天気に振り回される。踊りだす妻がいる。
気づくと、また、めまいが始まっている。
頭がふわっと浮いて、ロジックの組み立てができなくなる感じ。
ペンを握っても字がうまく書けず、歩くスピードが妙にスローになる。
「あれ、体調悪いんだな」と、そのタイミングでようやく自覚する。
窓の外を見れば、太陽が出ていて暖かそうなのに、気圧はきっちり僕の頭をフラフラ揺らしてくる。まるで遠くのメリーゴーラウンドに自分だけ乗せられているみたいな感覚だ。
雨の日はさらにめまいが酷くて、お茶子(うちの豆柴)の散歩に行けないことも多い。そんなときは申し訳なく思いつつ、妻にお願いしている。彼女は「わかったよー」と軽い足取りで外に出て行く。僕は椅子に座ってぼんやりしながら、「ごめんやでぇ」と思う。
ただ、妻はそれについてもう半ば諦めているようで、翌朝も不思議な歌を歌ったり、独りで小躍りしていたりするタイプでもある。カーテンを開けながら鼻歌まじりにステップを踏んでる姿を見ると、つい「朝から元気やなあ」とぼそっと呟いてしまう。
元気がいかにも惜しみなく溢れていて、こっちがちょっと面食らうこともあるくらい。それでも、見ているうちに、「まあ、こんなにパワフルなら僕の分まで元気を補ってくれるだろう」と思って、なんとなく安心してしまう。
僕が昼にやる仕事は、治療院や個人ジムの経営者、あるいは起業志望の人たち向けのサービスだ。いわゆるコンサルみたいなもの。
AIを使ってビジネスプランを考えたりすることもあるし、実際に話すときもZOOMなどでのオンラインでアドバイスしたり。頭の中だけで完結する作業が多いから、カフェインと糖質摂取でバランスを取れば、めまいを軽く押さえつけてなんとかしている。
ただし、頭が酷くグラグラしてるときはパズルを解くみたいな感覚でロジックを組み立てるのが難しく、仕事が進まないこともしばしば。メリーゴーラウンド状態の脳みそで、クライアントの悩み相談を受けるのはさすがにきつい。60分が限界だし、それすら難しい時はAIに調べ物や計算をさせながらZOOMをしている。
でも、妻が朝から陽気に踊っていて、お茶子が日向ぼっこしたりおもちゃで遊んで大暴れしていると、家の雰囲気が明るくなるから助かる。
自分ひとりならネガティブな渦に引き込まれそうだけれど、この二人に囲まれると、夜中に蛍光灯が消えても月明かりがちゃんと差してくるような安心感がある。それだけで、めまいの“ふらつき度”が少し和らいでいるような気がする。きっと気のせいだけど。
そう思うと、体調の波は大きいけれど、誰かの元気でバランスを取れるのはありがたい。
外は青空だったり、雲がもくもくしていたり、あるいは大雨だったりするけど、結果として僕は「気圧ってすごいな」と呆然とする日々を重ねながら、豆柴に振り回され、妻の踊りに癒やされつつ、最低限の仕事をぽつぽつとこなしている。
こうして日常を回しているうちに、また急にふわっと足元が浮いてくるかもしれない。でも、妻の鼻歌とお茶子のご機嫌な顔を思い出せば、多少は大丈夫かな、と思えてくる。
12月だ。明日も寒いからたぶんまた1日中ふらついているだろう。
まぁけど、いつものことだ。それでもなんとかなる。
なんだかメリーゴーラウンドにずっと乗っているような、そんな暮らしだけれども、いまはこれでやれているからいいんじゃないか、とぼんやり考えている。
おすすめ記事
