見出し画像

(創作大賞2024)大正浪漫チックな花嫁は恋する夫とお勉強がしたい【第八話】 

 私は乱暴に草履を脱ぐと、足袋たびのまま水に入る。

「きゃあっ! 冷たいっ」

 木枯らしが吹き始めた季節の川の水は、震えるほど冷たかったが、私は必死だった。

「待って!
 おやめなさいませっ。
 みずから死を選ぶなんて、おろかかなことですわっ」

 ザバザバと音を立てて進むと、だんだん深くなり、水面は私の太ももの高さ。

 ようやく男性に近づいて、その背中に抱きついた。

「……そうさ、俺は愚かな人間なのさ。
 心中しんじゅう相手も愛想をつかして、来ないくらい……。
 その愚かな人間が生きる、この世の中は更にくだらない」

 低い声で吐き捨てるように私の言葉に答えたが、前を向いたまま、こちらを見ようともしない。
 
「くだらなくなんて、ないですわ。
 この世には、いいことも、たくさんございますわよ。
 心中なんてしたら、もったいのうございます。
 相手が来なかったのなら、死ぬのは中止になさるべきだわっ」

 私の言葉に、ゆっくりと水の中を歩いていた男性は、初めて振り返った。
 目にかかるほどに長く伸ばした髪の間から、淋しさと華やかさが混在した不思議な魅力の瞳は、美しい切れ長の二重で、長いまつ毛が影を落とす。
 
 年の頃は、二十歳を越えたくらいの青年で、顔色は青白く、寒さのせいか薄い唇は、白いのを通り越して、少し紫がかっている。

 背丈が五尺ごしゃく(※約150㎝)の私は上向くと、すぐに唇同士が触れてしまいそうで、思ったより顔が近く感じた。

 いつも五尺八寸ごしゃくはっすん(※約175㎝)の藤孝様に抱きしめられるときは、完全に頭一つ分以上の差があって、私は胸にうずまり顔が見えなくなる。

 特段に背が高い藤孝様よりも、推定五尺六寸ごしゃくろくすん(※約168㎝)の青年とは、『ちょうどいい』身長差で、その上、見惚みとれるほどに、色気のある白皙はくせきの美青年。

 そのきれいな顔を間近にして、急場にも関わらず私の胸は少しドキッとした。

 私は、男女問わず、きれいな人に弱い。
 すぐに、胸が騒いでしまう。 
 どうしてかしら?
 

 振り返った男性は、私の顔をじっと見ると、浅く笑った。

「人生の終幕に、美しい少女の天女が迎えにきたか。
 女など、快楽の道具でしかないと思っていたが、天女と心中もいいだろう」

 そう言うなり、私は抱きしめられる。

 そして、青年は私を腕に抱いたまま、川の深みに進んでいった。

 まずいわっ!
 このままだったら、私も川に沈められちゃうっ。

「いやっ! 離してくださいませっ」

 流れのゆるい川だが、足を取られて思うように動けない。

 腕をほどこうと、一生懸命抵抗するが、無理だった。

 美青年は、貧弱そうな見た目とは言っても、やはり男性。
 しっかりとつかまれた腕は、ビクともしなかった。

 藤孝ふじたか様には、こんな風に乱暴に抱きしめられたことはない。
 私が嫌がることは、絶対にしない藤孝様の顔が思い浮かぶ。

 怖い。
 助けてっ。

 涙がにじんできたその時、土手の上から声がした。

「おーい、あんたら、何してんだ?」

 何とか振り返ってみると、木綿もめんの着物にかごを背負って、くわを抱えた男性が、こちらを見ている。

 
 よかったっ。 
 あの方に助けてもらおう。

「お助け……」

 私が大声で、助けを求めようとすると、グイッと引っ張られた。
 
 身体がよろけて危うく、転んでしまうところだったが、美青年が腕を引き上げて、どっぷりと川に浸かるのはまぬがれる。

「何やってるんだよ。
 俺まで全身ずぶ濡れに、なるところだったじゃないか」

「あなたが急に引っ張るからでしょう?」

 それに、あなた。 
 今から水に浸かって、死のうとしてたんじゃないのです?

 滑って転びそうになったのを、まるで私のせいのように言われて、私はフツフツと怒った。

 彼は私の腕を持ったまま、美しい目を細めると、土手を下りようとしているおじ様をチラリと見る。

「あーぁ……邪魔が入るなんて、もうきょうざめだ」

 美青年はそうつぶやくと、私の両肩に手を置いて、ふるふると顔を横に振った。

「心配したじゃないかっ。
 もう、こんなことを、してはいけないよ!」

 くわを置いて、土手を下りてきているおじ様にも聞こえるように、美青年は私を叱りつける。

 
 はぁ?
 どういうこと?

第九話へ

いいなと思ったら応援しよう!