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【名もなき女神の物語】神功皇后③高岳神社


本屋さんでたまたま見かけて
表紙に惹かれて買ったこの本。

奇門遁甲って何て読むの?
くらい全く知識がなかったんですけど。

苦労続きの結婚生活だったので
ここらで運気を変えたい!
と大吉方があるときには
車でその方角に行ってみたりしていました。

奇門遁甲(きもんとんこう)とは
4000年前に生まれた中国の占学で
自然界のエネルギーの強弱を分析して
吉方、殺方を知る方位学。
古代中国では皇帝だけが利用できた。
吉方の効果を得るためには10km以上離れた場所に出かけ、公園や神社、仏閣など
緑や自然の豊かな場所で2時間以上過ごすとよい。
これを【吉方取り】という。

2024年5月5日。
この日は東北が大吉方でした。
東北の方角で10km以上先の神社か仏閣を
GoogleMapで探してみたところ
【高岳(たかおか)神社】
という文字を見つけ、
ここに行ってみることにしました。

拝殿左手から
拝殿右手から
右手奥に不自然な岩が
ここからは近づけず
左手に戻ってみると
どうやらこっちから行けそう
何だこれは…

何だかわからないけれど
岩山が祀られている。
岩山に歩く道があるので近くまで行こうとしたら
めったにないことなんだけど

すってんころりん。

ほんとにこの言葉のとおり
滑ったわけでも
つまづいたわけでもないのに
思いっきり転んだのです。

恥ずかしい…

さいわい誰もいなくて
すぐに立ち上がったけれど。
怪我もしていない。

足元をすくわれる、
という感じで
転んだと言うより
転ばされたような…

御祭神
仲哀天皇・応神天皇・崇道天皇・事代主神・猿田彦神・住吉大神・伊豫親王・光明皇后・宇賀魂命・市杵島姫命・水分神

当神社は延喜式内社で、古来播磨国「五の宮」として崇められ、皇室を始め国司領主武将の尊信極めて厚く、その由緒の古く正しいことにおいては国内屈指の古社です。
延暦元年(782)に征夷大将軍坂上田村麻呂は幣帛を奉って武運を祈り、寛元年中には鎌倉幕府執権北条経時が、家人の佐貫十郎を遣わし、銀貨一包・太刀一口を献じて祈雨祭を行っています。
また播磨国守護赤松氏を始め、姫路城主松平侯、酒井侯は何れも神殿を供し、走馬を献じ、社殿を造修し、神供料を献納するなど、敬神以て民生の安定、郷土の進展を図っており、地方の衆庶も深く尊信の至誠を致した。
このように由緒尊い神社であることから、明治45年に兵庫県より神饌帛料供進社に指定され、されに昭和7年には県社に昇格しました。

この聖域の中心である巨大な霊岩は世に蛤岩と称せられている。
ある時、土地の人がこの岩上で蛤を拾い、福徳長寿の幸を得たので、このように名付けられたそうです。
この巨岩の頂上には一つのくぼみがあって、四季を通じ常に霊水をたたえ、しかもこの水が干満と共に満ち引きする、という神秘が伝えられています。

この巨岩は【蛤岩】というらしい。
ここで蛤を拾った人が福徳長寿の幸を得たという。
蛤岩で転んだ人はどうなる?😱

破磐神社と御祭神が似ている。
でもここに神功皇后が入っていないのはなぜ?
旦那さんと息子は祀られているのに?

このときは知識がなかったので
何もわからなかったが
いまこの御祭神を見てみると…

冥界の神様ばかりなんじゃないかな。

崇道天皇とは、早良親王のこと。
この方も怨霊伝説がある。

御祭神に並ぶ伊豫親王とともに
桓武天皇絡みで非業の死を遂げている。

この蛤岩がある山全体を【蛤山】といい
その近くには【蛤池】もある。

蛤の化石が出た、ということは
昔このあたりは海だったのだろう。

そして、蛤岩の頂上のくぼみの霊水は
潮の干満とともに満ち引きするならば
今でも海と繋がっているのか…?

とにかく不思議な気持ちを抱えたまま
高岳神社をあとにした。

あとで気づいたことだけれど

逆光で撮った写真に不思議な光が入り込んだ。

のちに行く先々で同じモノが写ることがあり
わたしはこれを【タコさんスタンプ】と命名した。

行くべきところに行くと
【よく来ました】
といってスタンプを押してくれるんや、
と勝手に思い込んでいる。


妙な地形…

蛤山は別名【振袖山】というらしい。
たしかに振袖みたい。
でもそれって空から見ないとわからないよね?

見れば見るほど不思議な岩

これがさらに調べていくと
謎が深すぎて、いま迷子気味です。

もう1回くらい追記するかも

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yuka あなたの愛をしかと受け止めます!お気持ちありがとうございます💕