一流の裏側にあった「不自由」と「渇望」——私が目撃したホテリエの真のプロ意識
ほんわかした会話の中に隠れた、意外な告白
宴会の準備中、私は一人の現場スタッフの方と、準備の手を動かしながら言葉を交わした。 その方はとても物腰が柔らかく、私のたわいもない質問にも笑顔で答えてくれるような、ほんわかとした温かい雰囲気を持った人だった。
けれど、会話が少し深まった時、その方の口から意外な言葉が漏れた。
「いいですね、タイミー。私も、本当はいろんなホテルで働いてみたかったんです」
すでにそのホテルでプロとして活躍し、誰が見ても非の打ち所がない所作を身につけている彼女が、そんなことを言うなんて思ってもみなかった。
聞けば、一度入社してしまうと「同業他社での勤務」は厳しく制限され、もちろん「副業」も禁止されているのだという。
「一社にいるだけじゃ、わからないこともある。他社のサービスを見て、いろいろ吸収したいって、今でも思うんですよ」
その言葉には、現状に甘んじることのない、純粋で強烈な「学び」への姿勢が詰まっていた。
すでに一流の看板を背負って戦っている人が、なおも外の世界に目を向け、自分の技術を相対化したいと願っている。その謙虚さと貪欲さに、私は猛烈に感動してしまった。
スイッチが入る音、一流が生まれる瞬間
準備時間が終わり、いよいよ宴会が始まった。その瞬間、私は文字通り「プロのスイッチ」が入る音を聞いた気がした。
さっきまで隣で「副業禁止で……」なんてほんわか笑っていた彼女の顔つきが、一瞬で変わったのだ。 背筋はさらに伸び、瞳には鋭さと優しさが同居し、無駄のない俊敏な動きでお客様の間を縫っていく。
彼女が担当したのは、上座。VIPの方々や、その日の主賓が集まる最も緊張感漂う場所だ。 そこでの彼女の所作は、もはや芸術のようだった。
声のトーンは相手が最も心地よく聞き取れる周波数に調整されている。歩く姿すら、その場の空気を鎮めるような品格に満ちていた。
「これが、一流のサービスか」
私はそれを見ながら、下座のお客様の対応をしていた。
見よう見まねで必死に動く。けれど、彼女の足元にも及ばない。 トレイを持つ手の角度、グラスに触れる時の指先の緊張感。
すべてにおいて、私は足りなかった。
「不自由さ」を糧にするプロ、 「自由」を浪費する私
彼女は、制約の中で生きている。 一社のルールに縛られ、他社を見る自由を制限されながら、その狭い世界の中で最高の一杯、最高の一皿を提供するために自分を研ぎ澄ましている。 その「不自由さ」を受け入れ、むしろそれをエネルギーに変えて深掘りしていく姿は、どうしようもなくかっこよかった。
ひるがえって、私はどうだろうか? タイミーという、これ以上ないほど自由なツールを手にしている。 どこへでも行けるし、何でも見ることができる。 けれど、その「自由」を私は「学び」に変えられていただろうか。ただ漫然と現場を消費していただけではなかったか。
一流の人は、たとえ一社に留まっていても、心の中に「他社ならどう動くか」「もっと良いやり方はないか」という窓を常に開けている。 物理的な自由の有無ではなく、心の姿勢こそが、その人を一流たらしめるのだと思い知らされた。
必死さの先に、いつか「落ち着き」を
「今はまだ、見よう見まねで必死でもいい。でも、いつかあんなふうに、空気を支配するような落ち着きを持って対応できるようになりたい」
落ち着きとは、決して「慣れ」や「慢心」からくるものではない。 圧倒的な準備と、深い洞察、そして「自分は今のベストを尽くしている」という確固たる自負から生まれるものだ。 彼女が願った「外の世界への学び」を、私は今、まさに実践できる立場にいる。 だったら、彼女が見たかった景色を、私が代わりに見て、それを自分の血肉に変えていく。それこそが、あの現場で彼女からバトンを受け取った私の義務のようにも感じた。
また同じ場所で、少し違う自分として
宴会が終わり、再びほんわかとした雰囲気に戻った彼女と挨拶をして、私はホテルを後にした。
「一社じゃわからないこともある」 彼女が言ったその言葉を胸に、私は次の現場へ向かう。 でも、次にこのホテルに戻る時は、ただの「見よう見まねのタイミーさん」ではなく、少しでも彼女の所作に近づいた、落ち着きのある自分を目指したい。
一流とは、技術の高さだけではない。 「自分はまだ足りない」と思い続ける、その飽くなき渇望そのものなのだから。
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