55歳、俺、母になる!?④【#創作大賞2025#エンタメ原作部門】
中を開くと、文字が並んでいた。
健一は、自然とページをめくり始めていた。
──『今日は初出勤。緊張した…あんまり人と話すの得意じゃないけど、真面目に頑張ろう。ひとり暮らし、生活費カツカツだけど…ちゃんと働いて、ちゃんと生きる』
それは、美弥がとある中小企業の事務職として働き始めた頃から付けてる日記だった。
〇月〇日
今日で入社して3ヶ月。まだミスも多いけど、
少しずつ電話対応も慣れてきた。
午後、備品の営業に来た人が名刺をくれた。
「備品、足りてますか?」て笑ってて
チャラそうだけど、目は優しかった。
名前は、佐伯昌也さん。6歳年上らしい。
〇月〇日
最近、佐伯さんがよく話しかけてくる。
冗談交じりだけど優しくて、
ついドキッとしてしまう。
気づけば目で追ってて、重い荷物もさっと持ってくれた。
でも、あの優しさはきっと誰にでも、なんだよね。
〇月〇日
今日、エレベーター前で佐伯さんと鉢合わせて、
ランチに誘われた。
断る理由もなく、定食屋でふたりご飯。
「一緒に食べたほうが美味しいのに」って。
さりげない言葉が妙に近くてドキッとした。
「また誘ってもいい?」に思わずうなずいてしまったけど……。
仕事関係の人だし…
何かあったらって考えると怖い。
でも、こんなドキドキ、久しぶり。
〇月〇日
仕事帰り、会社の近くで佐伯さんとばったり。
「近くにいたから送るよ」って言われて、
断れずにそのまま車へ。
「また迎えに来ていい?」って聞かれて、またうなずいてしまった。
これって、
私を特別に思ってるってこと……だよね?
でも、私なんかにどうして?
優しくされるのに慣れてなくて戸惑う。
期待して傷つくのが怖いけど、誰かに
「待っててもらえる」のが、少しだけ救いになってる。
〇月〇日
今日、佐伯さんに告白された。
冗談かと思って笑ったけど、目は本気だった。
「ちゃんと本気です」って言われて、心が揺れた。
でも私は断った。怖かった。
期待して傷つくのが。
仕事を理由に、その場を濁してしまった。
私にはもったいない人だと思ったし、
向こうもきっとすぐに忘れるはず。
〇月〇日
また佐伯さんに会った。
「この前のこと、まだ諦めてません。迷ってるなら、一度だけチャンスをください」
落ち着いた声で、まっすぐ目を見てそう言われた。
もう一度求められるなんて思わなかった。
信じてみたくなって、
「……私でよければ」って答えたら、
彼は優しい笑顔で「ありがとう」と言った。
その笑顔に、これからを預けてみたくなった。
〇月〇日
午後、昌也さんが迎えに来てくれて、
海が見えるカフェへ。
「こんなとこあるんだ…!」って思うほど、
おしゃれで静かな場所だった。
海に向かって並んだベンチでホットチョコを飲みながら、「ここ、前から美弥と来たかったんだ」って言われて、ドキドキして、目を合わせられなかった。
夜景の見える展望台にも寄ってくれて、
「外での初デート記念に頑張っちゃった」って。
嬉しくて泣きそうになった。
……もう、ずるい。こんなの、好きになっちゃうよ。
〇月〇日
最近、週末はほとんど昌也さんがうちに泊まる。
最初は緊張してたけど、
もうすっかり、キッチンから聞こえる朝ごはんの音が落ち着く。
ベッドから彼の背中をぼんやり眺める時間が好き。
何気ない日常なのに、一緒にいるだけで安心する。
“ずっと一緒にいられたらいいのに”の一言が、胸に響いた。
あぁ、私は今、ちゃんと“特別”になれたんだなぁ。
読み進めるうちに、美弥が昌也という男に惹かれ、少しずつ心を開いていった様子が綴られていた。
そんな日記のトーンが、ある日を境に変わる。
〇月〇日
今日、生理が来なくて検査薬を使った。
結果は陽性。
ひとりで部屋に座り込んで、気づけば涙が出てた。
「ありがとう」って気持ちが、溢れて止まらなかった。
午後、産婦人科で小さな命と心音を確認した。
トクン、トクン……確かに生きてる音だった。
こんなにも胸が熱くなるのは初めて。
ずっと欲しかった、あたたかい“家族”。
この子が、その始まりになる気がした。
〇月〇日
今日、勇気を出して昌也さんに伝えた。
「……赤ちゃん、できたみたい」
その瞬間、彼の顔がこわばった。
笑ってほしかった。
目は泳ぎ、言葉は出ず、やっと出たのは
「……マジで?」のひと言。
「よかったな」って、
抱きしめてくれると思ってた。
だって一緒に未来の話もした。
「家事は俺が頑張る」って、笑ってた。
でも返ってきたのは――
「あのさ……産まないって、選択肢もあるよね?」
頭が真っ白になった。
目を合わせず、スマホばかり見て、落ち着かない彼。
最後に「ちょっと考えさせて」って言って、
それっきり連絡はない。
あんなに優しかった手は、今日はどこにもない。
私のお腹には命がいるのに、
「おめでとう」って思っているのは、私だけ。
それが、こんなにも苦しいなんて思わなかった。
──第⑤話へつづく…
