再入院から2日間は嵐の如く。
2025年1月。
年明け最初の月曜が再入院日だった。
天気は生憎の雨。
足元悪いなーと言いながら、
また家族の運転で、家を出た。
大学4回生の息子もちょうど、
長期間の実務訓練に向かう日だったので、
医大近くの駅まで送ってやれた。
そこからの方が、家の最寄り駅からより、
かなりアクセスが良い。
なかなかタイミングの良い息子である。
息子を見送った後、医大を目指す。
入院手続きを済ませ、
また12階のデイルームで待ち、
看護師さんに案内されて病室へ。
初めて入院した時よりは慣れていたので、
前と同じようにこれはこうしてああして…と
荷物の配置を整えた。
それからしばらくして、
脳神経内科の主治医チームとご挨拶し、
脳神経内科でのラスト検査となる、
筋生検の説明を改めて受けた。
非常にブルーだった。
その予定は翌朝だ。
「ついに明日か…。」と腹をくくった。
夜は眠れないかも…と思うほど恐かったが、
いつの間にか寝ていて、
すぐに朝になってしまった。
「さて…。」と、改めて腹をくくる。
しばらくすると、
その準備となる安定剤や筋肉注射を
看護師さんが打ってくれた。
そのため、
少しぼうっとしながら、
主治医チーム3名の待つ、
病棟の処置室へと向かう。
「おはようございます。」
処置室のドアを開けると、
先生方はいつもの白衣ではなく、
手術をするときのような格好だった。
余計に緊張感が増した。
ややビクビクしながら、
挨拶を済ませると、
早速寝台に寝かされた。
そして、
年末から不安の種だった筋生検が、
時間通りに始まった。
皮下麻酔は打ってもらえる。
ただ筋生検では、
切り取る部分の筋肉や筋膜には
麻酔をすることが出来ないので、
そこを切除するときに、痛みを伴うという。
そこが、年末から憂鬱だったポイントだ。
「痛かったらすぐ言ってくださいねー。」
と云ういつも通りの先生方の声に
ちょっと安心しながらも、
かなり緊張していた。
右大腿にエコーをあてられ、
切る位置をマーカーされているのがわかる。
「…では、始めます。」
主治医のその合図のあと、
「こわい…。」
と思わず呟いてしまったら、
「ですよねー。」
と云われ、
えへへ…と謎の笑みを
先生方と交わし合った。
そこで、もうどうにもならない
まな板の鯉状態だと悟る。
さぁ、
いざ皮膚が切られる!
…
さすがに痛みは感じなかったが、
切られている感覚はあった。
…かれこれ数十分が経った。
あまり痛くない…。
どうなってるんやろ…と思っていると、
「もうすぐ筋肉に辿り着きますー。」と云われ、
そこから、筋生検本番(?)となるようだった。
「まだやったんか…。」
と、内心、緊張感が増す。
そして、いざ、筋肉。
「痛い」と感じたら、
すぐに声をかけてとのことだったで、
その度「痛っ…。」と言った。
そうすると、皮下麻酔を足してもらえた。
何度か言った。
感覚はすごくわかる…。
まだかまだか…と終わるのを待ちながら、
何とかこらえた。
泣き叫ぶほどではなかったが、
痛みと緊張で、めちゃくちゃ疲れた。
それからしばらくして、
…なんか緩やかになったな…
と感じていると、
「もう縫ってますんでねー。」
と云われ、ほっとした。
「縫ってる」のも、考えてみれば恐いが、
筋肉をどうこうされているよりは、
何百倍もマシに思えた。
そして、ついに縫合まで完了。
「お疲れ様でした。」
と声をかけてくれた主治医の顔を見て、
またほっとして、力が抜けた。
その後は、
看護師さん達がそこまで運んでくれていた
病室ベッドの上へと、
処置室の診療台から移された。
それに揺られながら、
病室まで運んでもらっている途中、
安心感も一気に押し寄せ、たくさん寝た。
筋生検のあとは、
洗面所やトイレのときも、
看護師さんを呼んで、
車椅子移動ということになった。
車椅子に移る時の、
「右足に体重をかけずに立つ」というのが
動かしにくい体の状態では、
なかなかの難易度だった。
神業に近いくらいに感じた。
夕方になった頃、先生方が、
傷口を見に来てくれた。
血も滲んでおらず、
問題なしとのことだった。
そうして、脳神経内科での全ての検査が、
ここで無事終了した。
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