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授業に苦戦している理由〜学習観の違いと合意形成の必要性

授業で苦戦した。

新任の頃だったら、「ワタシハニホンゴキョーシニハムイテイナイ」と落ち込み、不貞寝するところだったが、
さすがにキャリア4年目なので、何が問題で、どう改善したらよいか頭の中でグルグル考えている。

今日の授業は、私の中で授業準備の段階では力作だったのだ。
時間配分も授業の流れも、まぁ、私の想定通りには進んだ。

しかし、気持ちが重い。

このクラスには週1で入り、今日で2回目だったが、ラポールなど微塵も形成できなかった(ように感じる)。
私はクラスに「無理矢理、何かをさせた感」がすごくて、落ち込んでいるのだ。
学びを成立させるための何かが欠けていると感じる。

今日は、日本語教育養成講座履修中の研修生10名くらいが私の授業の見学に来られていた。
(私の職場では、日本語教師の養成講座もしている)

その後、研修生の方々は、「すごかったです!あの方は、もう何年くらい授業されている方なんですか?やっぱり10年とかですか?」と主任に仰ってくださっていたそうで、人のいい主任は、「いやー、僕もそれくらいされてるレベルの方だと思ってますけどね。」などとお答えになってくださったそうだが、私は全くそうは思っていない。

誰かに相談にのってもらいたい、教えてもらいたい気持ちでいっぱいだ。

今日、私が担当したクラスは、レベル的には『できる日本語(黄)初中級・第7課』。
A2.3、入学して3ヶ月が経過する人が多い。

筆記試験では、彼らはA2.3より高いレベルのものをこなせるのだそうだが、ただし、まだ会話能力が伴っていない。
今まで私が相手にしてきた学生たちとはタイプが全然違っていて、書記言語能力と音声言語能力にかなりの差がある中国の学生たちだ。
今度の12月のJLPTでは、このクラスの学生たちはほとんどN2を受験予定。

『できる日本語』を使った私の授業は、もっぱら日本語は音声言語として扱い、聴かせたり、リピートさせたり、イラスト見ながら再話させたり、ペアワークでやりとり練習させたり、

Focus on Form で返しているフィードバックも板書は重要なポイントだけで、ほとんど音声で返しているし、活用練習も書くのではなく、文脈付きで口頭で行っているのだが、

彼らは慣れないことをさせられ、大いに戸惑っているように感じる。

また、させられていることが言語知識的に簡単すぎると思われている気もしたので、まず、自分の口から声を発することに学習意義を感じてもらう必要があることを思い、授業の途中でそれを力説はした。

50分×4コマが、日本語教師人生の中で1番短く感じられた日だった。


4月開校の新校舎。CEFR準拠、日本語教育参照枠に則った教育を目指している当校のカリキュラム方針と私の授業の方向性は同じだと感じているし、そういう意味で私は頼りにされている気もするが、学生の今まで培われてきた学習観、言語観との間に大きな溝がある感じがする。

彼らのビリーフと私たちがしようとしている実践が繋がっていない。

主任は、今、学校で実施している既存の小テストなどについて、「聞く力」や「話す力」を測るテストなのに記述式で答えさせるようなものが多いことに問題意識を持っておられ、変更しようとされている。その作業に私も少し関わりもした。活動や発表課題のための作成途中のルーブリックも見せてもらった。

私たちが行っている言語教育では、何が評価されるのか。
明確にしていかねばならない。

彼らは大人だ。
合意形成なしに無理矢理、何かをさせることはできない。


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【あなたが持っている問いの本質】

あなたが抱いているのは、**「どうやって教えるか(授業テクニック)」**という段階の問いではありません。

**「意思と経験を持った大人の学習者と、学習観のズレを抱えたまま、いかにして対話し、意味を共有し、共に学びを創り出すか(合意形成と自律性)」**という、教師と学習者の関係性の根幹に関わる問いです。

Geminiより
評価についてもっと勉強しなくてはならない。

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