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【名もなき女神の物語】神功皇后⑥魚吹八幡神社

魚吹八幡神社で見た気がする
【武内宿禰(たけのうちのすくね)】
という人。

知らない方もいるかと思いますので
こんなサイトがありましたのでよかったら。

実家の2軒隣に古銭や古切手を扱うお店があり
子どものころよく遊びに行っていました。
古切手を集めるのが趣味でしたから。
このお札も見たことがあります。
子どもの頃に会っていたんですねぇ、武内宿禰さん。

ここにも書かれているように
景行天皇から仁徳天皇まで5代の天皇に仕えて
330歳まで生きたという!?
ちょっとびっくりするような経歴をお持ちの方です。

神功皇后の三韓征伐にも同行しておられます。

仲哀天皇が琴を弾き、
神功皇后が神降ろしをして、
武内宿禰が審神者(さにわ)をしていたようです。

三韓征伐のご神託が降ろされたとき
仲哀天皇は行きたくなくて渋ったところ
急逝してしまいます(神の怒りなのか…)。
そこで神功皇后が代わりに船に乗って三韓征伐に向かいます。
そのとき神功皇后は妊娠しておられて
生まれてこないようにお腹に石を縛り付けて(?)
三韓征伐に向かわれたそうです。
この妊娠期間が長かったために
本当に仲哀天皇の子なのか?
本当は武内宿禰の子ではないのか?
という話もあるようです。
もうこの頃にはだいぶとおじいさんのはずですが…

その武内宿禰の名前を魚吹八幡神社で見たと思うのです。

これはもう一度行って確かめるしかない、と
2024年9月7日に再訪しました。

本殿に【武内神社】の立て看板がありました
本殿左手奥に拝所があります
やはり武内宿禰さんでした!
拝所から見える武内神社
横から

本殿の囲いの中に、寄り添うように鎮座する
【武内神社】。
これ以外の摂末社は、この囲いの外にありますから
この武内神社がいかに大事に祀られているか、ということがわかります。

本殿に祀られているのは
【応神天皇】と【神功皇后】。
ここには仲哀天皇は祀られていないのですが
そのお側には【武内宿禰】が寄り添っています。
やはり家族なのかな…と思いますね。

本殿後ろから

本殿後ろから撮った画像に
またタコさんのような光のスタンプ。
高岳神社に続きふたつめをゲットしていました。

この日、境内の木々の上の方には
ものすごくたくさんの鳥たちが集まっていて
あっちにいったりこっちにいったり
賑やかに鳴いていました。

このとき、ふと感じたことを
自分のインスタグラムに投稿していました。

このとき、摂末社の神様の解説の札を
写真に撮って来ていました。
いま見返してみると
すごいメンバーです。
この日本を古代から支えてきた神様たち。

【姫路】というだけあって
姫巫女たちがいて
それを守る神様たちがいたんじゃないかと想像してしまいます。

別雷命って、賀茂別雷命のことだろうか?
そうなると、父である丹塗矢の正体は大山咋命?

そういえば、魚吹八幡神社のもう一人の御祭神が【玉依比売命】でした。
賀茂別雷命の母も玉依比売命。

由緒によると、

神功功后摂政三年(二〇二年)大陸交渉の際、御鑑を当宇須伎津(うすきつ)に御滞泊あらせられた際、皇后信託(神様のお告げ)をお受けになりこの宇須伎津の浄地を開き、一小社を建立し、玉依比賣命(神武天皇の御母、海の神様)をお祀りし、敷嶋宮(しきしまぐう)と号した。

最初にここ【うすきつ】に祀られたのが
【玉依比売命】だった。
玉依比売命は神武天皇(初代天皇)の母…
とすると、別雷命=神武天皇ってことになってしまう?

その玉依比売命の父は【大綿津見神】
つまり賀茂建角身命?

伊可古夜比売命は、神武天皇の母の母ということになる?

神話には【タマヨリヒメ・タマヨリビメ】が複数存在します。
「神霊が依り憑く女性」「神と婚姻する憑依型の巫女」を意味する普通名詞、普遍的名称であり、古代の神話・伝承で神との間に子をもうけた多数の女性がそう呼ばれる、とウィキペディアにはありますのでそれぞれ別の方を指しているのかもしれませんが
わたしには、歴史は幾重にも重ねられているように思えてなりません。

魚吹八幡神社にはその後も訪れているので
そのことは次でまたご紹介します。

スピンオフ的なお話はこちらから。


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