✨ソアラと記憶の森
「ママ、いってくるね。」
ソアラは今日も学校に行きました。
鞄には、ママが買ってくれたふわふわ猫のキーホルダーがぷらぷら揺れています。
先生に「おはようございます」といって、
友達ともたのしくおしゃべりをしています。
最近ソアラには困っていることがあります。突然、こころがざわっとしてしまうのです。
授業をする先生の顔と一緒に
ひじをついていたのを注意されたときの
先生のこわい顔が見えるんです。
黒板に向いて何か言っている先生の声よりも
あの時のこわい声がはっきりと大きくなるんです。
友達と話をしていても
友達が「うるさい」と言って背を向けるのが見えるんです。
いま友達はこっちをむいて笑顔で話をしてるのに
背を向けられたあの時の
悲しい気持ちがこみあげて
涙がこぼれてくるのです。
「どうして、泣いているの?」
「なんか、あったの?」
先生も、みんなも、
心配そうにのぞき込んできます。
いま先生は怒ってないし
いま友達も怒ってない。
わかってる、わかってるけど
どうしても、涙がこぼれます。
なんていえばいいのかわかりません。
きいてこないで、放っておいて。
なんでかって、言いたくない。
みんなに「へんな子」って思われる。
この涙はとくに意味はないのです。
だって、「いまのこと」ではないのです。
でも、悲しい気持ちは「いま」なのです。
なんていえばいいのか、わかりません。
なんで、怒ってるの?
頭の中にある悲しい場面がいま目の前に見えてます。
かなしい。さみしい。
でも、いまじゃないじゃん、へんな子。
ソアラはことばを飲み込んで、
泣かないように、感じないように
ひとりで我慢して、ふわふわの猫をなでていました。
放課後、いつもの帰り道を歩いていると
鞄にふわふわ猫がいないことに気が付きました。
「どこで落としちゃったんだろう。」
ソアラは来た道を戻ります。
足元を見ながら歩いていたら、なかなか学校にたどり着きません。
ふわっと風が吹いて、花の香りがしました。
ふと顔を上げると、ソアラはあたり一面木が生い茂る森の中に立っていました。
そこはふしぎな森でした。
しんとした木の間に、まるく光るつぶがうかんでいて、ひとつひとつの光の中に、見たことのある顔や、聞いたことのある声が、ゆらゆらとゆれているのです。
「あ」
肘をついたときに怖い顔で手を払った先生や
「うるさい」といって背を向けた友達や
速く靴を履きなさいとイライラした声で眉をしかめるママも、泣いてちゃわからない!と大きな声を出しているパパもいます。
そっちの光の玉には、なにか話しながらこっちを眺める人たちもいました。そう、心がざわざわして、勝手にアタマに浮かんでくるあの映像です。
たくさんのソアラの記憶が、光の中にうかんでいたのです。
もちろん、悲しい場面ばかりではありません。
でも、よくざわッと頭から出てきて悲しい気持ちになる場面が、特にくっきりとしっかりと浮かんでいました。
記憶の光に囲まれると、ソアラは足がすくんでしまいました。時間も、順番も、もうわからなくなっています。
ソアラはふわふわ猫が欲しくなりました。
こころがざわざわしてきます。
すると木のあいだから
たたたたたたっと、何かがソアラの方へ走ってきました。
それは、白くてフワフワの毛、ツンと立った耳にくるんと丸まった長い尻尾、ソアラのふわふわ猫にそっくりな、小さな猫でした。
「ぼくをさがしてた?」
小さな猫がしゃべったのでソアラはびっくりしました。
記憶の光がきらきらふわふわ、猫を照らします。
「ぼくはいつも、ここにいるよ。君のことがだいすきだ。だから素敵なものを見せてあげるよ。来てみて!」
ソアラは、小さな猫にそっとついていきました。
ソアラの後を追うように、記憶の光もついてきて
暗い森の奥が、きらきら光に照らされます。
そこには、ひっそりとたたずむ、大きなタンスがありました。
タンスには小さな引き出しが、いくつもいくつもついていて、ひとつずつ、ちがう形、ちがう色をしています。
ソアラの大好きな虹のようで、ソアラはそのタンスがとても気に入りました。
「これはね、君のタンスだ。引き出しに思い出をしまっておくところなんだよ」
猫がふわっと振り返って、言いました。
ソアラは、そっと丸い引き出しを開けました。
「ここに? しまうの?」
猫がふわりとうなずきます。
ソアラは手を伸ばして、そばで浮かんでいる記憶の光をひとつ手に取りました。先生のこわい顔が浮かびます。
ソアラは深く深く息を吸って、ゆっくり吐きました。
「こわかった。でも、いまはちがう」
そう言って、引き出しの中にやさしくしまいました。光が静かに移動します。
となりの四角い引き出しには、背を向けた友達の顔。
「さみしかった。けど、いまは話してる」
そっとしまって、トン、と引き出しを閉めました。
ひとつひとつ引き出しを開けて、ソアラは自分のきもちに名前をつけながら、光と一緒にしまっていきました。
悲しい記憶をしまうたび、タンスはぽうっとあたたかい光を放ちました。
猫はタンスのいちばん上に立って、しっぽをふわふわさせてソアラをずっと見守っています。
引き出しを全部そっと閉め終わると、ソアラは大きく息を吐きました。
胸の奥が、ふんわりあたたかく、軽くなっていました。
ふわふわ猫がタンスの上からぴょんと降りてきて、ソアラと一緒にタンスをながめました。
ふわふわなしっぽがソアラの手にあたります。
ソアラの記憶と気持ちを、全部いっしょに抱きしめたタンスは、暗い森の中でやさしくあたたかい光を放っていました。
「ねえ、ソアラ。悲しいことも、怖かったことも、全部、君の大切な宝物なんだ。悲しいきもちも、こわさもここに一緒にしまっておこう。」
ソアラは虹みたいにふんわり光るタンスに目を奪われながら、猫の声をきいていました。
「ここにしまっておけば大丈夫。もうこころがざわっとすることはないんだ。タンスはいつもここにいるから、思い出したくなったらそうっとのぞいて、またやさしくしまえばいいよね。」
猫の声がふわふわと、心にしみこんできました。
「うん。」
ソアラがそうつぶやくと、ふわふわ猫はうれしそうに目を細めて、タタタタタッとタンスの上にのぼって、のびをしています。
ソアラはくすくす笑って、その景色を大切にしまっておこうと思いました。
気がつくと、ソアラは学校の前に立っていました。
夕方の光が校舎をオレンジ色に染めています。
ふわふわ猫のキーホルダーは、鞄にぷらんと揺れていました。
「ただいま」
家に帰るとソアラは小さな声で言って、ふわふわ猫をなでました。
胸の奥にある、あの虹みたいなタンスに今度はどんな光をしまおうか
ソアラはなんだかわくわくして、明日の時間割をながめました。
最後までお読みいただき、ほんとうにありがとうございました🌸
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