ごちゃごちゃしたところから
久しぶりのnote。
なかなか書くことができなかったのは、両親、特に母の体調がよくなかったからです。
これまでは、起こった出来事を自分の中に落とし込んで、うまく折り合いがついたらnoteに書いてきました。
何が起きたのか。
私はどう感じたのか。
最後には、どう受け止めたのか。
そこまでたどり着いてから、言葉にしてきました。
でも、ある方の言葉を読み、ちょっと考えが変わってきました。
「どう決めたかよりも、その前のごちゃごちゃしたところを書き残したい」
母と過ごせる時間が残り少なくなってきた今、「ごちゃごちゃしたところ」にこそ、母が存在するのではないかと思うのです。
どんな言葉で書き残せるのか、私には分かりません。
辛くなった時、それでも書き続けられるかも分かりません。
今までとは違うnoteになってしまうかもしれませんが、葛藤する私の心の中を書いていこうと思います。
ちょうど1か月前。
今年に入って数回目の誤嚥性肺炎を起こした母が、けいれんを起こし、意識レベルも下がっている、これから緊急搬送します、と、グループホームから連絡がありました。
入院中にも、再度、誤嚥性肺炎を起こした母。
2週間の入院の後、退院前カンファレンスで、担当医から告げられたのは、「看取りについて考え始めてください」という言葉でした。
え?今なの?
いつかは考えないといけないことですが、「今」なのね...
一生懸命に考えた答えをグループホームにお伝えし、先週、そのケアプランが手元に届きました。
答えを出す前に、主治医やユニットリーダーさん、管理者の方とも話し合いを重ね、看取りについての考えを自分の言葉で伝えたから、迷いはなかったはずなのですが…
自分の決めたことが文字になったのを読み、不思議な感覚になりました。
「あぁ、私はこう決めたんだ。」
「これが、今の母の時間なんだ。」
そして、もしかしたら、このケアプランが母にとって最後になるのかもしれないと思うと、思いがあふれて、涙してしまいました。
看取りについて決めたことに迷いはないけれど、心のどこかで、「まだもう少し…」とか、「そうは言っても、まだ時間はあるかもしれない」と思っていたのですよね。
最後のケアプランになるかもしれないし、3か月後に、また新しいケアプランを受け取るかもしれないし…どちらにしても、看取りについて決めたことは変わらないのです。
もう一度、しっかりと目を通して、それからファイルに閉じよう…
