteを始めた動機といっても過言ではありません。
今まで投稿した記事の中で最も時間をかけましたし、その分文章も長くなりました。もし、noteでなければ途中でこの記事を書くことは諦めていたかもしれません。別記事で「絶対に書く」と宣言したおかげで、今回記事にすることができました。
このnoteを始めた当初よりは、寂しさや悲しさは落ち着いてきましたし、やっぱり ”時間経過" というのは、精神的な傷にも有効なんですね。
時間が経過する中で、納得するまで考えたというのはあると思いますが、もうこの件に関しては比較的吹っ切れました。自分なりの答えを出せたと思います。満足しました。
今回の記事は、面白くもない記事だったかもしれませんが、最後まで読んでくださったということは、あなたにも同じような経験があったり、共感してくださるような内容があったということでしょうか。もし、そうであれば、非常に嬉しく思います。
最後まで読んでくださり、誠にありがとうございました。
