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「喜怒哀楽が薄れてきた?」42歳の僕がたどり着いた、“感情の新しい居場所”

四十路を迎えてからというもの、昔ほど感情が動かなくなったな――
ふと、そんなことを思う瞬間が増えてきました。

感動して泣くことも、ものすごく落ち込むことも、
テンションがぶち上がるような喜びも、昔に比べたら確実に減った。
でも、だからと言って毎日に不満があるわけでもないんです。
むしろ、ほどよく穏やかで、満ち足りている感覚もある。

じゃあ今の僕は「感情が枯れた」のかというと、たぶんそうじゃない。
ただ、「喜怒哀楽の出方」が、年齢とともにちょっとずつ変わってきた――そんな気がしています。

「喜び」は静かに胸の中で完結するようになった

昔の僕は、ほんの小さな出来事でも全力で喜んでいました。
「やったー!」「ラッキー!」と声に出して、近くの人にアピールするのは当たり前。
その場にいない友達にまで、わざわざ報告のLINEを送ることもありました。

でも今は、同じような嬉しいことがあっても、反応がかなり静かです。
「ふむ、良し。」と心の中で小さくガッツポーズして、終わり。

生活に直結するようなインパクトのある“嬉しさ”があったときは、晩酌のときに相方に一報入れるくらいでしょうか。
ただ、酔ってるときは話が違って、うちの犬(リンタロウ&ユウジロウ)には、つい小まめに報告してるらしいです。
翌日、「昨日、ユウジロウにずっと話しかけてたで」と相方に言われて、初めて気づく感じです(笑)

「怒り」は流すことを覚えた

若い頃の僕は、イラッとした瞬間に感情を爆発させていました。
怒鳴ったり、顔に出したり、理不尽なことがあれば黙っていられなかった。

でも今は――怒るには体力が要る、という事実に気づいてしまったというか。
同じように「それは違うやろ」と思う場面があっても、「まあ、そういうこともあるか」で済ませられるようになってきました。

たとえば相方が、ちょっとしたことに「ありえへんわ」と憤っているのを聞いても、
「いや、現に起こってるんやから、そんなもんやで」と思ってしまう。
昔なら同調して一緒に腹立ててたと思うんですけどね。
そう考えると、僕が若い頃に反抗してた大人たちのことも、少しわかる気がします。
親や教師、先輩たちの「まあ反抗期やからな」という対応に対して、「反抗期で済ますなや、クソが!」って反発してたけど――
今なら言える。「それ、確かに反抗期でしたわ」って(笑)

「哀しみ」は、深く静かに沈んでいく

10年以上前、祖父母が立て続けに亡くなったとき、僕は大泣きしました。
涙が止まらなくて、悲しみの波にただ呑まれるしかなかった。

同じ時期、15年間一緒に暮らしたゴールデンレトリバーが亡くなったときも、
実家に駆けつけて、亡骸の横で朝まで添い寝して、号泣したのを今でも覚えています。

でも一昨年、自分の父が亡くなったとき――
悲しくなかったわけじゃないけど、涙はほとんど出ませんでした。
看取れなかったことや、長く会っていなかった事情もあるけれど、それでも「父親を失った」という事実に対して、かつてのような大きな感情の波は起こらなかった。
思うところはたくさんあるし、感謝の気持ちももちろんあります。
でも、それを感情として爆発させることが、もうできなくなっていたんだと思います。
何より、「感情をそのまま外に出す」ことが難しくなっていたような気がします。

「楽しみ」は、予定調和の中に息づいている

昔は、今日のランチに何を食べようとか、
晩酌のつまみは何にしようか――そういう日常の中に、ちょっとしたワクワクがありました。

でも今は、自分の中で決まった“お気に入りローテーション”があって、基本はそのループ。
新商品が出てたり、値引きシールが貼ってあったりすると「おっ」となるけど、そこまで。

音楽もそうです。昔はドライブ中にお気に入りの曲を流して、歌って、テンション上げて。
でも今は、音楽は“ただ流れてるだけ”の存在になってることも多いです。

歌手ごとの違いはなんとなく分かるけど、
同じアーティストの曲だと、正直どれも同じに聴こえてしまう(笑)

これが“老化”なのか、“恒常化”なのか――まあ、たぶん前者なんですけどね(笑)

感情は「鈍った」のではなく、たぶん「慣れた」

こうした変化を、昔の僕なら「感情が薄れた」とネガティブに捉えていたかもしれません。
でも今の僕は、それを“慣れ”として受け止めています。

たとえば、味覚の話。
昔テレビで見た豆知識に、「子どもの頃に刺激物を食べられなかったのは、味覚が合わないんじゃなくて、体が慣れていないだけ」ってのがありました。

僕も昔は完全なお子様口で、わさびやからしは全NGだったんですが、
40歳を過ぎて、気づけばビッグフランクにマスタードを付けていたし、
飲み会でワサビ付きの刺身を食べて、「あ、美味いやん…」ってなった。

味覚が“進化”したというより、ただ“慣れた”んですよね。
感情も、それと似たような変化なのかもしれません。

……と思ってたら、映像にはすぐ泣く(笑)

そんなふうに、日常ではあまり感情が動かなくなった僕ですが――
なぜか、ドラマや映画ではめちゃくちゃ涙もろくなってます(笑)

家族が再会するシーンとか、誰かが誰かを思って何かをする場面とか。
昔なら「あーいい話やな」で済んでいたような場面で、今の僕は不意に涙が出ます。

感情が鈍くなったんじゃなくて、
きっと“どこに反応するか”が変わっただけなんだと思います。

変わっていく感情も、悪くない

若い頃の自分は、喜怒哀楽がもっと激しくて、
それこそが「生きてる証」だと信じていました。

でも今は、喜びも怒りも哀しみも楽しみも、
ちょっと丸く、ちょっと静かになった。

それを「つまらなくなった」と思うのではなく、
「今の自分にちょうどいい形で、ちゃんとそこにある」と受け止めていたい。

喜怒哀楽の輪郭はぼやけてきたかもしれないけど、
その分、優しくて、穏やかな感情に包まれて暮らせている気がします。



ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
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