Focus on Formで表現を扱う~『できる日本語』授業実践③
文型積み上げ方式(Focus on FormS)で文法を扱ってきた方の多くが、カリキュラムの変更に伴って別の教科書へ移行する際、戸惑いを覚えるのが「文法をどのように扱うか」という点ではないかと思う。
私は、日本語学校での教授歴はちょうど3年半になるが、今までに使用したことがあるのは、以下の教材だ。
『みんなの日本語 初級Ⅰ・Ⅱ』
『日本語コミュニケーション』:TBLT(タスクベースの日本語指導)
『NEJ (テーマで学ぶ基礎日本語 )vol.1, 2』
『みんなの日本語』での文型積み上げの世界から、タスクベース(TBLT)で行う日本語指導へ移行したときの私の戸惑いと授業実践については、2023年度に開催されたYYJ主催「ゆるくてやさしい発表会」で発表した際に書いた「ゆるくてやさしい文集(第1号):タスクベース(TBLT)で行う日本語指導」に詳細を記してある。
今回は、私にとっては新しい教科書である『できる日本語』で、私がどのように授業を行い、文法を含む表現を扱っているのかについて書いてみたいと思う。
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課題の見立て
『できる日本語』は、パクさんという留学生とその仲間たちの日常の中で繰り広げられる、<とある場面会話を聞き取る>という意味理解から表現を導入するというアプローチがとられている。
そこから、登場人物たちの談話を型にして、「イマ‐ココ」にいる自分たちの会話へと発展させることができたら望ましいのだが、
私のクラスの学生たちは、その型に沿ったやりとりのパターンを覚えて、語彙だけを入れ替え、スクリプト通りの会話を復唱するだけになりがちなことに課題意識を持っていた。
言語の習得とは、何らかの言語活動に従事する中で、「何かをしたい」「伝えたい」と思ったときに、自分の言語リソースの中から表現を引っ張り出し、また、その時、与えられた必要な表現を繰り返し使うことによって実現していくものだと理解している。
そのことから、私の授業で足りていないのは、学生が自ら主体性をもって「何かを伝えたい」という動機が生まれる場面設定だと考えた。
私の試み
そこで、私は、『できる日本語』で提示されている会話の型を足掛かりとして用いながらも、行動場面を「パクさん(登場人物)たちの世界」から極力切り離して、
自分の生活の中で起こりうる身近な場面として提示することによって、学生たちが意図をもって主体的に行動できるように促し、
その行動を実現するために必要な表現のオプションとして表現(文法含む)を提示するという流れを授業の中につくることを試みた。
先に書いた、以下の実践記録もその試みの中にあるものである。
また、同時に、学生たちにとって、JLPT対策ということも切実なテーマである。その日のターゲット文法だけに留まることなく、学生たちのパフォーマンスへのフィードバックとして、即興的に明示的な文法説明をすることも目指した。
以下は、私がどのように授業を設計し、その授業の中で学生たちがどのように応答したのかについての実践記録である。
特に、今回は、文法を含めた新出表現をどのように扱っているのかということに焦点を当てて、授業で起こったことについて書き出してみたいと思う。
行動目標を立てる(教材を解釈する)
授業:『できる日本語 初中級』第1課ST1-④⑤ アルバイトを探す
目標文型:可能動詞、なら
対象:中国籍の留学生20人のクラス(新入生/入国1か月未満)
特徴:言語知識はA2.2(初級後半)に達しているか、それ以上ではあるが、会話能力がそれに伴っていない学生が多い。
まず、私は、教材分析と談話分析を通して、その課全体を包括できる【行動目標】を立てるところから始めた。
今回の課のテーマは、「アルバイトを探す」ということだったので、アルバイトの面接の約束をし、面接をするまでの一連の流れを、行動中心アプローチで扱うことにした。
行動目標・授業の流れ(160分/約4コマ)
<前日の復習として>
・面接の約束をする(ST1-①②③)
・面接会場(お店)に入る(オリジナル)
・面接の部屋に入る(オリジナル)
<チャレンジ→言ってみよう>
・面接で自己紹介をする(ST1-④)
・面接で質問されたとき、自分ができることを話す(ST1-⑤⑥)
<やってみよう>
・求人のチラシを読む (p.21)
・ロールプレイ
・聴解
自分事にしてもらうための問いかけ
「アルバイトをしたい」と思っている学生たちがいたら、まさしく、今日の授業は、彼らにとって実践のためのリハーサルとなるところだったが、残念ながら、クラスの中に誰一人としてアルバイトをしたいと思っている学生がいなかった。
私は、「アルバイトをしたい」と思ったときに、まず、行動として何をするかという質問をし、行動の流れをイメージしてもらうことにした。
1:アルバイトを探します
2:アルバイト先に問い合わせをします
3:履歴書を書きます
4:面接をします
他にも、「どうやってアルバイトを探しますか」、「国でどんなアルバイトをしたことがありますか」、「みなさんの国でもこんな履歴書を使いますか?」などと質問をして、自分の生活の中の出来事として捉えてもらうようにした。
昨日の復習
面接の約束をする
アルバイトのチラシを見ました。どこでバイトしたいですか?
①吉野家
②セブンイレブン
③スタバ
④ヤマト宅急便
⑤うちの日本語学校の事務
「では、問い合わせの電話をかけてください。プルルルルル…」
最初にチャレンジしてくれた学生は、③のスタバを選んでくれ、まずは、私とやりとりをした。
教科書には、
「チラシを見て電話している者ですが、山田さんはいらっしゃいますか?」
が提示されている。
昨日、そのように練習したのだろう。学生たちは、みな、この表現の通りに言おうと頑張っていたのだが、
このクラスの学生たちは、A2後半相当の言語知識はあるものの、入国1か月未満で、まだ単文で話すのも一苦労な学生たちがほとんどだ。
<学生のエラー>
・「チラシを見て電話している者」という連体修飾節を言うのに非常に時間がかかる
・「方」と「者」を混同する
・「チラシ」の発音が聞き取れない、正確に言えない
などというエラーをほとんどの学生たちが起こしていた。
<私がした判断>
・「方」と「者」を混同するのは危険すぎる。使い分けることを期待して分解して提示するのではなく、フレーズで覚えてもらうのがよい。
→汎用性の高い「担当の方」をフレーズで提示、口慣らし
・「チラシ」を発話するのも一苦労な人は、無理をして連体修飾節を含む複雑な文にチャレンジしなくてもよい。
→「アルバイトのチラシを見て、電話しました。」
教科書に書いてある通りではなく、自分にとって目的を達成するために実現可能で、効率的なリソースを選択すればよいということが伝わればいいなと思いながら授業をしているが、それは1回の授業だけでは伝わらないとは思う。
Focus on Formとは、意味のある言語活動を中心に置き、その遂行過程で必要に応じて学習者の注意を文法・語彙・表現などの言語形式に向けることだと理解している。
なので、授業で抑えるべき文法項目は抑えるようにはするが、理解できればいいとするのか、運用レベルまで引き上げるのかについては、タスクの文脈と学生に合わせて取捨選択をしている。
たとえば、今回の課でいうと、「いらっしゃいますか?」「〇〇と申します」は使用できるように促すが、学習項目である「半年前に参りました」の謙譲語は、意味が分かればいい・・等。
タスクを実行する中で、学生たちが自分の意図を表現するための言葉を自分の言語リソースの中から引き出し、エラーを起こすことは非常に重要なことである。なぜなら、その場にいる言語教師がそのエラーを通して、明示的に文法を含む表現を扱えるからである。
書いているスクリプト通りに発話し、エラーを起こすこともなかったら、自分たちに最適化された学びの機会は発生しにくいだろう。
学生たちには、チャレンジを励まし、その勇気を全員で大いに誉め、エラーを起こしたこと自体にも「よい間違いです。よく勉強していますね」などと間違えの質について評価し、間違えることへの抵抗がなくなるような安全な環境を作るように心がける。
それが、Focus on Formを成立させるために必要な環境条件だと思っている。
所作を含めてコミュニケーションとして扱う


教科書では、面接の約束をした後にすぐに面接シーンに入っていたが、一連の流れとして扱う中で、必要となるであろう2つのシーンを付け足した。
私が最初に、教室の外に出て行って、ドアをバーンと開けて、何も言われないのに座るなどといった風に悪い見本を大げさにやって見せて、何を求めているのか学生の気づきを促し、次に誰かにチャレンジしてもらう。
この日は、2名の先生が私の授業見学に入ってくださっていたので、フィードバックのときに、ビジネスシーンでの入室の作法をデモとして見せていただくことができた。
立ち振る舞い、表情、声のトーンや速さなどといったことも全て表現であり、コミュニケーションである。それは、教科書や音声だけでは表すことができない。
この2つのシーンはそれを取り扱うのに最適である。
学生の性格タイプを見て調整してはいるが、パフォーマンス中、学生が何かを間違えていたとしても、私は面接官としての演技は止めない。戸惑う面接官として立ち振る舞い、クラスメイトたちは笑いながら、学生に助け船を出していた。
Can-do提示
面接をする(本日の学習項目)

プレ・タスクとしての『できる日本語』ルーティン
<チャレンジ>
コマイラストを見て、会話内容を推測
言いたいが言えない状態に持っていく
聞く
聞いたことをなんとなく再現してもらう
聞く
新しい文型の箇所に焦点化し、意味理解できているか確認
シャドーイング/リピート
再話
ペアで練習
再話発表
形式に焦点化(可能動詞)
今回は「可能動詞」だったので、活用の練習をする必要があった。
私は、スライドでは、以下のように動詞しか表していないが、

口頭では、文脈を言うようにしている。
例えば、
「Sさんは、ひらがな、カタカナは、全部かくことができます、か・・けますね」
「じゃあ、漢字は何個、よみます・・・よ・・・めますか?」というように。
あと、今までに習った動詞活用形を学生たちに全部、言ってもらい、板書した。
ます形
た形
ない形
なかった形
辞書形
て形
そのあとで、
よみます
よんだ
よまない
よまなかった
よむ
よんで
を左側に学生に言ってもらいながら書き出し、
「可能動詞はⅡグループです」と言って、今度は右側に
よめます
よめた
よめない
よめなかった
よめる
よめて
を学生に言ってもらいながら、理解の整理を試みた。
「可能動詞」は「可能形」と呼ばれることもあることから、他の活用形との間での混乱を防ぎたいと思ってのことだ。

スライド形では「ます形」からの活用にしていたのに、
プリントは「辞書形」からなのは、ミス
時間がないときは宿題にするが、この日は、休み時間まで中途半端に時間が余ったので、クラス内で書いてもらった。結果的にそれは授業中にしてよかったと思った。後に学生たちはこの表をちょこちょこ見ながら、面接タスクを行っていたので、助けになっているようだった。次回は、もう少し、面接の文脈で登場しそうな動詞を選ぼうと思う。
<やってみよう>
イラスト提示:面接の場面で店長がパクさんに質問している。

イラストはバイクだけではなく、全体の文脈が分かるように提示している。
(学生にイラストを見ながら、答えてもらう)
① パクさんはバイクにのれますか?→いいえ、のれません。
そうですか。
②週末は働けますか?→いいえ、働けません。
このとき、私は、教室内に面接練習のために取り分けた机の方へ移動し、
面接官が「週末は働けますか?」と聞いたときに、
「いいえ、働けません!」(やや大げさに堂々と言う)
と答えることについてどう思うかクラスに訊ねてみる。
「毎日、働けます!」と答えるべきなのか、でも、週末、働きたくないです。じゃあ、どう答えたらいいですか?
みなしばらく考えてくれていたが、この、
表現が出てきそうで出てこないもどかしさを十分に体験してもらった後に、
「すみません、(週末は)、ちょっと難しいです。」
「すみません、____ので、ちょっと難しいです。」
を提示する。
③日本語で入力できますか?→すみません、ちょっと難しいです。
私は再び、面接テーブルに移動し、
「日本語で入力するのは、簡単ですよ。すぐできます」と言ってから、
面接官が「日本語で入力できますか」と聞いたときに、
「すみません、ちょっと難しいです。」(投げやりな様子の演技)
と答えることについてどう思うかクラスに訊ねてみる。
これらは、日本語形式の問題ではない。
社会言語的・語用論的な適切さに関わる問題である
私の質問の意図が分からない学生たちが多かったが、誰かが、
「まだ、よくわかりません。でも、がんばります!」と答えてくれた。
なぜなら、<チャレンジ>の会話の中でパクさんがそのように答えていたので、その学生は、先ほど聞いた表現を自力で目の前の文脈につなげることができたのだ。
そのようにして引き出されてきた表現が、自分の言葉リソースとして溜まっていくのじゃないかと思う。
④パクさんは料理が作れますか?
→はい、できます。
→ちょっと難しいです。でも、がんばります!
T:Sさんは、どんな料理が作れますか?
S:火鍋が作れます。
T:お寿司も作れますか?
S:・・・・・作れません。
T:じゃあ、Sさんは、料理が作れますか?はい?いいえ?どっち?
ここまで言うと、誰か、教科書を先取りして見ている学生から
「簡単な料理なら作れます。」などという答えが返ってきた。
私としては、もどかしさを体験させ、気づきを促したいので教科書先取りはうれしくはないのだが、
ここで、<チャレンジ>に入り、次のシーンに移る。
文法説明

「だけ」と混同しやすいので、このような図を使って説明してみた。
面接のシーンなので、自分の能力をアピールすることが適切であるという文脈は伝わっている。
「できます」と「できません」の世界観で対比し、
A:「簡単な料理ならできます」
B:「簡単な料理だけしかできません」
面接シーンの文脈では、どちらが適正なのか感じてもらいやすいように大げさな声色でニュアンスを伝え、「なら」を使うのが適切であると提示した。
対して、以下のような例で謙遜したいときは、
ユン先生、中国語が話せるんですね。すごい!!
いえいえ、簡単な会話だけしかできませんよ。
と提示してみたが、それでよかったかどうかちょっと自信がない。
タスク遂行

タスク遂行にあたって以下のようなワークシートを渡した。

このワークシートは、「課ごとの道しるべ」にあったものをそのまま踏襲しているのだが、面接シーンの文脈で使えない表現と、「いいえ、〇〇ません」という答え方は上記のように変更し、形式練習にならないように工夫をした。
学生たちには、面接官と面接を受ける人の役になってもらい、ロールプレイを行った。
これは、変換代入練習ではないが、結果として形式を練習することになってはいる。
位置づけとしては、アルバイトの面接シーンで、質問をし、それに答えるための支援ツールである。
ペアで練習してもらった後、前の面接テーブルで発表してもらう。
面接官にだけこのワークシートを見ることを許し、面接を受ける人は見ることを許さなかった。
入室から退室するまで一連の動作を所作付きで行ってもらい、その後、フィードバックを返した。
フィードバック例
例)
A:料理は作れますか?
B:あ、作りません
A:そうですか。
「作りません」と「作れません」は意味が全然、違います。
どう違うと思いますか?
例)
A:明日から来られますか?
B:あ、すみません。来られません。来週からなら大丈夫です。
日本語は、自分がどこにいるかによって「行く」と「来る」を使い分ける。
例)
A:メニューの日本語は読めますか?
B:よく読みません。
・はい、読めます
・はい、だいたい読めます
・はい、すこし読めます
(ひらがなとカタカナなら読めますが、漢字は難しいです。)
・あ、(いいえ)まだ、あまり読めません。
・あ、(いいえ)まだ、全然読めません。
NG: よみません(→※読むつもりがない)
このような程度のグラデーション図は、発言者が自分の意図したいことを言う時にオプションとして参考にできるよう板書に残しておくとタスク実行時に役に立つ。
例)
T: 資格外活動許可はありますか?
S: ?????.....
はい、わからない日本語です。
さて、どうしますか?
・すみません、もう一度お願いします。
・すみません、ゆっくりお願いします。
・“シカクガイ..."は何ですか?
・まだ難しい日本語は、わかりません。
・(通訳機を使う)
・え....
・(笑顔)
レベル0: 無表情で固まる
ずいぶん長くなってしまった。
このくらいでやめておくことにする。
考察は、また機会があったときに。
