【連載小説】優しい人々(3)
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あらすじ
印刷会社で働く須原浩樹は、パワハラが横行する職場で上司に盾突き、クビになった。守るべきものを探しに、辿り着いた場所は、北海道の山間の雑貨屋。そこで出逢った人々は、みんな心にわだかまりを抱えて生きていた。父親を嫌いだった雪さん、借金や彼女の死を背負いながら、明るく生きる、ひださん。自分を好きになれずに、20も上の男性と暮らしている麻衣。浩樹は彼らと話すことで癒やされ、彼らもまた浩樹の存在に癒やされていった。ひょんなことから、彼らと映画に出演する話が持ち上がり、物語はクライマックスへ。浩樹は、彼らは、それぞれに「守るべきもの」を見つけることができたのだろうか。
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第三話(全13話)
アパートに戻ると、玄関の前に人が立っていた。それが誰だか、顔を確認する前にわかった。
「どうしたんですか。今日仕事じゃ? というか俺の家知ってましたっけ?」
多田さんは「住所くらい会社に行けばわかわかるし、仕事はクビになったからな」と笑う。
「え! ほんとですか!」
俺は少しあせる。多田さんがクビになったのなら、それは俺の責任もあるんじゃないか。俺がしたことで、多田さんまで巻き添えになったんじゃないか、と。
「バーカ、嘘だよ。有給取ったんだよ。気分転換な。カミさんと子ども、田舎帰っててな」
「田舎帰ったって、えっと」
「逃げられたとでも思ってんの?」
「いいえ、その」
「まぁ、 上がれよ」
「俺の家ですけど」
「そうか、そうだな」
やけに馴れ馴れしいその感じと、仕事のできない感じが、怒鳴りやすさに繋がってるんじゃないかと俺は少し思う。だからって 「殺すぞ」という言葉を肯定する理由にはならないが。今の俺は、多田さんを受け入れられる余裕はあまりない。そう思いながらも、俺は多田さんを部屋へ招き入れた。やはりどこかに責任があるのなら、謝らなくてはいけない。
「きれいにしてるのな」
まるで彼女のようなことを言う。なんというか、多田さんはそういう人なのだな。人との心の距離のつかみ方が雑というか。
「ええ、まぁ」
「あのな、まぁ、面倒だから結論から言うな?」
多田さんは、英語圏の国での暮らしが合っているんじゃないか 「〇〇をします」というのじゃなく「します、〇〇を」という決定事項から入る言語の国なら、その潔さはきっと生かされるはずだ。
「ありがとうな」
突然の感謝に、俺はきょとんとなる。
「何がですか?」
「おまえ、俺が思ってること、あの野郎に言ってくれただろ」
「あの野郎?」
「所長だよ」
「あぁ、いや、多田さんがどうのこうのじゃなくて、俺がムカついただけですし」
「そうかもしれねぇけど。でもよ、おまえが言ってくれなかったら、たぶん俺も殴りかかってたんじゃないかと思うんだよ、あの野郎に」
そんなはずはない。多田さんには、守るべき家族がいるのだ。あ、もしかして、もう家族ではなくなってしまったというのだろうか。あるいはその準備をしていて、奥さんと子どもは田舎に帰っているのだろうか。
「そんなことをしたら、クビになりますよ」
「あぁ、それでもよかったんだよ、ほんとうは。あ、違うぞ、離婚するわけじゃねぇぞ」
俺は、ほっと胸をなでおろし、「じゃぁ、やっぱりクビになったら困るじゃないですか」と聞き返した。
「あぁ、困るさ。でも仕事なんかより、命の方が大事だろ」
「命?」
「子どもがちょっと体弱くてな。弱いって言っても、余命幾ばくもないってわけじゃねぇぞ。でも、いろいろ調べた結果、空気のいいとこで暮らしたほうがいいらしいんだ。って、そんなこと調べなくても空気のいいところのほうがいいなんて決まってるんだけどよ。で、カミさんのほうの田舎、すげえいいとこなわけ」
「多田さんは、行かないんですか?」
「行くさ、もちろん。でもな、俺も男として、最後にやらなくちゃいけない仕事があると思ってな。それをやったら行こうと思ってる、あと一日だけな」
「やらなくちゃいけない仕事ってなんですか?」
「一日、ミスなく終えることだよ」
そう言ったあと、 多田さんは「くだらねぇだろ」と、けけけと笑いながら言った。俺は「くだらなくないです」と真顔で答える。
「それ終わったら辞めるんだ。やめて向こうで自給自足してやる。俺にもそれなりには貯蓄はあるしな、自分にできることがある、絶対に。誰かに「殺すぞ」なんて言われながら仕事するのはまっぴらだ。ただただ、家族のために生きたい。そういうことをな、」
多田さんは、そこで言葉を止める。そしてくちびるを噛みしめる。うぅ、うぅ、 あのときの声だと思いだす。泣いているのだ。トイレに隠れていたときのように。
「そういうことを、」
うぅ、うぅ、流してしまえよ、と俺は思う。我慢なんかしないで。
「そういうことを……ありがとうな」
それを言い終えると、多田さんは自分勝手にドアを開けて、帰っていった。床に敷いたカーペットが少し濡れている。伊藤さんは、守るべきものは家族だけじゃないと言った。多田さんは、やっぱり家族のために生きたいと言った。一体俺が守るべきものはなんだろう。考えているだけじゃだめだ。とにかく探してみなければ。なんの取り柄もない俺は、無意識に荷物をまとめていた。
つづく
第四話↓
