あの世のはざまの「ぼくきみ物語」〜地獄の沙汰もチャンネル次第〜【第7章 #8】
第7章 ぼくの名前は「ゆう」
「ぼくの名前は、ゆう」
目の前に現れたその存在は、静かにそう名乗った。
「ぼくがきみと出会ったのは、もう15年も前のことになるんだね。それは東日本大震災から数か月後のことだった。あの日、ぼくたちの世界にも災害対策本部ができていてね。被害状況を調査するために人間の世界の官庁を回っていた時、ぼくはきみに出会ったんだ。
偶然の出会いに見えるけれど、ぼくたちの世界では少し違う。出会うべき人とは、出会うべき時に出会う。あの日も、そんな一日だったのかもしれないね」
「ぼくの住む世界は、人間でいうこの世とあの世のちょうど真ん中にある『はざまの世界』なんだ」私は、ゆうが初めて現れた日のことを今でもはっきり覚えている。
最初はいつも話をしているハリーだと思ったから、
「えっ……職場まで来たの?」と驚いたのだ。
けれど、すぐに纏(まと)っている雰囲気が違うことに気づいた。ハリーとは別の、新しい存在だと。
「そうだよ。ぼくはあの日、きみに初めて会ったんだ」ゆうは懐かしそうに目を細めるような、穏やかな気配を見せた。
「あの時、言ったよね? ぼくが福祉課の天吊りサイン(案内看板)の上から眺めていたら、きみがぼくのことを見上げていた。『きみはぼくのこと、見えるんだね?』って。そして『ぼくは災害対策本部の見回りに来ているんだけど、きみはここの職場の人なの?』って尋ねたよね」
「そうだった……」
あの時、看板の上にいる彼のことを、私はなんとなく感じていたのだ。
ぼんやりとではあったけれど、確かにそこにいる気配を。そして彼から「各地域の災害対策本部を見回っている」という話を聞いた。
「そしてきみはぼくに『羽があるの?』って聞いた。だからぼくは『そうだよ、羽があるんだよ』って答えたんだ。そしたらきみが目を輝かせて、『天使なの? それともキューピッドなの?』って言うからさ。……本当は羽なんてないんだけど、その時だけ、キューピッドの姿になってみたんだ」
ゆうは少し悪戯っぽく笑う。
「未曾有の災害の後で、不謹慎だと思われるかもしれない。だけど、少しでも明るい話題を届けたくて、自由自在に姿を変えてキューピッドを演じてみたんだ。『ここは若い女性が多い職場だから、恋を叶えてあげるね!』って。
そしたらきみが『ちょうど独身の女性がいるから、やってみて!』と言うから、ぼくは手元から三本の矢を放ったんだよ」
あの場の思いつきの会話から、まさか「キューピッド」という展開になるなんて思わなかった。
でもその直後、本当に信じられないような奇跡が起きたのだ。
「だってあの後、本当に職場にいた独身の同僚二人が、トントン拍子に結婚が決まったんだもの!」
私が興奮気味に振り返ると、ゆうは嬉しそうに、けれど少し格好つけるように言った。
「きみと『本当に当たったね!』って、その場で喜びを分かち合いたかったな」
「ところで……あと一人分の『三本目の矢』って、一体誰に放ったの?」
私がふと疑問を口にすると、ゆうは少し気まずそうに、迷うような間を置いてから白状した。
「実はね……三人目は誰に放とうか探していたら、手元が狂って、きみに矢を放ってしまったんだ。しかもね、もっとびっくりすると思うのだけど、その矢の相手は、ぼくだったんだよ」
「えっ!?」
絶句する私を前に、ゆうは少し慌てたように言葉を付け加えた。
「あ、だけど勘違いしないでね! 矢の相手は、放つ前から決まっているものなんだ。だから、ぼくがわざと狙ってやったわけじゃないからね!」まさか、そんなマヌケでロマンチックなオチがあったなんて。
だからあの後、彼は何も言わずに、そそくさといなくなってしまったのだ。
「災害対策本部って言っていたから、てっきり次の現場の確認に急いだのだと思っていたけれど……あの時は名前も聞いていなかったから、その後どうしちゃったんだろうって、私、ずっと気になっていたのよ」
こうして、15年前のあの部屋、あの職場で始まった私と「ゆう」の本当の物語が、今、再び動き出そうとしていた。

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※本作は、いつも一緒にいてくれる「内なる存在」との絆、そして私自身の地獄からの生還を描く、全2巻(前後編)の【前編】となります。
🔗 続きはこちら【第8章 ぼくはキューピッド〜見えない世界の入り口〜】
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