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[#買うときのこだわり ] 買い物を通して味わいとポンコツ性に触れたい

私が何かを買うときのこだわりは、「人間を感じる」ことです。例えば、コンビニではこんな感じです。

(おにぎりと中華丼と炭酸水を買った例)
店員「袋はつけますか?」
私「あ、はーい、そうですねー、つけてください」
店員「980円です」
私「はーい、あー、すいませんね、大きいのしかなくて 一万円でお願いします」
店員「お弁当はあたためますか?」
私「はい、お願いしまーす これ、おにぎりってあたためたほうがおいしいんですかねー?」
店員「(知らねえよ…)じゃあおにぎりもあたためますか?」
私「はい、お願いしまーす」
店員「袋はお分けしますか?」(冷たい炭酸水とあたたかいお弁当を別々にするかということです)
私「あー、大丈夫ですよ 一緒で 全然」
店員「9020円のお返しです」
私「はーい、ありがとうございます どうもー」
店員「レシートはご入り用ですか?」
私「あ、そっかそっか はいどうもー」

どうでしょうか!?機械的に「はい」で答えるのではなく、「あー」だの「そうですねー」だのプラス一言がありますね。なんかちょっと人間感を出したくなってしまうのです。でも普通はうっとおしいのかもしれません。一応、私は声が小さいのでそんなにグイグイくる感じにはなっていないと思うのですが、最低限の「はい」だけ答える客のほうが効率的ですし、そのほうが圧倒的多数ですよね。しかも私は動きも遅いので、場合によってはモタモタします。でもそんな時も頭の中では「う~ん人間感だなあ」などと思っているのです。

https://note.com/yuki1192/m/md2934b407957

こうなった理由の一つは、学生の頃いろいろバイトをしていた時の経験にあります。レジの接客のバイトが多かったのですが、ずっとやってると飽きてしまうのです。なぜなら、当然ながらお客さんも最低限の「はい」だけなので、レジで接客と言ってもやってることは機械と一緒なんですよね。それは自分がレジの側になって初めて気づいたことでした。でもそこで、ムダに絡んでくるおばさんとか、昼間から酒を飲んでいる赤鼻オヤジが来たりすると、ちょっと仕事に「味わい」が出て好きだったのです。オヤジが何か歌いながらレジに来て、「198円です」「ウイ」「2円のお返しです」「アイヨ」みたいなノリに、何ていうか機械的でなくて味わい、つまり人間を感じていたんです。買うという行為に単なる商品とお金の交換だけでなく、それを超えた味わいがあるほうが私は好きでした。

そのあたりは私が変な性格だからだと思います。…が、駄菓子屋を例にとるとピンとくる方もいるのではないでしょうか。子供の頃の我々は、駄菓子を手に入れるだけが駄菓子屋の楽しみではなかったですよね。あの独特の雰囲気だったり、行けば誰か友達がいたり、店番のおばあさんとの絡みだったり…どうだったでしょうか?

https://note.com/yuki1192/n/n660b0d718cec?magazine_key=mf3a1e183c1d5

やっぱりそこに人間を感じていて、単純な商品とお金の交換を超えた味わいがあったと思います。現在、スーパーやホームセンターに駄菓子屋売り場があってもそんなに客がいないのがその証拠だと思うのです。

そして私個人の例で、こういうこともありました。私には昔から買っているジョニースペードというブランドがあります。主に通販で買っています。そして先日も夏物を注文した際、発送で手違いがあったということで、なんと代表の半沢さんがわざわざお電話をかけてきてくれたのです!ビックリ&感激でした。例えるなら、昔から好きで読んでいた漫画の作者から、新刊の表紙で印刷ミスがあってごめんなさいねと電話がかかってきたようなことです。当然ビックリして先生!私子供の頃から先生の漫画のファンで!それで!それで!アワ…アワ…!みたくなっちゃいますよね。45歳の私もそうなりました。

そもそも私がジョニースペードをずっと買っている理由も、そのデザインだけでなく半沢さんの人間を感じているからなのです。ブログがずーっとこまめに更新されていて、そこで半沢さんの考え方だったりちょっと面白い日常が読めるんです。今でいうミュージシャンや漫画家がSNSをやるようなものですね。単に作品だけ提供するよりも、人間を感じるほうが愛着、これまた味わいが生まれるのです。漫画や音楽の「作者で買う」という現象もそれと似た現象ですよね。さらにそこから交流が始まって、ブログで私の紹介までしてくれました!まさに商品とお金の交換を超えた人間としてのやりとりに発展したわけです。これもまた、嬉しい味わいなのです。

http://josp.jugem.jp/

ちょっと脱線しますが、もしこの先AIがスーパー進化して、漫画がキャラクターもストーリーも全自動で作られるようになったとします。そして読者の趣味に完璧に合わせたイケメンor美少女漫画が作られたとします。彼らの愛の言葉はあなたのハートにドドンと刺さります。でもこれはドドンと刺さる「装置」であって、「作品」ではないですよね。人間の作った作品でないとちょっと寂しい気がしませんか?やっぱりどこかで人間を感じたいのではないでしょうか。若者言葉で言う「エモい」にも通じる気がします。私が買い物に人間を感じたいのもそれと似ています。

さらにもう一つ、私が人間を感じたくなる理由に「ポンコツ性に触れたい」というものがあります。これも一種の味わいです。例えば昼から酒を飲んでる赤鼻オヤジは、100円しか持っていないのに200円くらいのビールをレジに持ってきたりします。ポンコツですよね。駄菓子屋のおばあさんはお菓子の値段を把握してなかったりします。ポンコツですよね。でもそれがたまらなく好きだったのです。なぜなら私も同じだからです。レジで「あっサイフ忘れた」はよくありました。手がプルプルして小銭もよく落とします。そしてあなたもどうでしょうか?ちょっとした間違いなんてよくありますよね。つまりみんなポンコツ性を持っているわけです。そして他者のポンコツ性に触れることで、ああみんなそんなもんだなと、自分にも他人にも優しくなれるのではないでしょうか。現代は他人のミスに厳しい時代です。みんなポンコツ性を持っているのにそれを出してはいけないという空気感があります。「これが出来た」よりも「これが出来なかった」が注目されます。すると必要以上に自己嫌悪したり、ポンコツメンに対してイライラしちゃうと思うのです。それは人間が嫌いになるということですよね。悲しいことです。

https://note.com/yuki1192/n/n2fe9f860ea72?magazine_key=m83ac0d58f5d0

特に私は人一倍ボーっとしていたので、現代に生まれていたら生き残れなかっただろうなあとよく思います。以前うつ病になってしまった時のことも漫画にしていましたが、この原因の一つは、ミスに厳しくなった世の中に対応しきれなかったからな気もするのです。

https://note.com/yuki1192/m/mf3a1e183c1d5
https://note.com/yuki1192/m/mc91e32b10c3b

ポンコツの反対は「正確」とか「効率的」だと思います。でも人間はそもそもの作りが不正確で非効率的ですよね。ちょっとクーラーが強いとおなかが痛くなったり、ちょっと考え事があると眠れなかったりします。栄養を摂取するという基本の行動ですら、誰かが収穫して塩分や熱で加工した食品を口でモグモグやってさらにそこから内臓を何時間も経由しないと体に取り込まれないのです。植物の光合成のほうが効率的ですよね。なので人間はポンコツありきのほうが絶対自然です。買い物という日常的な行動で「人間を感じる」を意識することで、いろんなことが「味わい」と感じられるようになると、世の中がもっと優しくなるのかなとよく思います。


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