第5話 文化祭での大根とジュリエット : 告白は満天の星空の下で ──しかし打ち切りまで4話
読者アンケート連続1位。
その脳を焼くような快感は、ついに作者から「ラブコメを描く」という最低限の理性すら奪い去った。
学園モノ最大のイベント、文化祭。
俺たちのクラスの出し物は、王道中の王道『ロミオとジュリエット』の演劇だった。
当然、ロミオ役は新主人公の神宮寺。
ジュリエット役は結衣。
そして俺は、舞台の端で突っ立っているだけの『木(B)』役。
顔は段ボールの木で隠れ、当然セリフもない。
体育館のステージ。
最大の見どころのバルコニーのシーン。
スポットライトが結衣を照らし出す。
純白のドレスに身を包んだ彼女は、息を呑むほど美しかった。
「おお、ロミオ! あなたはどうしてロミオなの……!」
結衣が切なげな声で、バルコニーの下を見つめる。
そこには、神宮寺が立っている──はずだった。
「…………」
「…………」
体育館が、異様な静寂に包まれた。
バルコニーの下に立っていたのは、神宮寺ではなかった。
いや、顔は確かに神宮寺なのだが、首から下が『異様にリアルな作画の、巨大な大根(着ぐるみ)』になっていたのだ。
「えっ」
結衣のセリフが止まった。
クソ作者ァァァアアア!!
俺は段ボールの木の中で絶叫した。
間違いない。
シリアスなラブコメ展開に耐えられなくなった作者が、ウケ狙いで本番中に神宮寺の衣装設定を強制的に書き換えたのだ!
「ジュリエット……! 僕だ、君のロミオだよ……!」
大根(神宮寺)が、イケボで愛を語り始める。
だが、巨大な大根の先端から細い手足が生えているその姿は、あまりにもシュールすぎた。
客席からは「ププッ……」という、こらえきれない失笑が漏れ始めている。
「神宮寺君、その……体、どうしたの……?」
「わからないんだ! 気づいたら僕、見事な白首大根に……! ジュリエット、僕を……僕を愛してくれるかい!?」
神宮寺の目から、滝のような涙(ギャグ漫画特有の太い水柱)が噴き出した。
可哀想に。
彼もまた、アンケート至上主義の被害者なのだ。
正統派イケメンとしての尊厳を粉々に砕かれ、今や完全なオチ要員(大根)に成り下がってしまった。
だが、問題は結衣だ。
作者の『神宮寺に惚れている』という強制設定と、劇中劇のジュリエット役により、彼女はこの狂気の大根相手に、ガチのトーンで愛を囁かなければならないのだ。
「あ……愛して……愛しているわ、ロミオ。たとえあなたが……その、おでんの具に最適だとしても……っ」
結衣の声が震えていた。
彼女の目は泳ぎ、顔は引きつり、設定(ヒロイン)と現実(シュールギャグ)の強烈なバグに脳が処理落ちを起こしかけていた。
客席からは、ついに爆笑が巻き起こった。
『ヒロインが大根に告白してるぞ!』
『今年の劇、前衛的すぎるだろっ!!』
……ふざけるな。
俺は、段ボールの木の中で拳を握りしめた。
俺が……俺がどれだけ結衣のことを好きだと思ってんだ。
不器用で、素直じゃなくて、でも笑った顔が誰よりも可愛い俺の幼馴染を!
大勢の前で、大根相手に愛を語らせて笑いものにするなっ!
「……もう、限界だ!!」
バキィィィィン!!
俺は、被っていた段ボールの木を内側から粉砕した。
「えっ!?」と驚く大根(神宮寺)を押し退け、ステージの中央、結衣のいるバルコニーの下へと躍り出る。
「ちょっと神崎君!? 何やってんの、モブの木が前に出ちゃダメ……!」
結衣が慌てて俺を止めようとする。
「うるせええええええ!!」
俺の怒声が、体育館の爆笑を切り裂いた。
「なにが大根とジュリエットだクソ作者!! お前はただ、目の前のアンケート順位が欲しいだけだろうが!! キャラクターの心臓ココロを無視して、安い笑いを取ってんじゃねえ!!」
俺は空(作者)に向かって中指を立てた。
そして、唖然とする結衣を真っ直ぐに見上げた。
「結衣! 目を覚ませ! そいつはお前の好きな男じゃない! ただの大根だ!!」
「なっ……君、急に何を……っ」
神宮寺を突き飛ばすように俺はバルコニーの柵に手をかけ、一気に結衣のいるステージ上段へとよじ登った。
そして、震える彼女の肩を強く掴む。
「お前は、俺の幼馴染だ! ツンケンしてて、俺が寝癖をからかうとすぐ顔を赤くして怒る、世界で一番可愛いヒロインなんだよ!!」
「……っ!」
結衣の瞳が、大きく見開かれた。
その瞬間、彼女の背後にまとわりついていた『神宮寺への強制好感度トーン』が、パリィンと音を立てて砕け散ったのが見えた。
「俺は……俺はただ、お前とありふれた青春ラブコメがしたかっただけなんだよ!!」
体育館は、水を打ったように静まり返っていた。
ギャグ漫画の空気が、完全に消滅した。
読者たちが先週気付き始めた「モブの本当の気持ち」と、俺の結衣への想いが、今、作品のジャンルそのものを強引に「王道ラブコメ」へと引き戻したのだ。
俺は結衣の目を見つめたまま、ハッと気づいた。
結衣の瞳に映る俺の目が。
ずっと点(・)に退化させられていた俺のモブ目に……かつての主人公としての「強い意志を秘めたハイライト」が、バチバチと音を立てて復活し始めていた。
(次回予告)
どんな作画カロリーだろうが、知ったことか。
打ち切りまで4話? 待たせたな。
次回、第6話。『ヒロインを奪還しろ!』
俺たちのラブコメディは、俺たち自身で終わらせる。
(毎日21時公開)
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