ASD(自閉スペクトラム症)について 大人になって氣づくこと、とくに女性が見過ごされやすい理由と、これからの工夫
「子どものころから、なんとなく生きづらかった」 「がんばっているのに、人間関係でいつも疲れてしまう」
そんな思いを抱えながら、大人になってから ASD(自閉スペクトラム症)に氣づく方が、近年とても増えています。
今日は、特に「大人のASD」と「女性のASD」に焦点をあてながら、そして何より、明日から少し楽になるための工夫について、丁寧にお話ししていきたいと思います。
ASDは「自閉スペクトラム症」の略です。
スペクトラム(連続体)という名のとおり、特性の現れ方はひとりひとり違い、はっきりとした境界線があるわけではなく、グラデーションのように広がっています。だからこそ「自分はどっちなんだろう」と迷う方が多いのも、自然なことなのです。
かつては「ASD=子どもの発達の問題」と考えられていました。けれど実際には、知的な遅れがなく、まわりに合わせる力があった方ほど、子どものころには氣づかれにくかったのです。
子どもの世界は、ある意味でルールがシンプルです。先生が指示をくれて、時間割が決まっていて、やることがはっきりしている。けれど大人になると、仕事・結婚・子育てなど「求められる役割」が一氣に増え、しかもそのどれもが「察すること」「臨機応変であること」を求めてきます。
これまでなんとか保ってきたバランスが、ここで崩れます。
たとえば、職場で複数の業務を同時に任されたとき。
子育てで予測できないことが次々起こるとき。
多くの方が、このタイミングではじめて「生きづらさ」を強く自覚し、相談につながっていかれます。
決して「急に発症した」のではなく、求められるものが、その人の特性のキャパシティを超えてしまった、という見方が近いように思います。
女性のASDが見過ごされやすい、3つの理由
ASDはこれまで、主に男児・男性を中心に研究されてきました。そのため、女性特有の現れ方が「診断の物差し」からこぼれ落ちやすかったのです。
代表的な理由を3つ、お話しします。
一つ目は、カモフラージュ(擬態)が上手なこと。
多くの女性は、幼いころから人の表情や言い方をよく観察し、「ふつうに見えるよう」必死に演じます。雑談に相槌を打ち、笑うべきところで笑い、場の空気に合わせる。その努力ゆえに、外からは「適応できている人」に見えてしまい、内側でどれほど消耗しているかが気づかれにくいのです。
二つ目は、こだわりや強い興味が「目立ちにくい」分野に向くこと。
電車の時刻表や昆虫の図鑑のような、いかにも「特性らしい」対象ではなく、アイドル、小説、漫画、ファッション、あるいは特定の人間関係など、一見「ふつうの趣味」に見えるものに、人並み外れた集中と情熱を注ぐことがあります。情熱の強さは同じでも、対象が周囲に「らしく」映らないため、見逃されやすいのです。
三つ目は、「内向的でおとなしい子」と片づけられてしまうこと。
困りごとが、暴れる・飛び出すといった行動ではなく、不安、抑うつ、摂食の悩み、自己否定といった「内側」に向かいやすいため、ASDそのものではなく、別の問題として扱われてしまうことが少なくありません。
この「ふつうに見えるよう演じ続けること」を、近年の研究では camouflaging(カモフラージュ)と呼びます。一見すると上手な適応に見えますが、これには大きな代償があります。
本来の自分を抑え、常に周囲に合わせ続けることは、想像以上にエネルギーを消費します。
慢性的な疲労、不安、抑うつ、そして「本当の自分がどこにいるのか、わからない」という空虚感につながりやすいのです。
女性のASDが、うつ病や不安症と診断された「後で」ようやく氣づかれるケースが多いのは、こうした背景があるからだと私は思っています。
「障害」ではなく「特性」という見方
ここで、大切なことをお伝えさせてください。
ASDは、脳の情報処理のスタイルが、多数派と少し異なるといういう状態です。
見ている景色は同じでも、受け取り方や感じ方が違う。
音が大きく聞こえすぎたり、相手の言葉を文字どおりに受け取ったり、変化に強く動揺したりすることは、「弱さ」ではなく、感受性のかたちの違いです。
だからこそ、深い集中力、誠実さ、嘘のなさ、独自の感性といった、その人ならではの豊かさも、同じ源から生まれています。
特性は、生きづらさの源であると同時に、その人の魅力の源でもあるのです。
これから、少し楽になるための工夫
ここからが、今日いちばんお伝えしたい部分です。診断のあるなしにかかわらず、明日から取り入れられる工夫を、いくつかお話しします。
まず、「疲れの正体」に名前をつけること。
私たちは、原因のわからない疲れにいちばん消耗します。
例えば…
「人と会うと疲れる」→「複数人での雑談が特に消耗する」
「だらしないから片づかない」→「手順が多い作業の段取りが苦手」
このように、漠然とした自己否定を、具体的な言葉に置き換えていきますと「自分が悪いのではなかった」と、少し呼吸が楽になり氣もちも軽くなると思います。
次に、回復の時間を「予定」として確保することです。
カモフラージュをしている方は、人と会ったあとに必ずエネルギーを大量に消費しています。だから、予定と予定のあいだに、何もしない時間を意識的に挟んでください。
「がんばったあとは休む」ではなく、「休むことを、最初から予定に組み込む」。これは怠けではなく、自分の特性に合わせた、立派なセルフケアです。
そして、環境のほうを調整することも、とても有効です。
私たちはつい「自分が変わらなければ」と思いがちですが、実は環境を少し変えるだけで、ぐっと楽になることが沢山あります。
たとえば、感覚が敏感な方なら、イヤーマフやノイズキャンセリングのイヤホンで音の刺激を減らします。
照明がまぶしければ、明るさを落としていきます。
職場では、口頭ではなく文章で指示をもらえるよう相談してみます。
「予定が変わると混乱する」なら、変更があったときに早めに教えてもらえるようお願いをします。
自分を世界に無理やり合わせるのではなく、自分が過ごしやすいように環境を整える、という発想です。
さらに、マルチタスクを手放す工夫も役立ちます。
複数のことを同時に処理するのが苦手なら、無理に同時にやろうとせず、ひとつずつ順番に片づけられるよう、タスクを書き出して見える化します。
頭の中だけで段取りを組もうとすると混乱しやすいので、紙やアプリに「外」へ出してあげます。
これだけでも、頭の中の負荷が少し軽くなるかと思います。
最後に、「安心して素でいられる関係」を、ひとつでも持つこと。
すべての人の前で演じる必要はありません。
たった一人でも、取り繕わずにいられる相手、例えば家族でも、友人でも、支援者でも、誰かがいると、人は本当に楽になります。
カモフラージュをゼロにはできなくても、「ここでは素のままでいい」という場所があるだけで、心の回復力はまったく変わってきます。
もし、思いあたることがあったら、「もしかして……」と感じたとき、まず大切にしてほしいのは、自分を責めないことです。
これまで生きづらさを抱えながら、人に合わせ、なんとかやってきたあなたは、もう十分すぎるほど頑張ってこられたと思います。
診断は、あなたを「枠」にはめるものではなく、自分を理解し、生きやすくするための地図のようなものだと思います。
氣になる場合は、まず信頼できる医療機関や相談窓口に(精神科・心療内科、お住まいの地域の発達障害者支援センター、心理相談など)、これまでの困りごとをメモにして持っていくと、話がスムーズに進みやすいと思います。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
この記事が、あなた自身のためでも、大切な誰かを理解するためでも、少しでもお役に立てたらうれしいです。






※この記事は、公認心理師・看護師の立場から、一般的な情報をお伝えするものです。診断や治療については、必ず医療機関にご相談ください。記事の内容はあくまでも参考情報であり、個別の症状や状況によって異なります。
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