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推敲版『コズミック・ヘリテージ』プロローグ『Contact』


同じ内容の小説がTALESにも、推敲版『コズミック・ヘリテージ』として掲載してあります。

note版では、注釈*を設けて用語を分かりやすくしています。
読みづらい場合はTALES版をお読み頂けると幸いです。

TALES版はこちら↓


"Hey, Bob, I'm lookin' at what, uh, Jack was talkin' about and, uh...
"(やぁボブ、ジャックが言っていたものを今見ているんだけど、ええと……)
definitely not a particle that's nearby.
(近くにあるチリや破片の類では絶対にないな。)
It is a, uh, bright object and it's, uh...
(それは、その、輝く物体で、それから……)
******
About, uh, well, maybe ten or twelve diameters.
(距離としては、そうだな、地球の直径の10倍か12倍くらい先かな。)
I don't know whether that does you any good but there's somethin' out there."
(これが何かの役に立つかは分からないけれど、あそこに「何か」がいるよ。)"

アポロ17号の船長ユージン・サーナンによる交信記録





コズミック・ヘリテージ
プロローグ『Contact』




ー地球を発ってから二十時間経過ー


漆黒が支配する中で、自分の存在を主張するように明滅する星々の群れ。
そこに紛れ、旧式の宇宙船が月軌道を静かに滑っていた。

コックピットの計器類は最低限の光しか灯していない。
その明滅が、透明アルミニウム製シールド*1の向こう、広がる無数の星の瞬きと混じり合い、まるで宇宙そのものが胎動しているような錯覚を生んだ。

船内を支配する静寂を、宇宙服に内蔵された生命維持装置の稼働音と、パイロットの吐息だけが破っていた。

パイロット、ケンジ・エリクソンは無意識に左手の親指で薬指をなぞる。
一人では無いことを指輪を通して確認するその動作は、彼の緊張を和らげる唯一の方法であり、グローブ越しであってもその効果は確かなものであった。

「大丈夫、やってやるさ」

そうケンジは小さく呟いた。
それが、地球を離れてから彼が初めて発した言葉であった。

ヘルメットの視界、HUD*2に表示されているバイタルサインは概ね規則正しく跳ねている。
窮屈なコックピットの中でも、彼の肉体は長時間の高Gに屈することも無く、今は無重力下の開放感を享受していた。

自動操縦システムは、右腕の義手に装備されたディスプレイ端末と同様、沈黙していた。
船を動かしているのは彼の手の感覚と、古いアナログの計器類への信頼だけであった。

計器類の隅には、娘が描いた絵が貼られていた。
人間のケンジと、ヒューマノイド型ロボットが手を繋ぐ、そんな拙い絵だ。
色鉛筆やクレヨン、数多の絵道具で描かれたその絵を目にし、ケンジは少年のような屈託の無い笑顔を浮かべると、視線をシールドの向こうに移した。

「ようバディ、聞いてるか?…いや、今は寝ているのか。おかしいな、お前は寝ないんじゃなかったのか?」

そう言って更に笑顔を浮かべた。

見据えるその向こう、そこには滑らかな流線型のフォルムの巨大な種子を思わせる、目的地であるOISS*3別名シードが迫っていた。

そしてこのシードは、ケンジのバディでもある中枢AIガイアと共に、深い眠りについていた。
その背後には、ケンジの不安と希望を表すように半分照らされた月が鎮座し、シードのシルエットを際立たせていた。

いつもの仕事なら、ガイアが完璧な演算でドッキングしてくれるのだが、今回は全てケンジの操作によるマニュアルだった。

「さあ、見せてやろうぜ。アナログの天才ってやつを」

左手の中にある操縦桿を握り直し、リズムを刻むようにフットペダルを踏み込んで宇宙船サンダイバーを駆る。
ケンジのリズムに合わせてRCS*4が短く窒素ガスを噴出し、サンダイバーの角度をシードとの接続ポートにマニュアルで合わせていく。

相対速度ゼロ、軸線のズレは修正範囲内。

吸い込まれるように接続ポート同士が重なり、鈍い僅かな金属音と衝撃が船体を通して体に伝わる。

気密エアロックのキューランプが赤から緑に点灯し、シードとサンダイバーが完全に接合されたのを知らせた。

「どうだった?非効率なのも悪く無いだろ?なあガイア」

ガイアの操作並みの結果に、ケンジは未だ眠りにつく彼に対し、自慢げにそう言った。

計器類のスイッチをリズミカルに弾くと、格納庫ブロックからハッチが解錠され、金属が弾かれたような音が鳴り響く。

荷物の確認は寝坊助に任せるとしよう。

そう決めたケンジは貼られた絵を丁寧に剥がし、胸元に備えられた小さなポーチに仕舞い込むと、重力の無いコックピットを滑るように移動して気密エアロックの扉の前で止まった。

この分厚い扉の向こう、ステーションの深部に、相棒の、バディのガイアがいる。
ケンジはポーチを軽く叩くと、その手を扉へと添え、眼を閉じて深く息を吸い込んだ。

「迎えに来たぞ、バディ。寝起きは良いんだろうな?」

熱を帯びた息によって曇るヘルメットの中でそう呟き、眼を見開くと同時に開閉レバーを勢い良く引いた。
油圧の低い唸りと共に、幾重にも重なった分厚い扉が、重たげに、ゆっくりと開き始めた。


プロローグ『contact』注釈

*1 透明アルミニウム製シールド
酸窒化アルミニウム(ALON)からなる透過性セラミックで出来たコックピット・ウィンドウ、舷窓。ガラスの透明度と、鋼鉄よりも強い強度を誇るセラミックス素材。

*2 HUD
ヘッド-アップ・ディスプレイの略、ヘルメットに情報が投影されている。

*3 OISS
オービタル・インフラ・シールド・システムの略。月の軌道上に設置された構造物で、地球の地磁場を偏向、操作することができる宇宙施設。形状からシードという愛称で呼ばれている。

*4 RCS
リアクション・コントロール・システムの略。姿勢制御システム。宇宙船の小型の補助スラスタで、姿勢制御をする為のもの。



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