🌸娘ちゃん「宿題」とたたかう
娘ちゃんは小学校3年生の時に特別支援学級転校を決めました。
転校を決めたきっかけはこちらの記事にも。
小学生にとって欠かせない宿題。
普通級でなく、特別支援級に転校したきっかけのひとつでもあります。
きょうは、娘ちゃんと普通学級の宿題のエピソードを書きたいと思います。
宿題はやらなければいけない
ASDの特徴がある娘ちゃんにとって普通級の集団授業はとてもわかりずらかったと思います。
それでも低学年の頃は、みんなが漢字も計算もはじめてのスタートだったから、先生の教え方も丁寧で、宿題も学童に行ってる間に終わるかわいいものでした。
わたしが仕事から帰ると
「ママ〜、宿題やったよ〜」
娘ちゃんがみせてきて、やってある宿題をひろげてわからなかったところや間違ったところをわたしが教えていました。
しかし、
3年生になるといよいよ授業スピードにもついていけず、
わからないままどんどん先にすすんでいるため
当然、宿題も自分の力ではできなくなっていました。
宿題の量も娘ちゃんにとってはとても多いのと、もうドリルのどこが宿題かもわかっていませんでした。
「わかんないから、やんない」
「わかんないから、ま、いっか」
宿題なんていーやーと、放って遊んだり気を紛らわすことができたらまだよかったのですが
(よくはないけど、ココロ的には)
「まあ、いっか」がなかなかできない娘ちゃん。
宿題はやらなきゃいけないもの。
やらなきゃやらなきゃでもわかんないの連続だったようです。
わたしが帰宅するといつも
宿題はテーブルの上に広げられていて
「ママとやる」
その状態でわたしの帰りを待っているという状況が続きました。
夕飯と宿題と格闘する母親と
当時はまだわたしが、発達障害ということばも知らなかったので普通に普通学級に入学しましたが
娘ちゃんはこのときまで学校で本当に頑張ってすごしていたんだと思います。
だからわたしが帰宅してからの時間は、娘ちゃんのペースで勉強を教われる大切な時間だったのだと思います。
そんなある日
仕事帰り夕飯の買い物をして帰宅すると
いつものようにテーブルには宿題と娘ちゃんがいました。
ガサガサ買ってきた材料をカウンターに並べながら
わたしは早く夕飯をつくらないとと急いでいました。
「また宿題終わってないの?なんでそんな時間かかんのよー」
「わかんないからママをまってたの。」
「後で見るからとりあえずご飯にしよう!」
夕食後お風呂に入るまでずっと宿題。
みてみると、わかんないところも何がわかんないかも
なんか全部わかっていなかった。
とくに算数は何回やってもわからなくて
わたしもプロではないので
感情を抑えながら教えるのがとても大変でした。
やっと算数が終わったらもう夜の10時をまわり、
わたしもくたくたになっていたところ、まだ漢字もあるなんて言われたから
「もういいよー、やんなくて。寝なよ」
言ってはいけないことを言ってしまった。
わたしの感情にとても敏感な娘ちゃん。
ものすごく悲しい顔をして
すくっと立ち上がり
階段にある窓を開けたかと思うと
「わー-----っつっつっつ」
大きな声を上げました。
わたしはびっくりして
これはヤバいと思いました。
そのあとは泣きながら最後まで漢字ドリルをやっていました。
これは痛かったです。
娘ちゃんをみて、身体が痛くてぴくぴくしました。
「最後までやってえらいね。
がんばったね。」
言ったことを後悔しながら娘ちゃんを抱きしめる。
「宿題はね、やらないといけないんだよ。」
そう言ってすうっと眠ってしまいました。
量はいらない、自信が欲しい
宿題のことはこの次の日に先生に話しました。
みんなに追いつかなくていい、
同じじゃなくていいから
どうか、宿題は1ページにしてほしい。
1ページをしっかりやって答え合わせをして、大きく〇をつけてあげたい。
娘ちゃんにはできるという自信をつけてほしかったのです。
だって、ゆっくりやればちゃんとできるのだから。
先生はすぐに娘ちゃん用に、ページ数を減らした宿題メモを渡してくれました。
宿題のほかにも
このとき娘ちゃんは、普通学級での日々でピーンとはりつめていた糸がだんだんほつれてきていた時期でした。
学校のカウンセラーの先生にも相談して、発達支援センターのことをききました。
「ま、いっか」ができない娘ちゃん。
わたしも娘ちゃんのことは
「ま、いっか」というわけにはいかない。
支援センターで、発達障害ということばや、ASDという娘ちゃんの特徴とぴったり合ったことばに出会いました。
ここから転校までの私の行動はとてもはやかったです。
特別支援学級の宿題
特別支援学級は少人数で、学年で決めつけず、ひとりひとりの能力やペースにあった授業をしています。
宿題も日記やプリントが中心で、範囲やゴールがわかりやすく、娘ちゃんは帰ってきて真っ先に宿題を終わらせます。
私が帰宅すると自信たっぷりに宿題をみせて、わたしは日記を読みます。
語彙も増えて、書きたい漢字は自分で調べて書くようになりました。
普通級では、習っていない漢字は使ってはいけないという訳わからない決まりがあったから。
日記も今日あったこととか飽きてしまうものではなくて
お題目を皆で順番に考えるシステムでとても楽しみながら書いていました。
中学もそのまま特別支援学級へ入学して、今も毎日元気に通っています。
これからの不安
学校が嫌になる前に思い切って特別支援学級に入ってよかったと今もほんとに思います。
だけど正直、3年間という普通学級と同じ期間で高校進学のことを決めなければならない現実にいま戸惑いがあります。
ゆっくり成長していく子が多いので、特別支援学級は6年制とかになってほしいなとお母さんたちとよく話しています。
しかし残念ながら進路は3年の間に決めなくてはなりません。
特別支援学級の子の進路は多岐にわたります。
娘ちゃんは軽度知的障害にあたるので
かなり選択に迷います。
職業訓練のような、卒業後の就業に特化した特別支援学校 (高卒資格なし)
通信制高校
チャレンジスクールやサポート校
都立私立高校
特別支援学級は普通級のような内申点がないので、
都立や私立の普通学級の受験はとても大変。。。
高卒の資格はとりたいけれど
学校にいくのが好きな娘ちゃんが通信制高校。。。
でも学校がスキなのは特別支援学級に入ったからであって、
やっぱり高校も特別支援学校がいいのか。でも高卒にならないし。。。
中学を卒業してすぐに就業訓練、その後すぐ就職というのも
なんとなく抵抗感。。。
うーん。。
何かいてるかわからなくなるほど
いろいろな選択肢があって迷います。
わたしは、ただただ娘ちゃんらしさを、笑顔を守っていきたい。
学校を、自分をスキでいつづけてほしい。
できないことを見つめて、それをなくしていくというより
得意なこと、好きなことをたくさん見つけて
いっぱい笑える環境で生きて行ってほしい。
せっぱつまってきましたが
いろいろ考えていきたいと思います。
進路のことは
またnoteで書いていきたいです。
最後までお読みいただきありがとうございました🌸
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