あの世のはざまの「ぼくきみ物語」〜地獄の沙汰もチャンネル次第〜【第4章 #5】
第4章 ハリー・リーガス・スカイナー
「ぼくの名前を、まだきみに伝えていなかったね」
ある日、彼は少し嬉しそうにそう言った。
「ぼくの名前は、ハリー。
フルネームは 「ハリー・リーガス・スカイナー(Harry Regas Skyner)」
長いから、ハリーって呼んでくれればいいよ。
……本当は、この名前にはもう一つ意味があるのだけどね」
私は驚いて、思わず声を上げた。
「えっ! ミケランジェロかと思ってた。
あの時、筆談でそう書いていたし……。
ハリー・リーガス・スカイナーっていうのね」
外国の名前には詳しくないけれど、ファーストネーム、ミドルネーム、ファミリーネームという順番らしい。
「スカイナーって、空を飛びそうでカッコいいね」
そう言うと、ハリーは少し照れたように笑った。
「ミケランジェロは、きみと一緒に絵を描いている存在の名前なんだよ。
本当は『MICHE(ミケ)』って書こうとしたらしいんだけど、きみの心の引き出しに『ミケランジェロ』という名前があったから、ついそっちを引っ張り出しちゃったみたいなんだ。
それとね。ぼくの『スカイナー』っていう名前には、ちょっとした憧れもあるんだ。
ぼく自身は空を飛べないから、この名前なら飛べる気がしてね」
少し照れながら話すハリーが、なんだか可愛らしく思えた。
『彼らは必要に応じて名前を持つのだろうか?そして、ミケランジェロという名前は、あの時の私の記憶や知識の中から、選び違えてしまったのだと……。』
そんなことを考えていると、ハリーの声色が少しだけ変わった。
「これまで長い間、ぼくはずっときみの『内側』にいたんだ」
その言葉には、どこか懐かしさと、深い想いが滲んでいた。
「きみがこの世に生まれた、その瞬間からずっと一緒だった。
こうして話ができるようになるまで、ぼくは必死にメッセージを送り続けていたんだよ。
頭の中に『ひらめき』を浮かべたり、『偶然のお知らせ』みたいな出来事を起こしたりしてね。
だけど、なかなか伝わらなかった。もどかしくて、イライラすることもあったよ」
最後は照れ隠しのように笑った気配がした。私は胸の奥が、少しずつ温かくなるのを感じていた。
『私が何気なく「偶然」だと思っていた出来事の中に、これほど長い時間をかけた彼の想いが隠れていたなんて、思いもしなかったからだ。』
ハリーは、少し真剣な口調で話を続けた。
「特に、きみが危ない目に遭いそうになった時は大変だった。ぼくには心臓なんてないけれど、飛び出しそうなくらいハラハラしていたんだよ」
少し笑いながら話しているのに、その言葉の奥には、ずっと私を見守り続けてきた時間の長さと愛が感じられた。
「きみの意識――つまり、脳を通して直接コンタクトを取るのは、簡単なことじゃなかった。
だからぼくは、まず『身体の意識』と意思疎通ができるように、数え切れないほどの試行錯誤を重ねたんだ。
そうして少しずつ、ぼくの意識がきみの深いところまで届くようになっていった」
私は、胸がぎゅっと締めつけられるような思いで、その話を聞いていた。
私が何気なく過ごしてきた時間の裏側で、彼はそんなにも長い年月をかけて、私へ手を伸ばし続けてくれていたのだ。
「心と身体、そして腕や手、頭が少しずつつながっていって、ようやくぼくの想いを伝えられるようになった。
あの時、きみが突然、『何がなんでも絵を描きたい!』という強い衝動に駆られてスケッチブックを広げたのは、そのためだったんだよ」
私は、あの日のことを思い出していた。『どうしても絵が描きたくて仕方がなかった。理由なんて何一つ分からなかった。ただ、その衝動に従うしかなかったのだ。』
ハリーは少し楽しそうに声を弾ませた。
「だけどね。そこで、ぼくも予想していなかった不思議なことが起きたんだ。きみの奥深くで、長い年月眠っていた存在――「ミケさん」が、ぼくの刺激をきっかけに、一緒に目を覚ましてしまったんだよ」
長い眠りから目を覚ましたその存在は、鉛筆を握る私の手を動かし、筆談で静かに名乗った。
その名前こそが、「ミケランジェロ」だった。
すべては、あの日から始まったのだ。
ハリーは、優しく語りかけるように言った。
「こうしてきみに、ぼく自身の話ができる日が来て本当に嬉しい。ぼくの声がきみに届いて、言葉を交わせる日が来るまで、気の遠くなるような時間を待ち続けていた。だから……本当に嬉しいんだよ」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が熱くなった。私は今まで、偶然だと思っていた出来事の一つひとつが、決して偶然ではなかったことを知った。
私が生まれたその日から、ずっと変わることなく寄り添い、語りかけ、待ち続けてくれていた存在がいた。
その事実だけで、胸がいっぱいになった。
そして私は、静かに思った。
『この出会いは、今日から始まったものではない。
生まれたその瞬間から、ずっと続いていた物語だったのだ。』

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※本作は、いつも一緒にいてくれる「内なる存在」との絆、そして私自身の地獄からの生還を描く、全2巻(前後編)の【前編】となります。
🔗 続きはこちら【第5章 最期の晩餐 〜もしも明日、世界が終わるなら〜】
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