見出し画像

崇徳天皇に逢はむとぞ思ふ(10)

四人目の奥さま、【烏丸局】ですが
情報がなかなか見当たりません。

ひょっとしたら。

『四国新聞社編
讃岐人物風景2戦国の武将たち』の
『保元の悲劇』の章で語られた
崇徳天皇の愛人とされている
【阿波内侍】と【烏丸局】で検索をかけてみたところ…

ビンゴでした。

自分では、以前に阿波内侍のことを書いたつもりでいたのですが
その文が見当たりません…

え、夢?

御子の重仁親王が天皇になる道を絶たれた頃、
失意の崇徳天皇(このときは上皇ですが)は洛東鴨川べりの祇園別邸によく通っていたそうです。
ここには愛人の阿波内侍が住んでおりました。
近くには藤寺があり、崇徳天皇はそこの藤をとくに好んでいたそうです。
この別邸にいる間、崇徳天皇は一人の人間として、また一人の男として
心やすまるひとときを過ごしていたのかも知れません。

しかし、この阿波内侍は、敵方の信西の娘(一説には孫)でありました。

禁断の恋、だったのでしょうか。
瀬を早み、の歌が恋の歌であったならば
それは阿波内侍に向けて詠んだ歌なのかも知れません。

この別邸があった場所は安井という地で
崇徳天皇が亡くなったあと、
阿波内侍が崇徳天皇の遺髪を埋めて弔ったあたりに
【崇徳天皇御廟】と刻んだ石碑が残っているそうです。

この石碑の前の御陵前通を少し南に下ったところにあるのが
【安井金刀比羅宮】です。
ここが藤寺があった場所のようです。

御祭神は
崇徳天皇、大物主神、源頼政公

ここでも崇徳天皇と大物主神はセットで祀られていますね。
まるで二人で一つの神のようです。

ここは最強の縁切り、縁結びのご利益があると言われています。

あらゆる悪い縁を切り、良縁を結ぶ
 主祭神の崇徳天皇は、讃岐の金刀比羅宮で一切の欲を断ち切って参籠(おこもり)されたことから、当宮は古来より断ち物の祈願所として信仰されてきました。
 また、戦によって心ならずも寵妃阿波内侍とお別れにならざるを得なかった崇徳上皇は、人々が御自身のような悲しい境遇にあわぬよう、幸せな男女のえにしを妨げる全ての悪縁を絶切って下さいます。男女の縁はもちろん、病気、酒、煙草、賭事など、全ての悪縁を切っていただいて、良縁に結ばれて下さい。
 良縁に結ばれたご夫婦やカップルがお参りされても縁が切れることはありません。更にお二人がより深くより強く結ばれる御利益をいただけますのでご安心を。

安井金刀比羅宮サイトより

怨霊どころか…やさしい守り神となっておられます。

近いうちに、この御廟や安井金刀比羅宮にも訪れたいと思います。

ふと。

阿波内侍は、その後どのような人生を歩まれたのだろうか…

気になって調べてみたところ…

驚いたことに、
わたしは、阿波内侍にお会いしていたのです。

それはまた別のところでお話いたしましょう。

次の(11)では、讃岐に配流になってからの
崇徳天皇の本当のお姿を探ってみようと思います。

いいなと思ったら応援しよう!

yuka あなたの愛をしかと受け止めます!お気持ちありがとうございます💕