【名もなき女神の物語】神功皇后④高岳神社
高岳神社のことをもう少し。
高岳神社のご神体はこの蛤岩ということになっているのだけれど
神社略記によると、もともとは辛室郡新在家の鳶ケ巣(八丈岩山)にあったものが
826年に蛤山に移されたという。
また、縁起略には
826年に八丈岩山に一人の童が現れて
「私は、高岳の神である。宜しく祭れば病気や災難から守ってやる」
と村人にいって姿を消したので一宇を造営、その数十年後に蛤山に移した、となっているそう。
826年(天長三年)に何かがあった、
ということは間違いないと思う。
八丈岩山には、頂上に八畳岩という奇岩があるそうだ。
この山は【播磨国風土記】に出てくる
因達神山と比定されているそうで
そこには大汝命とその子である火明命とのエピソードがある。
大汝命の子どもが火明命?というのが気になる。
そして、神功皇后が麻生山から放った3本の矢のうち、1本がこの新在家に落ちている。
古地図では【矢落村】となっているそうだ。
麻生山はもともと【葦男山(醜男山)】だったそうで
このあたりの大神であった大己貴命(葦原醜男ともいう)にゆかりのある山だそう。
神功皇后は、それを知ったうえでこの山に来て武運を祈って弓を造られた。
「朝敵征伐がうまくいくようなら今ここに麻を生えさせてほしい」と祈られると
大地から麻が生え、その麻で弦を作られたことから【麻生山】と改名したそうだ。
【播磨小富士山】とも呼ばれており
この山の頂上から高御位山がよく見えるそうだ。
また頂上には役行者を祀る華厳寺もあり、
周辺には古墳がたくさんあるという。
やはり、ここ姫路にも出雲族の痕跡がたくさん残っているように思う。
高砂から姫路、北は宍粟まで。
そして、神功皇后は大己貴命を祀っていた。
神功皇后も、出雲族の血を引いていたのでは。
そうなると【播磨国風土記】の印南別嬢の話に出てくる【始祖息長命(またの名を伊志治)】が浮上してくる。
景行天皇が印南別嬢の妻問いの際に付き従った息長命に褒美として
別嬢に仕えていた【出雲臣比須良比売】と結婚させている。
神功皇后は、【息長帯比売命】という。
景行天皇は【大帯日子命】なので
【帯】の一文字をいただいたということはありうるのではないか?
と、かなり迷路に迷い込んでいるので
とりあえずこのへんで…
826年が気になる…
こちらに追記→【名もなき親王の物語】826年の謎
次回は魚吹八幡神社のことを書こうかな。
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