あの世のはざまの「ぼくきみ物語」〜地獄の沙汰もチャンネル次第〜【第5章 #6】
第5章 最期の晩餐 〜もしも明日、世界が終わるなら〜
「ぼくはハリー。今日はきみにとって忘れられない一日になった、あの日の話をしようか……」
ハリーは懐かしそうに語り始めた。
2012年8月11日。娘がまだ小学生だった頃の、夏休みのこと。
「娘が夏休みに入った頃のこと。ある日、ぼくはきみに聞いたんだ。
『もしも一週間後、この地球がなくなってしまうとしたら、きみは最後の日をどう過ごす?』
ってね。するときみは、少しも迷うことなく答えた。
『もちろん、娘と一緒にいたい』って」
ハリーは満足そうに頷くような気配を見せた。
「それなら、一度練習をしてみよう。本当に最後の日だと思って、その一日を過ごしてみるんだ。ちょうど夏休みだし、娘を連れて一緒に東京へ行こう。使えるお金には上限を決めるけれど、その範囲なら好きなものを買っていい。本当に明日で地球が終わるつもりで、一日を思いきり楽しんでごらん」
――そうして私たちは、本当に「今日が最後の日」だと思って過ごしてみることにした。
娘を連れて向かった先は、東京だった。東京に着いて最初に入ったのは、時間がゆっくり流れているような落ち着いた喫茶店だった。
娘は甘いものがあまり得意ではない。コーヒーと紅茶を頼み、ケーキをひとつだけ注文して二人で分け合った。それだけのことなのに、不思議なくらい幸せだった。
店を出ると、洋服屋を探しながら街を歩いた。久しぶりの東京。娘も私も、歩いているだけで心が弾んだ。
買い物は、洋服と好きな小物をひとつずつ。そう決めていた。
何軒か見て回ったあと、可愛らしい洋服が並ぶお店に入り、娘とお揃いのような半袖のワンピースを選んだ。
「せっかくだから」
そう言って、その場で着替える。
少しおしゃれになっただけなのに、二人とも自然と笑顔になり、足取りまで軽くなっていた。
さらに歩いていると、私たちは吸い寄せられるようにスワロフスキーのお店へ入っていった。店内には、きらきらと輝くクリスタルが美しく並んでいる。
娘はブルーのクリスタルがあしらわれたレザーのブレスレットを選んだ。まるでロックバンドのボーカルが身につけていそうな、かっこいいデザインだった。私は少し大きめのクリスタルがついたネックレスを選んだ。もしかしたら、娘のほうがセンスはいいのかもしれない。
二人とも買ったばかりのアクセサリーを嬉しそうに身につけて歩いていると、頭の中でハリーが少し慌てたように声を上げた。
「ちょっときみ、大盤振る舞いしすぎじゃない? 予算が心配になってきたから、買い物はこれで終了!」
私は思わず吹き出した。
洋服を選び、アクセサリーを選び、気がつけばずいぶん歩き回っていた。時計を見ると、お昼を過ぎていた。
たまにしか来られない東京。そして、もし本当に今日が人生最後の日なのだとしたら、最後の食事は二人とも大好きなお寿司がいい。そう思い、私たちは田舎ではなかなか出会えそうにない、おしゃれな創作寿司のお店へ入った。
テーブルには、色鮮やかなお寿司が美しく並べられている。見ているだけで心が躍るような料理だった。
だけど――。
「今日が最後の日」
そう思った瞬間、それまであれほど楽しかった買い物さえ、どこか色あせて見えてしまった。目の前には大好きなお寿司が並んでいるのに、不思議なくらい食欲が湧かない。私は未来ばかりを見つめて、不安の中に飲み込まれていた。
ふと隣を見ると、娘は「美味しそう!」と満面の笑みでお寿司を頬張っていた。その笑顔を見た瞬間、私はハッとした。
(私って、今を生きていない……)
目の前には、こんなにも愛おしくて幸せな時間がある。それなのに私は、「明日、地球が終わるかもしれない」という未来への不安に心を奪われ、今この瞬間を味わうことができなくなっていたのだ。
たとえ明日、何が起こったとしてもいい。今、この瞬間を大切に味わえばいい。そんな当たり前のことを、娘の笑顔が静かに教えてくれた。
最期の晩餐を終えても、どうやらハリーの計画はまだ終わっていないようだった。何か楽しそうなことを企んでいる気配が伝わってくる。
「実はね、東京タワーに宇宙船が迎えに来るって連絡があったよ。時間は18時30分から19時頃らしい。行ってみよう!」
どうせ「今日が地球最後の日」という設定なのだ。宇宙船くらい現れたほうが、それらしいと思ったのかもしれない。
「東京タワーに宇宙船? そして明日は地球最後の日……」
絶対に嘘だと思った。だけど、もし本当だったら。そう考え始めると、不安は少しずつ膨らんでいく。宇宙船に乗るのは怖い。娘と私だけ助かるつもりなのだろうか。そんな突拍子もないことまで考えてしまった。
実は、この「地球最後の日」という話は、一か月ほど前から何度もハリーに聞かされていた。だから私は、半ば本気でその日を迎えようとしていたのである。
私たちは東京タワーへ向かった。
展望台へ上ると、久しぶりに眺める東京の夜景が目の前いっぱいに広がっていた。息をのむほど美しい景色だった。
娘と並んで街を見下ろしながら、私は思った。もし今日が本当に最後の日だったとしても、この景色を娘と一緒に見ることができて、本当によかった。
するとハリーが、何事もないように言った。
「19時に宇宙船が来るよ」
私たちは半信半疑のまま、慌てて展望台を降りた。ところが地上へ着くと、ハリーはまた妙なことを言い出した。
「あっ! 場所が変更になったって連絡が入った。その代わり、黒の高級車が迎えに来ているから探してみて」
しかも車のナンバーまで、やけに具体的なのである。娘と私は顔を見合わせながら駐車場へ向かった。
その頃には空が真っ黒な雲に覆われ、遠くでゴロゴロと雷鳴が響き始めていた。
あまりにも不気味な空模様に、「もしかしたら、本当に宇宙船が来るんじゃないか」という気持ちにさえなってしまう。周囲はまるでSF映画の終末のような雰囲気だった。
娘もただならぬ空気を感じたのか、不安そうに私と一緒に空を見上げている。私たちは黒い高級車を探しながら、何度も駐車場を歩き回った。
「もし本当にあの車があったら……」
「もし本当に宇宙船が来たら……」
そんなことを考えているうちに、私までだんだん怖くなってきた。そんな私たちを見ながら、ハリーだけはのんきに言った。
「そろそろかなぁ」
その瞬間だった。
――バーン!
夜空を震わせる大きな音が響いた。驚いて見上げると、暗闇を切り裂くように、大輪の花火が夜空いっぱいに咲き誇っていた。
「わぁ……!」
娘と私は思わず声を上げた。
宇宙船でもなかった。黒の高級車でもなかった。ハリーが私たちに見せたかったものは、この美しい花火だったのである。
忘れもしない、2012年8月11日。
後で調べて知ったのだが、その日は東日本大震災の翌年、二年ぶりに開催された「東京湾大華火祭」の日だった。しかも、その日は私の兄の誕生日でもある。だから私は、あの日の日付を今でもはっきり覚えている。
後になって思う。あのときハリーが「忘れない日付よね」と言った、本当の意味を。
娘と東京を歩いたこと。同じ服を選んだこと。同じ景色を見たこと。そして、一緒に夜空いっぱいの花火を見上げたこと。その一つひとつが一生忘れられない思い出になることを、ハリーは最初から知っていたのだろう。
花火が終わると同時に、私の心の中でゲームをクリアしたような軽快な音が鳴り響いた。
チャララララーン♪
続いて聞こえてきたのは、「ゲームオーバー、ゲームオーバー」という、お茶目な電子音だった。私は思わず吹き出した。
「やられた〜!」
宇宙船も、高級車のお迎えも、本気で探していたのだから。心から思った。
(ハリー……花火が上がることを知ってたの? 本当に天才じゃん)
どうやら私は、見事にハリーの壮大なサプライズに引っかかっていたらしい。だけど今になって思う。あの日の本当のプレゼントは、花火ではなかった。
娘と笑いながら東京を歩いたこと。同じ景色を眺めたこと。同じ花火を見上げたこと。そして、同じ時間を一緒に生きたこと。かけがえのない「あの日そのもの」が、ハリーから私たちへの贈り物だったのだ。
あの日、私は初めて知った。
明日を心配するよりも、昨日を悔やむよりも、大切なのは「今」を生きること。
娘と過ごした、かけがえのない一日。その一日が、私の人生のチャンネルを静かに「今」へと合わせてくれたのである。
「ほらね」
ハリーが、少し得意そうに笑った気配がした。
「あの日は、きみに『今』をプレゼントしたかったんだよ」

──── ───── ─────
※本作は、いつも一緒にいてくれる「内なる存在」との絆、そして私自身の地獄からの生還を描く、全2巻(前後編)の【前編】となります。
🔗 続きはこちら【第6章 名前を変える存在、ハリー 〜伝えられなかった真実〜】
#創作大賞2026 #オールカテゴリ部門 #ぼくきみ物語 #精神世界 #内なる存在 #スピリチュアル #エッセイ #ノンフィクション #大いなる存在 #チャンネル #神様 #内なる神 #あの世
