50代、ひとりでスペインへ。フラメンコと、母のくも膜下出血と、10万円台の航空券と。【スペイン旅行記①】
わたしは昔から、ひとり旅が好きだ。
大学生のころ、バックパッカーが流行っていた。友人たちがこぞって海外ひとり旅の話をしていて、わたしも乗っかった。今や人気タレントの有吉がまだ売れない芸人だったころにテレビのバッグパッカー企画に出演したり、ユーラシア大陸をバスで移動する貧乏旅のルポ、沢木幸太郎の「深夜特急」なんかを読んで、私もやってみたいと思った。
ひとりで行って、ひとりでうろうろして、帰ってくる。現地の人と出会ったり、旅先のホステルで情報交換をしたり、その時に気が合った人と行動を共にしたり。そんなこともすごく楽しかった。まさに一期一会とはこのことだと思って、満喫した。それが、思いのほか楽しかった。
人に気を使いすぎる性格だから、ひとりのほうがむしろ自由で、見たいものを見たいだけ見ていられる。あ、これ、わたしに向いてるな。そう思った。
それ以来、独身時代はちょくちょくひとり旅をした。トルコ、ギリシャ、アジア各地。ヨーロッパだけは、なんとなく縁がなかった。貧乏旅行には物価が高すぎるのと、なんとなく危険なイメージもあったし、当時は西洋美術にそれほど興味がなかったのもある。行けばよかったと思わないでもないけど、当時の自分にはそれよりもっと行きたい場所があった。
そうこうしているうちに30代。何か習い事をしてみたいと思って、当時都内勤めだったのでいろいろと探して、フラメンコに興味を持った。ちょうど山口智子さんがフラメンコをやっているらしいという評判もあって「一応見に行ってみようじゃないの」というのと、会社の同僚も「フラメンコをやっていて楽しい」と言っていたし、会社帰りにすぐ行ける教室を見つけてフラメンコを始めた。
フラメンコをやっていると、いつかスペインで本物を見たい、という気持ちが育っていく。これは、やった人にしかわからない感覚だと思う。スペインの空気の中で生まれた踊りを、スペインの空気を吸いながら見てみたい。ただそれだけのことなのに、ものすごく強烈に、行きたいという気持ちが育っていく。
だが、現実はそう甘くない。
結婚して、妊娠して、出産して、育児をして、気がついたら10年以上が経っていた。フラメンコは細々と続けていたものの、スペイン行きは夢のまま棚上げされていた。家族旅行でスペインに行けるかというと、そうでもない。夫はそういうことに興味がないし、息子を連れて行ける年齢でもない。フラメンコ仲間と行ければ理想的だが、お金と時間を合わせるのも難しい。何より、フラメンコにがっつりカスタマイズした旅がしたい。タブラオに何か所も行って、できればペニャのような会員制の場所にも潜入して、フラメンコの聖地と呼ばれる場所を自分の足で歩いてみたい。それを他の人のペースに合わせながらやるのは、なかなか難しい。
結局また、消去法でひとり旅になる。
でも、その「フラメンコにカスタマイズしたひとり旅」をどうやって計画すればいいのかが、さっぱりわからなかった。地理も疎いし、フラメンコが好きだからといってフラメンコの歴史に詳しいわけでもない。どこに行けば本物のフラメンコが見られるのか、どのタブラオが一流なのか、ネットで調べてもなかなか出てこない。フラメンコ留学をした人のブログはあるが、それはまた違う目線だ。「フラメンコが好きで、観に行きたい旅行者」としての情報が、あまりにも少ない。調べれば調べるほど、手がかりが減っていく感じがして、そのたびに「まあ、またいつか」と棚に戻していた。
そのまま、20年近くの時が経った。
転機は、フラメンコ教室の仲間だった。
今の教室には、経験豊富なメンバーが多い。スペインに行ったことがある人も何人かいて、その中のひとり、70歳近い大先輩が、突然言い出したのだ。大好きなフラメンコの歌い手さんが賞を取ったから、そのお祝いのライブを観に行って、レッスンも受けてくる、と。ひとりでスペインへ行く、と。
えっ。70歳近くで、ひとりで。スペインに。
すごいなあと思ったのも束の間、わたしの頭の中に「今だ」というひらめきが降ってきた。
この人が行くなら、情報が聞ける。具体的に、どこに行けばいいか、どうすれば行けるか、聞ける人がいる。それだけで、あのふわふわした「スペイン行きたいけど手がかりがない」という壁が、少し低くなった気がした。
しかも、タイミングがよすぎるほどよかった。
息子はちょうど大学受験が終わったところだった。子育てが、ひとまず一区切りついた。夫は新年度から退職して家にいるから、留守番ができる。そして何より、仕事の大きな案件がひと段落するだろう時期と、ちょうど重なっていた。今を逃したら、また「いつか」に戻ってしまう。そんな気がした。
思い切って、トリップドットコムを開いた。
航空券を眺めた。値段によっては行けるかな、ぐらいの気持ちで開いたのに、10万円前半の格安航空券を見つけてしまった。「え、これってポチッとしてしまえば行けるじゃん」
そう思いつつも、仕事の調整はどうするんだろう、本当に行けるのかなという不安もあった。でも行きたい。今しかないような気がする。
そういう葛藤の中、「決めてしまえばそれに合わせて動くだろう」ということで、一応キャンセル保険もつけながら、ポチッと予約。
わたしのスペイン旅計画が、始まってしまった。
2月のことだった。出発は5月下旬と決めた。
先に航空券を取って、逆算して仕事を調整する。Webサイト制作の統括をしているので、いちおう大きなリリースが終わっているだろうタイミングを狙って日程を決めた。これだけ先の予定であれば、仕事のスケジュールも立てやすい。まわりにも早めに伝えておける。
ルートはこう組んだ。バルセロナ往復で、バルセロナ3泊、グラナダ3泊、マラガ2泊(白い村ミハスのために)、そしてセビリア5泊。セビリア滞在中にヘレス・デ・ラ・フロンテーラへ日帰りして、最後にバルセロナへ戻って帰国。ざっくり2週間。AIに相談しながら大枠を決めて、あとは現地でなんとかする。
宿は悩んだ。ユーロ高と物価高で、贅沢など言っていられない。かといって、もういい加減50を過ぎた身でドミトリーはきつい。盗難を警戒しながら眠るのも嫌だ。個室があって、それなりにリーズナブルで、清潔感があれば十分。スペインには「オスタル」という、ホテルでもホステルでもない宿泊施設がある。個室があってリーズナブル。ここを軸に探した。セビリアだけは、先に行く知り合いがAirbnbで取ったアパートに一緒に泊まることになり、1泊8000円ほどで好立地に泊まれることになった。
計画は順調だった。
4月になるまでは。
まさかの4月。母に異変が。
4月の頭に、母が倒れた。
くも膜下出血だった。
一人暮らしの母が、訪問看護が来ている30分の間に倒れて、救急搬送された。
母は倒れる少し前に認知症の診断がおりていて、心配したケアマネージャーが「訪問看護を追加しましょう」と手配してくれていた。そのサービス初日、わずか30分の訪問の時に、母の脳動脈瘤が弾けて急変したそうだ。
幸い、その奇跡的なタイミングで救急搬送されたので、部屋で一人で孤独死しているといったトラブルは避けられた。不幸中の幸いとしか言いようがないし、母は本当に「持っている」と思った。その隙間に、生死の境をさまよっていた。
母が大変な時に不謹慎ではあるが、20年も温めたスペインの計画のことも頭をよぎった。「これ、いけるのかな?」と。
母の状況によるけれど、4月いっぱいは待ってみるしかないと思いつつ、医師にも海外に行く予定があるということは伝えておくことにした。正直、このまま旅行に行っていいのか、と思った。思わないわけがない。でも、まわりの意見も聞きながら、考えた。
危険な時期は4月中に何度かあった。それを乗り越えて、少し落ち着いてきた。
そして、思った。
延期して、今年の秋に変えたとして、どれだけ状況が変わるだろう。また仕事の調整をし直して、航空券を取り直して、宿を取り直して。それをやったとしても、母の状態が劇的によくなるわけでもない。わたしが日本にいたからといって、何かできることが増えるわけでもない。
何より、こういう人は、タイミングをちゃんと測る。
一人暮らしで、訪問看護の人がいるたった30分の隙間に倒れた人が、わたしが2週間いない間に、亡くなるはずがない。そんな気がした。根拠はないけど、確信に近いものがあった。
それに、もしそうなったとしても、行かなかったからといって死に目に会えるとも限らない。子が親の死に目に会えないことなんて、珍しくもない。例え日本にいても。
だから、行くことにした。
出発前日には、転院先の病院の見学に行った。急性期を過ぎた母を受け入れてくれる療養型の病院を探して、帰ってきたらすぐ移れるように段取りをつけておく必要があった。見学を終えて、そのまま帰って、荷造りの続きをした。
スーツケースは新調した。アメリカンツーリスターのブックオープンタイプ、中型で拡張もできる。


石畳が多いスペインでは大きすぎるスーツケースは引けないと先輩に教えてもらって、サイズを抑えた。ブックオープンタイプであれば部屋が狭くても開けられるし、荷物も取り出しやすいので便利だ。拡張タイプであれば、お土産が増えてもなんとか突っ込めるだろうと思って。
そして何より、テンションが上がるドピンクがあったので、それを購入することにした。ちょうど家の冷蔵庫が壊れて買い直したタイミングでヨドバシのゴールドポイントが3万円分ほどついていたので、それで旦那に買ってもらった。
仕事もあったし母のこともあったしで、100均とかでいろいろ旅行グッズを買っておくだけは買っておいたけど、本格的な荷造りは、ぎりぎりまでできなかった。持っていくものを山にして放置したまま、仕事と、母のことと、日常をこなしているうちに、あっという間に前日になっていた。
最後に一気に詰めた。アンダルシアは暑いと聞いていたから、洋服は夏物を中心にできるだけ軽く、薄く。友人に勧められた携帯ウォシュレットも入れた。海外に行くたびにウォシュレットさえあればと思っていたから、これは試してみることにした。
そうやって、よくわからないうちに、出発の日が来た。
母のことも、仕事のことも、息子のことも、全部を「大丈夫」に丸めて、それでもちょっとだけ後ろめたい気持ちを荷物の隙間に押し込んで。
50代の、ひとりのスペイン旅が、始まった。
つづく。次回はいよいよバルセロナ到着編。
今日もお読みくださりありがとうございました!
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