「学べば仕事になる」_講座を修了しても、仕事は始まらなかった
「これを習得すれば仕事になるはず」
これまで何かを学ぶときには、ほとんどいつもそう思ってた。
ただ面白そうだから習ってみたい、趣味として楽しみたい、というより、その先には仕事があった。
着付けを習ったのも、カメラを学んだのも、Webライティングを学んだのも、ITの勉強をしたのもそうだった。
時間も使ったし、お金も使った。
だから当然、その先には「仕事になる」があるものと思っていた。
ところが、振り返ってみると、大きな声で「仕事になった」と言えるのは着付けくらい。
この違いはなんだろう。
最近、ようやく分かってきたことは
着付けだけは仕事になるところまで道があった
他装着付けを習い始めてから、他人に着せる仕事を始めるまでの期間はかなり短かった。
もちろん技術を習ったことも大きい。
でも今になって振り返ると、仕事になった理由は技術だけではなかった。
受講していた講座には、その先に「仕事をする場所」が用意されていた。
技術を身につけたら、ネット上の商店街へ出店する。そこでお客様に見つけてもらい、依頼を受けて、実際にサービスを提供する。
つまり講座の中に、学ぶところだけではなく、マネタイズするところまでの導線があった。
自分でゼロから「さて、どうやってお客様を見つけよう」と考えなくても、仕事を始めるところまで乗せてもらえてた。
これは、かなり大きかったんだと思う。
一方で、その後に受けてきた講座には、同じような期待をしていた。
これを習得すれば仕事になるはず。仕事につながると思ってたけど、そうはならなかった。
習得したら仕事になるわけではなかった
たとえばITを学んだときには、仕事につながることも期待していた。
実際に学んでみると、「こういうツールがあります。あとは自分でやってみて」というところで終わることも多かった。
仕事も回ってくる予定だった。
ところが期待していたほど仕事が来るわけでもなく、その仕組み自体が続かなかったものもある。
相性の問題もあった。
仕事をするなら、何をするかだけではなく、誰とするかも大切で、こちらから離れたものもある。
それでも、ずっとどこかに引っかかっていた。
「仕事にするつもりで学んだのに、結局仕事にならないな」
Webライティングもそうだった。
じつは、文章を書くことそのものにワクワクするわけではなかったから、Webライターとしてひたすら案件をこなす未来はあまり想像できなかった。
それでも今、noteを書いたりSNSで発信したりしていると、文章で伝える力は必要だと何度も思う。
ITの勉強も、そこで直接仕事が生まれたわけではないけれど、ITパスポートを取得するまで勉強したことで、Web3の話を聞いたときにも知っている言葉があった。AIが身近になったときも、比較的すんなり入れた。
何にもなっていないわけではない。
でも、ここで「全部今につながっているから、無駄じゃなかった」で終わらせるのも違う。
仕事にするつもりで時間とお金を使ったのなら、できれば仕事として価値に変えたい。
ひとりで事業を続けていくなら、そのくらいの意識は持っていたい。
足りなかったのは、スキルではなくその先だった
着付けと、それ以外の違いを考えていて気づいた。
講座を修了した地点は、仕事の完成地点ではなかった。
材料を手に入れた地点だった。
そこから、その技術を誰の何に使うのかを考えなくてはいけない。
サービスとしてどこを切り出すのか
いくらにするのか
どうやって知ってもらうのか
実際に買ってもらえるのか
提供してみて何を直すのか
この工程は、講座を修了したからといって自動では起こらない。
今考えれば当たり前なのに、どこかで「習得すれば仕事になる」と思っていた。
着付けでは、たまたまその先まで伴走してもらえていた。
だから仕事になったんだ…
それ以外では、その橋を自分で架ける必要があった。
そのことに、ずいぶん長い間気づいていなかった。
「まずやってみる」が、なかなかできない
ここでまた別の問題が出てくる。
「そんなこと考えてないで、とりあえず売ってみればいいじゃん」
と言われたら、その通りなのかもしれない。
実際、考えるより先に動ける人がいる。
面白そうなら始める。商品を作ったら売る。ダメだったら変える。
そのスピード感で成功している人がたくさんいる。
これがなかなかできないんだな…。
軽い気持ちで文化祭の出し物を決めるみたいに、次々と「これやります!」と言うことに抵抗がある。
それ、本当にやるの?
誰に必要なの?
続けるつもりあるの?
考えなしに始めてない?
そんなことを先に考えてしまう。
ウェルスダイナミクスという診断を受けたことがある。
それでいうと私は「テンポ」という特性。
「テンポ」には慎重に周囲を見て、現実的に考える特性がある。
その性質があるからこそできることもある一方で、
仕事を作る場面では「考えているうちに動けなくなる」にもなりやすい。
一方で、思いついたものをどんどん形にしていく人を見ると、
「そんな感じで始めていいの?」と思う。
なのに、そういう人がちゃんと成功している。
なんなの?とも思う。
慎重さを全部捨てて、考えるより先に動く人になりたいわけではない。
でも、考えることを理由にして動かなければ、仕事にはならない。
この間をどう埋めるのか。これからの課題だと思う。
このnoteだって、お金になるかは分からない
月30万円を目標にしているなら、もっと直接的に売上を作る方法はある。
たとえば公式LINEの構築サービスは、すでに提供できる。
だったら、それを必要としている人を探して営業した方が、売上までの距離は近い。
でも、どうしてもそこだけに気持ちを持っていけない。
今このnoteを書いていることだって、直接的なアプローチではない。
この記事を書いたからといって、明日売上が立つわけでもない。
それでも書いているのは、
売上から逃げるためではなく、
自分が何を仕事として積み上げていくのか、
その軸を作りたいから。
ここを飛ばして「今売れそうなもの」を選んだら、また外から与えられた正解に乗っかるだけになる気がしている。
これまで「これを学べば仕事になる」と言われて学んできた。
今度は「これを売れば稼げる」と言われたものを売るのか。
それでは、やっていることの構造があまり変わらない。
だから今、一度立ち止まって、これまで身につけてきたものを見直している。
何ができるのか。
何なら人の役に立てるのか。
何を仕事として続けたいのか。
そして、どうすればそれを実際の売上まで持っていけるのか。
このnoteを書くこと自体が、そのためのアウトプットになっている。
ただし、「自分を見つめ直しています」を、いつまでも売らない理由にはしたくない。
考えた先では、ちゃんと世の中に出してみる。
そこまでやって初めて、この実験には意味がある。
新しい講座を探すのは、いったんやめる
これまでを棚卸ししてみると、材料はもうかなり持っている。
着付けもある。カメラもある。WebライティングもITもAIもある。会社員時代に身につけた仕事の進め方や問題解決の考え方だってある。
それなのに、新しいことを知るたびに「これも勉強した方がいいかも」と追加していったら、いつまで経っても材料を集めているだけになる。
だから当分、新しい講座に申し込むのはやめようと思っている。
学ぶことをやめるわけではない。
むしろAIも暗号資産もWeb3もSNSも、これから学び続けたいことはたくさんある。
今は、すでに利用しているサービスの中にも追加料金なしで学べる環境がある。新しい講座を買う前に、まず持っている環境を使い切ってみたい。
これまでの順番は、
学ぶ → 習得する → 何か仕事にならないか考える
これからは逆にしてみる。
まず使う。仕事にしてみる。足りないものが出てきたら、そのために学ぶ。
学びを止めるのではなく、学びと実践の順番を変える。
次に必要なのは「追加」ではなく「編集」
いろいろなことをやってきたせいで、長い間「結局何者にもなれていない」と感じていた。
ただ今は、少し見方が変わっている。
足りないから仕事にならなかったのではなく、持っているものを仕事として編集する工程が抜けていただけなのかもしれない。
パンを習ったからパン教室をしなければならないわけではない。
ITを学んだからIT講師になる必要もない。
Webライティングを学んだからWebライターにならなくてもいい。
それぞれの経験をどう組み合わせたら、自分だからできる仕事になるのか。
そこを考えて、実際に値段をつけて、世の中に出してみる。
Life Experience Labでやりたい実験が、少しずつ具体的になってきた。
第2回では、「これくらい誰でもできる」と思っていた能力の中にも、仕事になるものがあるのではないかと考えた。
今回は、これまで学んできたものを見直してみた。
次にやることも、だんだん見えてきた。
もう少し勉強してから、ではなく、今持っているもので一度仕事を作ってみる。
そこで何が売れて、何が売れないのか。
月30万円という目標に、本当に近づいていけるのか。
考えるだけで終わらないところまで、ここでやってみようと思う。

