(創作大賞2024)大正浪漫チックな花嫁は恋する夫とお勉強がしたい【第五話】
実際に、藤孝様とお出かけするのは、楽しいし。
淋しい気持ちもあるけれど、藤孝様が優しくて、大好きなことには変わりないもの。
夜に構ってもらえないことを、嘆いてばかりでは、きっとバチが当たるんじゃないかしら。
私は、モヤモヤした気持ちを隠して微笑み返し、喜んで見せる。
「やっぱり、櫻子さんはそうやって笑っている方がよく似合う」
「ワタクシも、藤孝様が笑っていらっしゃるのが好きですわ」
お互いにどことなく引きつった顔で、笑いあった。
休みの日の昼間は、一緒に過ごしてくれるのに、夜は夕食が終わると、藤孝様はこれまで勉強してきたことを、再復習したいと言って部屋に引きこもる。
そう言われては、私は頷くしかできなくて。
『夜も、ワタクシと一緒にいてください』
この一言が、どうしても言えなかった。
軽く触れただけの口づけの感触が、静かに残る。
一人、自室に戻った私は、自分の不埒な気持ちを滅却するかのように、画用紙に好きな絵を描き散らす。
晴れた夕暮れには、虫の声がリーンリーンと響く、広大な一井家の敷地内を散歩して気を紛らわせた。
どうしたら、また一緒に仲良く『お勉強』できるんだろう?
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昨日まで降っていた雨は、夜半過ぎに止んで、今日は朝から爽やかに晴れている。
寝巻から着物に着替えるときに、肌着一枚になると、うすら寒かった。
少しずつ冬の気配が訪れている。
「櫻子さん、お使いに行ってくださる?」
朝食のあと、学校へ行く藤孝様をお見送りして、お義母様から使いを頼まれた。
「はいっ。 参りますっ」
私は今日のやることが出来て、張り切って返事をする。
「どちらまでですの?」
お義母様は、私が結婚のために辞めてしまった女学校の名前を言い、それを聞いた私は思わず顔がほころんだ。
「郵便でも構わないのだけれど。
せっかくならば、櫻子さん、懐かしい先生方や、お友達にお会いになってきたらよろしいわ」
「はいっ。 ありがとうございます、お義母様っ」
あまり笑ってはくださらないのだけれど、とても優しいお義母様で、私は大好き。
「藤孝を送って行った自動車が戻ってきたら、それにお乗りなさいね」
「いえ、お義母様。
ワタクシ、元来、身体を動かしていなければ済まない質ですの。
最近は藤孝様が学校に行かれるから、お出かけもほとんど、いたしませんでしょう?
すっかり身体がなまっているのですわ。
歩いて参りますから、お車は結構です」
久しぶりに、女学校の友人や、先生方にお会いできるのが嬉しくて、歩くというより、跳ねて行きたいくらいだ。
「じゃあ、誰か女中を連れて……」
「大丈夫ですわ、ワタクシ、一人で参ります」
お義母様から、用を言付かって、私は自室に戻る。
さぁ、何を着ようかしら。
おしゃれしちゃおう。
私はタンスを開けて、あれこれと着物を出し、胸元に合わせて着物と帯を決めていく。
せっかくなら、結婚して、大人びた姿になったと言われたい。
だけど、あまりに上等過ぎる着物では、ただのお使いには重すぎる……。
先週仕立てあがった、近頃流行りの、大きな柄行が印象的な銘仙(※大正中期以降に流行った着物)と、ハイカラな模様の帯を締め、錦紗縮緬で織られた濃紺地に、冬の白木を描いた長羽織を着る。
うん、これなら、格式張っていないし、充分『若奥様』に見えるわ。
女中にも手伝ってもらって、電気ゴテ(※ヘアアイロン)を使って、雑誌に載っていた、最新の髪型である耳隠しに結い上げた。
お化粧も、いつもより丁寧に。
「若奥様、とってもおきれいです」
「そう? ありがとう」
女中の言葉に、鏡の中の私は、まんざらでもなさそうに微笑んだ。
「では、行って参ります」
お義母様に言った通り、私は女中も連れずに、一人で風呂敷包を抱えて懐かしい学び舎へと足を運ぶ。
でも、こんなにおしゃれして行ったのに、帰りは濡れネズミのようになって帰ってくる羽目になる。
もちろん、この後に起こることなんて、この時は全く想像もせず。
『若奥様』と言うには、元気すぎる私は、鼻歌交じりに、飛び跳ねるように女学校へ向かった。
