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55歳、俺、母になる!?⑭【#創作大賞2025#エンタメ原作部門】


── 陣痛開始から3時間


「はっ……はっ……! い、いたたた……っ」



深夜、病室の天井を睨みながら、
健一は痛みに耐えていた。



波が来るたびに全身がこわばり、
重く鋭い痛みが走る。


莉緒が背中をさすってくれるが、
苦しみは止まらない…


「…あ、あのさ……これ、まだ…
序盤、なんだよ…な?」


「うん……でも、ちゃんと呼吸できてるよ。おっさん、偉いよ」


思わず涙がにじみそうになる…

でも、泣く間もなく次の波が迫ってきた。



6時間経過

「っっ、くそ……っ!まだ終わんねぇのか…っ!!」



痛みは容赦なく強まり、

波の間隔もどんどん狭まっていく。

歯を食いしばりながら、ふと浮かんだのは、
由美の顔だった。

(由美……これを……2度も…?!)


肩で息を吐きながら、思わずこぼれる。

「……あいつ、化け物かよ……」

こみ上げてきたのは尊敬だった。


弱音も吐かず一人で頑張っていた由美の強さを、
俺は何も分かっていなかった。

(……ごめんな…由美…)

そんな思いが、また次の波にのまれていく。



9時間経過

もはや叫ぶ力すら残っていなかった。

喉は枯れ、腰の痛みは骨が砕けるほど。

まるで大型トラックに轢かれたような感覚が、
延々と続いていた…

「…頑張れ!」



莉緒の声に、張りつめていた感情が爆発した。


「頑張ってるだろがよッ!!」

怒鳴るつもりはなかった。


でも、もう無理だった…


莉緒は一瞬驚いたが、すぐに頷く。 

「……ごめん。そうだよね。すごく頑張ってる…!」


その言葉に胸が少し痛んだが、
謝る余裕もなかった。


「……っ、は……はあぁ……っ」

もう、ただ耐えるしかなかった。



12時間経過

「いきんで! いいよ、そのまま!!」

必死で声に従い、全身に力を込める。

裂けるような、ちぎれるような感覚…

「……う、ゔぅ……っ……!」

──ドゥルン。

何かが滑り出る感触とともに、身体の奥がふっと空になった。



「……オギャァア!!」

(……ほんとに人間が入ってたんだな……)



「よく頑張りましたね。元気な男の子ですよ」


小さな体が胸に乗せられる。


 あたたかく柔らかくて、
ぐしゃぐしゃに泣いていた。

気づけば、俺も泣いていた…
涙が止まらず、声まで漏れていた。

命の無事と、陣痛の終わり。
その安堵が、一気にあふれ出した。

(終わった……本当に……)



お産後の処置が始まり、血の処理や子宮の確認が淡々と進む中、健一はただ天井を見つめていた。


しばらくして、莉緒が近づき、そっと微笑む。


「お疲れ様……ほんと、すごいよ…乗り越えたね」

「……ありがと。もう……寝たい…」

力なく答えると、莉緒は「だよね」と言った。

(……俺は、母親になったんだ)

その実感は、まだ心の奥に、静かに沈んでいた。




目を覚ますと、窓の外はもう夕方だった。

喉がカラカラに乾き、下半身が鉛のように重い。


少しだけ体を起こそうとした、

その瞬間──

「……っ、痛っ……!」


腹の奥を締め上げるような痛みが襲った。
まるで陣痛の再来だった。


(……嘘だろ、もう終わったはずなのに…!?)


安堵していた心が、一気に凍りつく。


そのとき、ちょうどドアが開き、
莉緒と真鍋が入ってきた。

「起きてた? ちょうどよかった」

「美弥さん、体調はどうかしら??」

真鍋がカルテを確認しながら声をかける。



健一は必死に訴える。

「……あの、また痛いんです。陣痛みたいな……」


「それは後陣痛ね。子宮が元に戻るときに、そうやって痛みが出るの。お産のあと、よくあるのよ。」

真鍋がさらっと言う。


(いやいや、もう産んだんだから許してくれよ……)


泣きたくなったが、すぐに次の言葉が返ってきた。

「でも、もうお産は終わってるから、痛み止めが使えるわよ」


「……はぁ……よ、よかった……」



痛み止めを飲んだ健一に、真鍋が声をかけた。




「じゃあ、このあとトイレに行きましょうか」

「……え? 今……ですか?」


真鍋はさらりと頷いた。


「ええ。最初は付き添いたいの。
貧血とか、ふらつきもあるからね」


(ええぇ……まだ無理だろ……)


そう思いながらも、健一は体を起こした。
腹の奥にずしりと響く痛み。

(や、やっぱり無理なんじゃ……)


一歩、また一歩。

ゾンビのように足を引きずり、
手すりにすがって歩く。

「ここまで来れてえらいですよ」

人生で最も慎重に用を足し、手を洗い、
なんとか生還した。


ベッドへ戻るときも、
真鍋がしっかりと支えてくれた。



「お疲れさま。
明日からの流れを少し説明するわね」


軽くスケジュールを伝えると、
真鍋は穏やかに微笑んだ。


「何かあったら、無理せずナースコールしてね」

そう言い残し、静かに部屋を後にした。




眞鍋が部屋を出ると、
隣のソファで莉緒がぽつりと聞いた。


「ねぇ、おっさん……
子どもの名前って、もう、決めてる?」


健一は小さく頷く。


「……実はもう、決まってたんだ」

「え?」

カバンから一枚の紙を取り出し、莉緒に差し出す。

「母子手帳に最初から挟まってたんだ。
俺がこの身体になったときには入ってた。」



紙には、美弥の文字で書かれていた。


【男の子だったら】
 優真(ゆうま)
 ――“しさと心で人を愛し、愛される子になりますように”




女の子用の名前も、
ちゃんとそこに添えられていた。



健一はベッドにもたれながら、ぽつりと告げた。



「……あの子の名前は、“優真”だ」



言葉にした瞬間、
名前のぬくもりが胸にしみ込んだ。



美弥は、誰よりも先にこの命を想っていた。


メモを見ていた莉緒が微笑む。

「…ほんと、さすが美弥だね。すごく素敵な名前」


小さな命に贈る、最初の想いが静かにかたちになった。




──第⑮話へつづく…


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