(創作大賞2024)大正浪漫チックな花嫁は恋する夫とお勉強がしたい【第十二話】
膝に置いたナプキンで口元を拭いている私の肩に手を置いて、お義父様に叫んだ。
「父様、良太郎先生をお呼びくださいっ!
可愛いくしゃみを、父様も聞いたでしょう?」
藤孝様は、ひどく慌てたように私の肩を擦りながら、後ろに控えている女中に羽織るものを持ってくるように言いつけた。
「それに櫻子さんが、こんなに大人しくて、ご飯も少ししか食べないなんておかしいっ」
あら。
まるで、私がいつもうるさくて、大食漢みたいに聞こえますけど。
ちょっと藤孝様の言葉に引っ掛かるところがありながらも、女中が持ってきたショールを肩にかける。
「藤孝は、本当に櫻子さん思いだな。
仲が良くて、いいことだ。
この分じゃ孫の顔を見るのも、もうじきかもしれんな」
お義父様は、お義母様と微笑みあい、家令(※執事)の島田さんに、お医者様を呼ぶように命じた。
「あの、大丈夫ですわ。
ワタクシ、なんともありません」
少し鼻をすすりながら、藤孝様を見上げる。
「いや、きちんとお医者様に診てもらおう。
ね、櫻子さん。
後で粥か何か、食べやすいものを運ばせるから」
藤孝様は、ご自分の食事も途中でやめて席を立ち、私を部屋まで送り届けてくれた。
そして、私は藤孝様の優しさに、ますます好きになってしまうのだけど、秘密を持ってしまった罪悪感も深くなった。
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「わぁ、ずいぶん可愛らしい部屋になったね」
結婚してから、藤孝様が私の部屋に入ったのは、今日で二度目。
『妻と言っても、女性の部屋には、むやみに入れないから』
って、私がこのお屋敷に越してきて間もない時に、お義母様と一緒に確認程度に来られただけ。
本当に藤孝様は、まじめなんだから。
藤孝様の部屋よりは、少し狭い十八帖ほどの洋室。
婚礼の時に持ってきたタンスや、一井家で揃えてもらった家具も、たくさんあって、実際にはもっと狭く見える。
西洋風の部屋に、和風のタンスなんて合わないと思っていたけど、レースの敷物を掛けたり、可愛い小物を飾り立てていると、しっくり馴染んできた。
お気に入りの、ステンドグラスで覆われた照明を点けると、ふわりと明るくなり、キョロキョロと珍しそうに部屋を見回している藤孝様を照らす。
「時間がありますから、しょっちゅう模様替えをしているのですわ」
天井から垂らした薄い垂れ絹(※カーテン)を、リボンで結んだ寝台(※ベッド)に、私は腰かけた。
「藤孝様が、ワタクシのお部屋にいるのって、なんだか不思議な感じですわ」
「僕も、ここが自分の家だなんて、不思議な感じがするよ」
藤孝様は、イタリア製のソファーに腰かけて、私たちは顔を見合わせて笑う。
柔らかい明かりで、いい雰囲気だ。
「大丈夫? 櫻子さん、寒くない?」
私がいつも座っているソファーは、藤孝様が座ると少し小さく見える。
「平気ですわ。
風邪ではないと思うんですが、お医者様にご足労頂くのは、申し訳ないですわね」
「良太郎先生は、ドイツ帰りのいいお医者様だし、きっとよく診てくださるから。
櫻子さんに何かあったら、大変だからね。
僕を安心させるためにも、診察してもらって」
本当に、優しいな。
やっぱり藤孝様のことが、大好き。
「……それに、僕も先生にやり方を聞きたいし……」
藤孝様は、つぶやくように言って、よく聞き取れなかった。
「よく聞こえませんでしたわ。 なんておっしゃったの?」
「いや、何でもないよ。
さ、もう休んだらいい。
もうすぐ良太郎先生もお見えになるだろう」
取りつくろうように微笑んだ藤孝様から、布団の中に入るように促される。
私は、まだ藤孝様がソファーに座って、ゆっくりなさるんだと思っていた。
はしたないけれど、私は寝台に横になって藤孝様とお話したらいいわね。
できれば、藤孝様も一緒にお布団に入ってくださるといいのにな。
そして、そのあとに『お勉強』を……。
私は、風邪かもしれないと、藤孝様に部屋まで送ってもらったのに、夜に藤孝様と二人っきりになれたことで浮かれていた。
頭の中では、藤孝様をどうやって引き止めようかとばかり考える。
だけど、きっと私みたいに、不埒なことなんて考えないであろう藤孝様は、私が寝台に入ろうとするのを見ると、ソファーから立ち上がって、ドアの方へ向かう。
「えっ? もう出て行かれるの?」
めくりかけていた毛布を投げ捨てるように置いて、藤孝様に駆け寄り、私は大胆にも、詰襟姿の背中にしがみついた。
広くて真っすぐな背中は、少しだけインクのような匂いがする。
藤孝様のにおい、ドキドキして……好き。
