学校以外の子どもの居場所「川崎市子ども夢パーク」のお話を聞きました②
2022年9月25日にオンラインで行われた講演会、「子どもたちがありのままでいられる時間と居場所 映画『ゆめパのじかん』の裏側」を視聴した感想の第2弾です。
(前回はこちら 学校以外の子どもの居場所「川崎市子ども夢パーク」のお話を聞きました①)

自分のモノサシを疑う
プレーパークのスタッフに求められるのは、自分のモノサシを疑うという姿勢。
学校に行かない=他の人と違うことをして迷惑をかけている というモノサシを目の前の子どもに当てはめてしまったら、対等な交流が出来なくなってしまう。
同じことは、親子関係にも言える。比較的多いのは夫婦のスタンスが合わないというケース。
例えば、「学校に行けなかったら、社会に出てどうなるんだ」という会社員のモノサシを持っている夫。
「この子はいま、生きてるだけでやっとの状態で生きていてくれる。だからまずそれでいい」という命を育むモノサシを持っている妻。
お互いのモノサシを否定せず、理解し合うことが大切。
(結補足:ジェンダー云々の話をしたいわけではなく、夫婦のモノサシが合うまでがしんどいよね、ということです。)
境界線を引く
子どもの不登校を、自分の責任と捉えて苦しむ親御さんがとても多い。
でも、子どもの人生はどこまで行っても子どものも。ずっと伴走し続けることは出来ない。
「これは子どもが自分で超えていかなきゃいけない問題だ」としっかり境界線を引くことが大切。
中学生の不登校の子どもが「高校には行こうと思う」と言ったとき、親は「あなた小学生から学校行っていないんだから、勉強追いつくの大変だよ。塾に行く?ドリルする?」と矢継ぎ早に『提案』したくなる。
これは、子どもの問題に親が入り込んで境界線を混乱させてしまっている状態。
それよりも、子どもの意思を「そうなんだね」と受け止め、その子が安心できる環境を用意することの方が大切。
まとめ
西野さんの言葉はひとつ一つ、体温がこもったものでしたが、その中でも一番「あぁ、これを伝えたいんだな」と感じたものがありました。
初めての子育てだから、
「子どもを信じて見守ればよい、そうすれば動き出す」
と言われても信じられないのは無理もない。
でも、『子どもの居場所づくりに30年関わった62歳の西やんがこれだけ必死に言うんだから』と思い、少しだけ耳を傾けて欲しい。
西野博之さん
きっと、この言葉を伝え続けても伝わらず、苦しい思いを何度もしたのだと思います。
そしてそれ以上に、大人が信頼と愛情を注ぐことで、生き生きと羽ばたいていった子どもたちを見てきたのでしょう。
家庭でもできる
フリースクールやオルタナティブスクールは年々増えて、選択肢は広がっています。そこに通って、子どもが伸び伸びと成長していくのはとても素晴らしいことです。
ですが、そんな素敵な取り組みをしている方の講演会を聞いたとき、「こんなに素敵な施設、我が家の近くにはない」とか「多様な学びをしている施設はあるけど、金銭的に無理」と悲しい気持ちになる方がいるかもしれません。
でも、大切なのは、それらに通底している、子どもを見つめるまなざしや受け止め方を、親が学んで実践してみることなのではないかと思います。
「家庭という小さなコミュニティーでも、信じてもらえているという安心感があれば社会性は身に付く。」
これも、西野さんが力強くおっしゃっていたことです。

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