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【連載小説】優しい人々(2)

あらすじ

印刷会社で働く須原浩樹すはらひろきは、パワハラが横行する職場で上司に盾突き、クビになった。守るべきものを探しに、辿り着いた場所は、北海道の山間の雑貨屋。そこで出逢った人々は、みんな心にわだかまりを抱えて生きていた。父親を嫌いだった雪さん、借金や彼女の死を背負いながら、明るく生きる、ひださん。自分を好きになれずに、20も上の男性と暮らしている麻衣。浩樹は彼らと話すことで癒やされ、彼らもまた浩樹の存在に癒やされていった。ひょんなことから、彼らと映画に出演する話が持ち上がり、物語はクライマックスへ。浩樹は、彼らは、それぞれに「守るべきもの」を見つけることができたのだろうか。

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https://note.com/yuhishort6/n/nc28fe446176c

第二話(全13話)

スーパーで肩を叩かれたのは、クビになってから一週間が経ったころのことだ。失業保険という素晴らしいものがあるにせよ、次の仕事を探さないとなぁと思いながら、じゃがいもを手に取ったところ。

「じゃがいもの研究でもするの?」

振り向くと伊藤さんがいた。一週間というのはあっという間で、思わず昨日のことのように「おはようございます」と挨拶をしてしまう。「仕事じゃないんだから」と伊藤さんは笑っている。

「今日はカレー?」と伊藤さんは続ける。

「いや、えっと、まだ決まってないです。いろいろと」

「いろいろ?」

思わず「いろいろ」と言ってしまって、俺は返事に詰まる。本当に何も決まっていない。今日のごはんも、これからしたいことも。ただただ一週間が流れた。それだけだった。

「ちょっとお茶でもしない?」

唐突に伊藤さんはそう言い出す。俺は計ったかのように「え?」という顔になり、困惑する。

「えーと、そういうのって、困らないんですか?」

「うーん、私は困らないけど」

「誤解されたら困るじゃないですか、旦那さんとかに」

極めてまっとうだと思うことを言ってみると、伊藤さんはあっさりと答えた。

「旦那さん、いないけど」

「え?」

なにか聞いてはいけないようなことを聞いた感じがして、俺はまた困惑する。伊藤さんはお構いなしにさらに言う。

「子どもはいるけど」

伊藤さんの人差し指が指した方向に顔を向ける。幼稚園児くらいの女の子が、きんぴらごぼうを手に持っている。

「きんぴらごぼうが好きなんですか、 お子さん」

「好きみたいよ、最近」

と言ったあと、伊藤さんは「ねぇ、何か食べに行こうか」と子どもに聞いた。子どもは「いく!」と大きくうなずいて、俺のシャツの裾を引っ張った。

そうしてスーパーを出て、すぐ目の前にあるドーナツショップに入った。「座ってて」と言われるままにしていると、オールドファッションとポンデリングとコーヒーふたつとオレンジジュースがやってきた。

「コーヒーでよかった?」

「あぁ、だいじょうぶですよ。いくらでした?」

「いいよ。コーヒーくらい」

少し気は引けたけれど、素直に「ありがとうございます」と甘えることにした。子どもはオレンジジュースをゴクリと飲むと、大人がビールを飲んだあとみたいな「ぷふぁー」という一言を添えて、満足げに笑顔を見せた。「私の真似」と伊藤さんが言って、俺は笑った。そういえば、笑うのって久しぶりだってことに気が付く。

「須原くん、けっこう時の人になってるよ」

あれだけ啖呵切ってクビになったのだから、ネタにはいいんだろう。俺は「そうですか」と他人事のように答える。

「多田くんは、相変わらず怒鳴られてるけど」

「世の中、そう簡単には変わらないですね」

多田さんが怒鳴られようが、今の俺には関係ない。関係ないのに、悔しいとも思う。あいつが間違った愛を振りかざしていることを思うと、今でもまだ胸糞悪い。

「でも、私はちょっと変わったというか」

伊藤さんはポンデリングをちぎって、それを子どもにあげた。「モチモチ!」と目を丸くしている。俺は「おいしい?」と聞く。「モチモチ!」と答えが返ってくる。おいしいかどうかは、謎のままだ。

「変わったというのは?」

伊藤さんのほうに話を戻す。

「須原くん、間違ってるって言ったじゃない?  慣れるのは悪くないけど、あんなこと言われるのを聞いてて、何も感じないのは間違ってると私も思う。というか、私も間違ってたのよね、ずっと」

そこで一度コーヒーをすすり、伊藤さんはひと息ついた。

「でも、ずっとあそこにいたら、あのまま慣れることもできたと思いますよ、俺」

「でもそれを選ばなかったじゃない?」

「守るべきものがないからですよ、俺には」

「守るべきものって、別に子どもとか家族とかだけじゃないと思うよ」

「他に思い浮かばないです」

「たぶん、須原くんの守るべきものが、あそこにいたら守れなくなると思ったから、じゃない?」

「それってかっこよくないですね。逃げてるみたいで」

「私の知ってる人でね、」

「おいしい!」

唐突に子どもが声を上げた。 あぁ、おいし のか。子どもに顔を向けてまた聞いてみる。

「おいしかった?」

「モチモチ!」

また同じ答えだ。「少しもらっていい?」と聞いてみると、子どもは、ポンデリングをちぎってくれた。俺の手のひらにそれが乗ったとき、伊藤さんは言葉を続けた。

「須原くんと同じことした人がいたの」

「そうなんですか」

ポンデリングは、手のひらの上。

「私の旦那だった人なんだけど」

「え、あ、なるほど」

なんと言っていいかわからず、俺はポンデリングを口に運んだ。

「おいしい?」

子どもが目をキラキラとさせて、俺に聞く。俺はうなずいて「モチモチ」と答えた。

「あ、じゃあ、そろそろ行くわ、私」

伊藤さんは席を立った。 子どもの手を取ると、「おにいさんに、バイバイして」と言った。「バイバイ、またね」と子どもが言う。「バイバイ」と俺は手を振り返す。

「だから私、君の人生が、少し気になってるから」

伊藤さんは、笑っていた。自動ドアが開くと「ありがとうございました」と店員の声が響き渡った。残ったコーヒーに角砂糖を一つだけ入れる。それを飲みほしてから、俺は店を出た。「ありがとうございました」の声が胸に残る。


つづく


第三話↓



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