(創作大賞2024)大正浪漫チックな花嫁は恋する夫とお勉強がしたい【第十四話】
心の中では、まだ一緒にいたかった。
だけど『若様を自分の部屋に引き止めるなんて、はしたない』と怒られそうで、藤孝様にいて欲しいと言えない。
名残惜しかったが、寝台の上から夜のご挨拶をした。
「お大事にね、櫻子さん」
優しく私を見つめて、藤孝様も後ろ髪ひかれるようにして出ていく。
淋し気なスラリとした後ろ姿を見ながら、先程あとちょっとのところで、口づけすらできなかったことに、ため息をついた。
部屋にはお医者様と、お義母様と私の三人だけが残る。
「では、若奥様。肺の音を聴きますので寝巻を脱いで、胸を見せて」
「えぇっ? 胸を見せるのですか?」
いきなり脱衣するように言われて、ビックリしてしまった。
これって、普通のことなの?
お医者様はハキハキと話され、ちっともいやらしい感じではないけれど、とても恥ずかしかった。
「大丈夫ですわ、櫻子さん。
お義母様がついておりますからね」
お義母様がそばにいらっしゃらなかったら、いくらお医者様とはいえ、胸を見せるなんて診察が怖かったかもしれない。
胸元を開けて聴診器を当てられたり、大きく口を開いては中に平たい棒を突っ込まれて、舌を押さえられる診察に、やっぱり藤孝様に見られなくて良かったと思った。
やっぱり、お医者様なんてかかるものじゃないわね。
「川に落ちた? ハハハ。
若奥様、今は身ごもっておられないご様子ですが、どうぞお子様ができましたら、猫よりもご自分の御身をお大事になさいませ」
「もう、それは、充分に叱られましたから。
承知いたしましたわ」
先生の見立てでは、風邪のひき始めだろうとのことだった。
ドイツ製の体温計を脇に挟まれ、熱を測ってみると微熱があると言われる。
そう言われれば、なんとなく普段よりも頭がフワフワと浮いたような感じがして、身体がだるい。
温かくしてよく休み、滋養のあるものを食べれば、良くなるだろうと仰って、先生とお義母様は部屋を出て行かれた。
私はそのまま寝台に休んでいたが、お風呂から上がった後に、食堂に行くからと、ほんのりお化粧していたことを思い出す。
そうだわ。 顔を洗っておかなければ。
洗面所に行って冷たい水で洗って身体が冷えたのか、なぜか震えが止まらなくなった。
一人きりになった部屋に戻ると、ふぅーっと長い息を吐いて、寝台の乱れた毛布の上に倒れ込むように横になる。
なんだか今日は、いろいろなことがあったわ。
少し疲れちゃった。
そして、そのまま毛布も掛けずに眠ってしまった私は、翌日から本格的に風邪をひいてしまった。
後で、玉子粥を持ってきてくれた女中が、私が寝台の上で震えるようにして眠っているのを見て、また大騒ぎになったらしいが、よく覚えていない。
熱を出してしまった私は、あれから二日も寝込んで、ようやく起き上がれるようになる。
まだ咳が続く間は、藤孝様やお義父様に風邪をうつしては、いけないからと、食事も自分の部屋に運んでもらい、皆様とは別々に食べた。
この一週間、雪隠(※トイレのこと)へ行く以外は、自室からほとんど出ないで過ごす。
あぁ、なんて質の悪い風邪だったのかしら?
結婚してから、身体を動かすこともめっきり少なくなっていたから、きっと身体が弱っていたんだわ。
ようやくほとんど咳も出なくなり、すっかり良くなった。
私は八日ぶりに藤孝様に会えるのを楽しみにして、いつものように部屋の窓辺で学校からお帰りになるのを待った。
華やかな刺繍が入った半襟を胸元にのぞかせ、花模様の地紋が入った綸子で仕立てた、ちょっと上等な小紋(※普段着の格だが、よそ行きになるような着物)を着ておしゃれする。
早く、藤孝様帰って来ないかしら?
今日こそは、あの続きを……。
私は思わずにやけてくる顔を抑え、先ほどから少し重い感じのするお腹をさすりながら、お小水(※小便)に向かった。
雪隠の中で、私は絶望し、声が出る。
「えぇ……これじゃあ、血まみれになるから、何もできないじゃないの」
なんで今日、月のモノ(※生理のこと)が来るのかしら。
せっかく久しぶりに藤孝様に会えるのにっ。
自分の身体を忌々しく思いながら、処理をして、自室に戻ろうとすると、玄関の方から藤孝様がお戻りになった音がした。
私は一気に顔をほころばせ、スリッパで階段を駆け下りる。
「お帰りなさいませっ。藤孝様っ」
女中や、使用人が数多く並ぶ中、私は抱きつきたい気持ちを抑えて、藤孝様の前に出た。
