あの世のはざまの「ぼくきみ物語」〜地獄の沙汰もチャンネル次第〜【第1章 #2】
第1章 存在との出会い
15年前のある日のこと。
「ぼくのこと怖くない?」
すぐ耳元で、かすかな声が聞こえた。
えっ、子どもの声……?
少しおどおどしているようでもあり、私を気遣っているようでもある、静かで高音の優しい声だった。
私は慌てて辺りを見回した。
だけど、自宅の部屋には誰もいない。
絶対に空耳なんかじゃない。
けれど私は、恐怖よりも先に、ある確信のようなものに突き動かされていた。
「もしかして……いつも私に絵を描かせている、あの存在?」
直感的にそう頭をよぎったため、不思議と恐怖は感じなかった。
今思えば、彼の話し方と声には幼い印象があった。
そのため私は、子どものような存在なのか、それとも異国の存在が翻訳機のようなものを通して話しているのかもしれないと、ぼんやり考えていたのだ。
すべての始まりは、東日本大震災のあとだった。
私の身に、思いもよらない奇妙な出来事が起こり始めていた。
震災から2か月が過ぎた、ある日のこと。
突然、胸の奥から抑えきれない「何がなんでも絵を描きたい」という激しい衝動に襲われた。
もともと絵を描くことは好きだったけれど、それは今までに経験したことのない異様な感覚だった。
腕がうずうずする。
手が震えるほどに、絵が描きたい。
もう、頭の中は絵を描くことで支配されていた。
身体は勝手に動き、家にあった少し厚手の白い画用紙を探し出した。
濃い鉛筆を握りしめると、何かに取り憑かれたように夢中で描き始めた。
最初に描き上がったのは、力強い濃淡で木々の影を表現した、どこか寂しげな一枚だった。
濃く描くところは何度も塗り重ね、淡く描くところは優しい力で描く。
その鉛筆の使い方を、私はまるで誰かに教えてもらっているような不思議な感覚で見つめていた。
そしてそれは、私が普段描くものとは、まったく違う作風だった。
鉛筆を軽く握っているだけで、芯が紙の上を勝手に滑っていく。
まるで子どもの頃に友達とやった「こっくりさん」を、たった一人でやっているような感覚だった。
少し気味が悪かった。
「私の手が……勝手に絵を描いている……」
だけど、自分の手から次々と生み出されていく未知の絵が面白くて、私は毎日のように鉛筆を握り続けた。
おそらく、この状況を一番不思議がっていたのは、私自身だ。
傍(はた)から見れば、ただ私が熱心に絵を描いているだけに見えただろう。
実際にあまりの奇妙さにカメラを回し、自分の姿を録画して後から確かめてみた。
けれど、映像に映っていたのは、至って普通にスケッチをしている私の姿だった。
私が内側で感じていた「何者かに勝手に描かされている」という圧倒的な感覚は、映像からはほとんど伝わらなかった。
誰が見ても、夢中で絵を描いている人にしか見えなかったのだ。
そんな奇妙な自動書記の日々が続いていた、ある日のこと。
ついに彼が、私に声をかけてきたのだった。
「ぼくのこと怖くない?」

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※本作は、いつも一緒にいてくれる「内なる存在」との絆、そして私自身の地獄からの生還を描く、全2巻(前後編)の【前編】となります。
🔗 続きはこちら【第2章 筆談とミケランジェロ】
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