東と西の薬草園 ③
前回までのあらすじ
九州の片田舎の果実町にフルーツフレーバーティーという新たな事業を持ち込み、町を活性化させた飲料メーカー山鳥(やまどり)を経営する富居家。地元にUターンしてきた山脈遥は、富居家が果実町に買った別荘の管理人として働き始めた。そこで都会からIターンしてきた庭師の孫のカエルと富居家の次女の香(かおり)と出会う。田舎の自由な生活に憧れるカエルと体の不調を抱え、田舎に癒されにきた香。
香の来客の手伝いをしたところ、その来客は遥の高校の時の同級生でフルーツフレーバーティーの事業参画を考えている地元の霧山酒造の息子の霧山霞であった。
社交的なカエルが場を取り持ち、別荘地の有り余る土地を活用してレンタルガーデン事業を始めるために、4人でまずガーデニング体験をすることになった。遥は気乗りしなかったが、山鳥の役員で香の祖母の華(はな)がお墨付きを与えて、他のメンバーは乗り気になる。イベントとして、ハーブパーティー(薬草茶会)を開催することも決定した。
第1話「フェンネル(茴香:ういきょう)とクチナシ(梔子)」
《花言葉》
クチナシ:「わたしは幸せ者です」
フェンネル:「称賛に値する」
第2話「カモミールと葛(くず)」
《花言葉》
カモミール:「苦難の中の力」
葛:「芯の強さ」
【果実町で山鳥が行っている振興策】※第1話より抜粋
フルーツの里で、フルーツフレーバーティーの香りが朝霧にけぶる果実町。その大ヒットのおかげで交通の便の悪いこの町にもテレビの取材が頻繁に来るようになって、遠方からフルーツフレーバーティーの原料の果物の聖地巡りに来るお客さんもいる。最初は自分で調べてくる人ばかりだったが、昨年から果樹園を回るコースまでできた。果実町への恩恵は、フルーツフレーバーティーの売り上げとそのちょっとした観光ブームだけではない。山鳥からお茶の売り上げの一部が給食費として寄付されており、私立の学校はないので、小学校中学校も、給食費は全部無料。さらに子どもたちには、1日200円の飲料費が支給されている。学校に自販機があり、500mlまで1本無料。また、山鳥からはその飲料の売り上げの一部が寄付され、町の図書館には毎月希望の本10冊が届けられる。町の人は投書で、好きな本を希望できた。車椅子は100台貸し出し無料。山鳥の工場の従業員の送迎するためのバスもあり、それは1時間に1本動く町のコミュニティバスになっている。街の中の30キロ圏内どこの停留所まででも100円で乗れる。
《登場人物》
富居家(ふごうけ):南九州にある果実町に山丸ごとの広大な別荘地を持つ商家の一族。多角経営で山鳥(やまどり)という飲料メーカーも手掛けている。その事業の一環として、果実町のフルーツを使ったフルーツフレーバーティーを開発し、近年大ヒットしている。
富居鷹之(ふごうたかゆき):飲料メーカー山鳥(やまどり)の創業者で会長。香の祖父。生涯健康で来たが、90歳を超え、老いを感じて、経営から離れることを望んでいる。フルーツフレーバーティー事業が人生最後の仕事のつもり。
富居香(ふごうかおり):富居家の次女。時折、体調を崩すことがあり、定職に就けず、家業の手伝いをしている。九州のホテル事業のスタッフとして働くことが多く、その間、別荘を利用する。家族からよく見合いを仕組まれるが、病弱なため、あまり気乗りがしていない。田舎に夢を見ている。
富居華(ふごうはな):山鳥の専務取締役。香の祖母。二度の癌を患い、身体の不調を多く抱えているが、75歳までの後数年仕事を続けたいと考えている。香とは数年に一度顔を合わせる程度。
山脈遥(やまなみはるか):果実町生まれで、都会で夢破れて地元に戻り、富居家の別荘地を預かる使用人となった。暇を持て余し、出入りの庭師に野草について学んでいる。月に一度の神社仏閣巡りと小物集めが趣味。物を捨てられない、大雑把な性格。ハマると時間を忘れる。
井中かわず(いのなかかわず):富居家出入りの庭師の孫。育ちは埼玉。別荘地の管理を任されている九州の不動産会社の職員。田舎暮らしとイングリッシュガーデンに憧れている。料理、掃除、など細々した家事が得意で几帳面。無駄な残業はしない。果実町の事情に疎い。周囲からカエルと呼ばれている。
井中野人(いのなかのひと):ふごう家の別荘を任されている庭師。
霧山霞(きりやまかすむ):果実町にある酒造会社、霧山酒造の息子。遥の同級生。
【フレーバーティーの人気順】
1位 梨のフレーバーティー
2位 メロンのフレーバーティー
3位 マスカットのフレーバーティー
4位 スイカのフレーバーティー
5位 桃と栗のフレーバーティー
【果実町のある里山郡の組合】
農業組合
土建業組合
酒造業組合
旅館業組合(&温泉協会)
里川漁業組合
緑の手組合(お茶クラブ)←New!
第3話「向日葵(ヒマワリ)と桔梗(キキョウ)」
窓から見えるスプリンクラーの冷涼な回転。もうすっかり日が高い。
山の別荘の管理人たる遥の朝は日々遅くなるばかりだ。
庭で鶏でも飼うか野良猫でも居ついてくれたら、もう少し早く起きられるようになるかもしれない。この安楽な生活を手放して、夜明けの太陽とともに起き出した方がはた目には、山暮らしには相応しい生活だろう。
何の気兼ねもいらない一人暮らしの一人仕事の生活で、誰に気を遣う必要もないのだから、やりたいようにやるだけだ。
人間が規則正しい生活を送るには、説教してくれる人間が必要なのかもしれない。
今の遥の生活は、山奥の日本猿以下。
何とか起き出して、カーテンを開け放っても誰かに見られる心配はない。外の虫や鳥たちが羽音を響かせているだけだ。
故郷の果実町に帰ってから、遥は毎朝フルーツ生活をしている。ベッドサイドには、電気ポットが常駐し、寝起きの一杯が楽しめた。
今朝のお茶のお供はドライイチジク。遅れて来た夏バテを解消するのに良いかと思い、買ってきた。
イチジクは聖書にも記述のある「不老長寿の果物」である。
世間一般に糖尿病予防や血流や消化をよくする働きがあると言われている。ドライイチジクは季節問わず流通していた。
生のイチジク自体、夏秋と旬が2回あって、息の長い果実だ。
8月下旬の今は秋のイチジク。
富豪家の庭にもあるので、昨夜ネットでイチジクの効能を知った遥は、乾燥イチジクを作りたいと師匠というべき庭師の野人に相談しようかと考えていた。
イチジクと喫するお茶は、もちろん果実町自慢のフルーツフレーバーティー。今朝は桃と栗のフレーバーを試したが、イチジクに合うかは黄金の舌を持たない遥にはよくわからなかった。
とりあえず、香りが良いからいい朝だ。
香と言えば、富居家の次女の香(かおり)。最近はまた体調が優れないようだ。それで、この山の屋敷に泊まって、よく遥と話している。高校を卒業して大学生の頃から10年以上の都会暮らしですっかり宵っ張りになっている遥に付き合って、屋敷のシアタールームで二人で映画鑑賞をしたことが何度かある。一度目の時に寝落ちした香は、シアタールームにソファベッドを設置した。そして、毎回タオルケットを持参してくるのだから、端からラストまで観る気がないとも言えた。そし次回の時に、前回の映画の内容がどうだったか聞いてくるのだ。
香は山鳥が経営する果実町の旅館の中居業の傍ら、山鳥グループの経営に関する事務や営業なども細々とやっている。山鳥の雇用推進策で別荘地の安楽な管理人をしている遥とは雲泥の差だ。持病の発熱で1、2度休みをとったことや6時間勤務であることなど気にする必要はないだろう。ちょっと真面目過ぎるのだ。
ここ数日は庭作業を手伝えないことを残念がっているが、病人に無理はさせられない。むしろ夏休みの田舎の子どもじゃないのだから、日が昇るとすぐに庭作業に誘いに来るのには困っていた。旅館は夜が遅い仕事が多く、大抵昼出勤なので、午前中の涼しい時間に草むしりをしたいのは分かるが、それにしても早すぎる。朝食まで一緒にしていることが多いと、彼女が来ないと体調がそんなに悪いのかとやきもきしてしまうのだ。
フレーバーティーを一口すすって、レースのカーテンを開け放った窓を見た。
窓の外の景色は美しくなってきた。前庭にはパンジーやビオラなど初心者でも挑戦しやすい花からまず家の周りに所狭しと植えてみた。サイドには最近キキョウを追加した。もうちょっと見栄えよく飾りたいがそのセンスがない。
しかし、遥の実家の庭よりは随分とマシである。還暦を迎えた頃に癌を患った母は、その後あまり体力が戻らず、庭の手入れまで手が回らない。遥が週末家に帰って、少しでも庭の手入れをすれば良いのだけれど、実家に帰るとどうしてものんびりとして何もやる気が起こらない。
かといって、富居家の山の管理人をしていても取り立てて何かをしている感じは無い。世捨て人と言うほど悲観的な気持ちも遥にない。
どちらかと言えば新世界に迷い込んだ異世界人のような気分だ。カエルが考えた町の宣伝文句のRPG村の影響だろうか。
自分で理想の世界を作っているようで、夢見心地な気持ちになってしまう。庭に自分の思い描く世界を作っていくことで、生まれ変わった後自分がどんな世界で暮らしたいか想像しているような気分になる。
理想の世界作りにしては、あまりにも引きこもりが過ぎるんだろうが。
アクティブに外の世界に行くことだけが来世を探す旅ではない、と最近遥は感じていた。
朝のゆったりした喫茶時間を終えて、武骨な造りのログハウスのドアを開けて外にでる。
すると、甘いクチナシの香りがした。
遥の住むログハウスの敷地の一画はカエルの実験花壇になっていて、彼がクチナシや花などをとにかく白い花をメルヘンチックに植えて整えている。
それが色とりどりの花を植えているはるかの花壇よりも様になっている。
料理が趣味なことといい、カエルは手先が器用でセンスがある。
今年は蚊が少なくて山の屋敷は過ごしやすい。庭師のの人によると、今年は6月から暑い日が続いているので、蚊も干上がっているらしい。
それでも、裾の短い服装では、全身蚊に刺されるくらいだから、山の中は虫の宝庫である。
池のあたりには近づけないが、丁寧に間伐されている芝生の野原のあたりに敷物を敷いて暇な時間にピクニックをするのが、遥の最近の楽しみだ。ちょうどお昼は、必要のないお弁当を作って持っていったりしている。
だが、今日に限っては、のんびりとピクニックなどしている場合ではない。いや、この山の家に来てから、週に一度は何やかやと忙しい日があった。
「お師匠さん、もう来ていたんですね」
「やあ、ハルちゃん。カエルも一緒や」
クチナシと薔薇園の庭に進むと、富居家の庭を預かる庭師の野人がすでに手入れを始めていた。80歳の高齢だから朝が早いというより、若い頃から働きものなのだ。
「おはよう」と野人の隣で振り返ってカエルに挨拶されて、遥は今日が土曜日であることに気づいた。怠惰な人間が山暮らしをすると曜日の感覚がなくなる。
ついでに化粧をしていないことも思い出したが、野人やカエルの二人にそんな気を遣ってもしようがないとすぐ気を取り直した。二人は毎日のように来るのだから、二人の目を意識したら、毎日寝る前まで化粧をしていなければならなくなる。ファンデーションが嫌いだから、遥はそんな生活はしたくなかった。
いつも身だしなみがしっかりしていて、仕事の外回りの後ですら髪が乱れていないカエルはもしかしたら、内心は化粧をほとんどしない遥に辟易しているかもしれないが、それを口に出さないだけの気遣いはあった。
「何か手伝いましょうか」
近くにあった移植ゴテを取って野人の隣に並ぶ。植え替えている花が何という名前か分からないが、どうやって植えればよいかは野人の作業を見ればわかった。いくつかの苗を植えたところで、カエルがストップをかけた。
「あとちょっとだから、じいちゃんと終わらせるよ。ハルさんは、お茶会の準備があるから着替えてきた方がいいんじゃない。お茶請け作るのに、台所借りるから」
遥は手を止めて、座り込んだまま、自分の姿を見下ろした。着古したジャージ姿で客を迎えるのはさすがにまずいだろう。いかにもみっともない服装と言われたようで癪に障るが、言われても仕方ない恰好ではある。
カエルはきっと客が来る直前まで台所に居座るつもりだ。その手伝いとテーブルのセッティングをしていたら、着替える間もなく客と顔を合わせてしまうかもしれない。
化粧はともかく、髪くらい梳いた方がいい。
「クッキーでも作るの」
「ハーブクッキーね。マフィンも焼きたい。薔薇のゼリーも作ってきたんだ」
カエルはアフタヌーンティーをするつもりだなと遥にもわかった。料理が趣味のカエルがこの山の別荘の敷地で行われるお茶会のメニューを考えてくれるので本来取り仕切りを任されている遥は大いに助かる。おまけに、不動産の営業でこの別荘地の担当をしているカエルが管理人がしなければならないことも教えてくれるので、頭が上がらない。多少の失礼な発言は水に流さなければ罰が当たる。
「わかった。着替えて、台所借りることカオリさんに伝えてくるから」
「わかった。こっちもじいちゃんと作業し終わってから、行くから。着替えはなんでもいいよ。エプロンを持ってきたから。プレゼントだよ、感謝して」
お互いに同意し合い、遥は紙袋に入ったエプロンを受け取った。
「ええと、そっか。エプロンか。ありがとう」
そういえば、遥はこれまで富居家のキッチンでカエルを手伝う時、エプロンをしていた覚えがなかった。突然、料理することになった時はカエルもしていなかったが、気になっていたのだろう。さすがに徹底している。
遥は移植ゴテを置いて立ち上がると、今日の段取りはすべてカエルに任せようと心の裡で勝手に決めて、着替えのためにバラ園を後にした。
「香さん、具合が悪いのに、立ちっぱなしで大丈夫?」
「何かしている方が、気が紛れるから。それに、お茶会に出て私も久しぶりにおじいちゃんに会いたいし。おばあちゃんも来るって言ってたから」
今日は山鳥の植樹イベントに参加したメンバーがこの山の屋敷にお茶会をしにくる予定だ。ちょうどおやつの時間の3時ごろになるだろう。
茶葉はすべてこの山で採れたハーブなどの薬草である。さらにその余った茶葉を使って、カエルはクッキーやマフィンを焼こうというのだ。
今日のカエルはこれまでになく真剣だ。最近ネットで見たお菓子やパンのコンテスト番組に触発されて、焼き菓子に興味が湧いたらしい。オーブンの温度がどうとかぶつぶつ言って、少しの焦げにもこだわったので、焼きすぎたものは遥が持ち帰ることになった。
「捨てるなんてもったいないお化けが出るよ」
後から来た霞もそう言って、味見と称してきつね色に焼けたマフィンを3つも食べた。遥は一つ。おかげでお茶会前からお腹いっぱいである。
カエルのくれたエプロンは、前結びのおしゃれなもので遥の好みではなかった。しかし、遥の深緑と色違いの赤いエプロンは香にはよく似合った。カエルの言う通り、4人で同じものを身に着けるとなんとなく一体感が生まれた。
富居鷹之(ふごうたかゆき)は、自分の所有する別荘に初めて訪れて、どこか懐かしさを覚えた。裏の日本庭園はもちろんのこと、表の薬草園やバラ園には旅先で見たような異国情緒が漂っていた。
大きな薔薇のアーチは運動公園に使われるうんていを利用して作ったといいうことで、橋脚や歩道を利用したいちかの国の石柱の吊り下げ庭園を思わせた。
煉瓦造りの竈門の下に避難している日陰を好む植物。食べられるリーフポットは無造作に置かれているようでいて、畑とは違った庭園らしさを演出していた。
東屋もなく、中古屋から運んでこられた木製の椅子もテーブルも統一感がまるでないのに、そこに午前中の植樹を終えて疲れた人達が腰を下ろすと、現実離れした美しい植物庭園にしっくりくる生活感が生まれた。
「わしは、最近、咽喉痛いのよ。酸っぱいお茶ははちょっといらんでな」
自分で考えたフルーツフレーバーティーだが、出来た当初はとても気に入っていたのに、最近は食傷気味だった。お菓子はずいぶんと洒落て飾られていたので、つい手に取ってしまった。一つ食べたら、もう食事が億劫だった。
「じゃあ、おじいちゃん。わたしの桃と栗のお茶と替えましょう。こっちなら酸っぱくないから」
言い終わらないうちに香が自分と祖父のカップを取り換えた。
「緑茶が飲みたいんよ」
あたりにはツンとした西洋ハーブの香りが漂っていたが、それも鷹之は飲みたくなかった。
「じゃあ、私が淹れてきますよ。他に普通のお茶が飲みたい人もいるかもしれないし」
富居家の家族の席でいたたまれずに座っていた遥がこれ幸いとばかりに立ち上がった。
「じゃあ、俺はコーヒー飲みたい人がいないか聞いてくるよ」
霧山も便乗し、気の利いたカエルも立ち上がった。
「じゃあ、俺は残ったお菓子を持って帰ってもらうように、何か容れ物を持って来ようかな」誰かとお茶をすると飲料の種類が増えていい。
緑茶の香りを嗅ぐのは、久しぶりだった。遥は、帰郷してから、ほとんどがフルーツフレーバーティーの紅茶かコーヒーの生活を送っていた。果実町はお茶どころでもある。梨のフレーバーに緑茶を合わせることを推奨した山鳥は地元産業に対する配慮が行き届いている。
「いやあ、富居会長に会うのは緊張したよ。大企業の社長だもん」
遥の隣でコーヒーのための湯を沸かしながら、霧山が大きく息をついた。
「霧山くんところだってお父さんは社長でしょ」
「うちのお父さんのもう少し年が若いせいかな。威厳が違うって感じがした。俺は家業手伝ってるだけだし」
広い台所でコポコポと小気味よくコーヒーが淹れられる音が響いた。外の虫の喧騒も建物内に入ると幾分か穏やかになる。
家業を手伝ってるって、霧山が社長を継ぐのではないかと疑問が湧いたが、聞いてよいか分からず、遥はなんの返答もせず、お茶の準備に専念した。
緑茶と一緒に冷やしておいたフルーツフレーバーティーを冷蔵庫から取り出すと、冷たいガラス容器の表面が結露して、茶器を握った遥の指先を水滴が伝った。
フルーツフレーバーティーは高級志向ではないが特別感のあるお茶だ。安売りされないのは果実の栽培農家の収益の一部が子供たちの給食費になっているからだ。また子供たちはフルーツフレーバーティーの売り上げの一部が町に寄付されることによって、毎日200円のお小遣いをもらっている。すべての小中学校に自動販売機が設置され、どんな家庭環境であっても、果実町の子供たちでお金を使ったことがない子供はいない。
富居鷹之は一介の経営者でありながら、政治家のように果実町に自分の理想の故郷を作ったのだ。
フルーツフレーバーティーの事業を農協に移管したいと考えている人たちでさえ、会長の功績は分かっているから、面と向かうと口を噤んでしまう。
自分たちの読みたい本がある図書館。
贅沢しなければ財源に困らない町。
自立した農家。
しかし富居会長の理想はもっともっと高かった。何より誰もが飢えない、借金のある人でも飢えを知らない世界を作りたかった。子供だけでなく大人の老人もいつでも食べ物が手に入るようにしたかった。そこまでできれば、死ぬときに満足もあるだろう。
富居会長の熱弁に「おじいちゃんったら、その話もう耳にタコよ。何回も聞いた」と香はあきれ顔で、同じく聞き飽きている会長夫人の華は途中で席に植樹会の参加者を2、3人招いて別の話をしていた。
しかし、初めて話を聞く遥とカエルと霧山霞は、会長の熱意に圧倒されていた。齢90を超えて、会長の胸には世の中に尽くしたいという志があるのだった。
「ねえねえ、そんなことより。うちの事業バスを使って今回の植樹みたいに、お茶会の送り迎えをしたらどうかしら。そうしたら、うちの旅館に泊まった人も賃貸菜園やお茶会に参加できるでしょう。ロッジだけだと限りがあるし」
華はさっそく今回の参加者にレンタルガーデンの事業を売り込んだようだ。今回の植樹会は、半数以上が地元以外の遠方からの参加者だった。元々自然環境に興味のある人たちなら、レンタルガーデンについても興味を持ってもらえる可能性は高い。
「レンタルガーデンよ、おばあちゃん。レンタルガーデンはもうちょっと話を煮詰めないといけないかな。でも、次回のお茶会の日程は決まっているから、どうぞ。こちら、案内のチラシです。気が向かれたら、参加してください」
香も用意周到で、数日前に出来上がったばかりのチラシを庭の入り口に置いただけでなく持ち歩いていたのか、すっとカバンから取り出して、60歳前後の三人の女性たちばかりでなく、立ち上がって周囲のテーブルにもチラシを配って回った。そのやる気に満ちた姿に遥は気後れする。
一緒にチラシを配る気にはならず、ただ、所在なく黙って茶をすすった。
「貸し庭か。それで、あんたさんもこっちに住みたいと言うとったんか」
「半移住ね。東京にいたらずっと仕事に駆り出されるし、あなたもここが気に入ったなら、考えてもいいでしょう。生まれてから死ぬまでずっと東京にいなくてもいいじゃないの」
「うーん」
鷹之は唸った。庭の景色に目を凝らし、何か考える風だったが、結局何も言わなかった。
日が暮れて解散の時間になると、どこかで休んでいたはずの野人が庭の様子を見にやってきた。迎えに行ったカエルによると、どうしてもまた様子を見たい庭の植物があるらしい。野人は、どれがどうとか説明しないので、よくは分からない。庭仕事のプロがすることだから、遥たちが何か口を出すこともない。
「おう、井中くんか。見事な庭だよ。以前見た時より数段立派になっていてびっくりした」
「なに、ほんの手慰みですよ」
鷹之は客たちが帰って、遥たちが庭を片付ける間もずっと外の席に座っていた。椅子とテーブルが片付けられなくて困ったが、黙ってカバンから取り出した本を読み始められると退けてくださいとは、声をかけづらかった。
そして、庭師の野人の姿が見えると、すぐに気づいた。鷹之より野人の方が10歳も年が下だ。それでも、年配者が年配者をくん呼びしていると、遥たちのような年代からすると、現実離れした庭園の中で彼らの若い自分を見るような懐古的なものを感じた。
「わしも死ぬまでに趣味を持てばよかったが・・・」
そう言い差して、鷹之は咳き込んだ。暑すぎるくらいの晴れの日だった。長時間外にいて疲れたのだろう。
「おじいちゃん、大丈夫?そろそろ中に入って休もうよ」
「うーん。せっかくだが、井中くんともう少し話したい。井中くんちょっと寄っていってもらえんかい」
「いつも寄らせてもらっとっですよ。庭作業のあんで、それが終わってからでよかですか」
「ああ、いい。忘れないで、よろしくな」
鷹之は疲れた顔に笑顔を見せ、香の方を借りて屋敷の中に入っていった。
富居家の面々がいなくなると、片付けのスピードは早くなった。
空中停止する赤とんぼ。重たい木製の椅子や机を片付けると、水辺のそばの長椅子だけが残った。
律儀な霞は、庭仕事まで手伝った。
「迎えに来てもらうくらいなら、俺が送っていくよ。この後台所借りて、ちょっと作らせてもらうから、帰りは遅くなるけど」
「まだ、何か作るの?」
遥が呆れると、カエルは気分を害したように顔をしかめた。
「次のお茶会の試作だよ。休日くらい、好きなだけ料理して息抜きしたいんだ」
カエルは薔薇の剪定をしながら胸を張った。疲れる息抜きだなあと遥は感心しながらもやはり呆れた。今日の茶会のために昨日の夜からお菓子を仕込んで、今日も朝から焼きに来て、茶会を手伝い、片付けまでしてさらにまたお菓子の試作である。勤務する不動産業とは関りがないが、レンタルガーデン事業の手伝いは会社に届け出て副業と認められたらしい。収入になるので趣味と実益を兼ねてやる気が上昇するようだが、過労で倒れないかと心配になる。
「じゃあ、味見させてもらいたいから、私もちょっと手伝おうかな」
遥が申し出ると、意外にも野人まで手伝うと言い出した。なにやら台所でやりたいことがあるようだ。
「私は、ちょっとおじいちゃんたちの様子を見てきますね。おばあちゃんがいるから大丈夫だろうけど、咳をしてたから、心配で。ヤマさんはどうしますか」
一度屋敷に行って戻ってきた香が申し訳なさそうに言ってきたので、「いや、これはカエルくんの趣味だから別に付き合わなくていいんだよ」と遥は声をかけた。香だってあまり身体が丈夫でないのだから、割合山の気候は涼しいとはいえ、猛暑日に長く外にいて疲れていないか心配だ。
「ああ、俺も手伝っていこうかな。この花を摘めばいいんだろう」
「霧山くん、良ければ私の借りている家で休んで待てば?なんだか顔色が悪いけど」
「大丈夫だよ。何すればいいか言ってくれたら」
霞は請け負ったが、その顔色は遥には香以上に白く映った。子どもの頃は自転車で通学して運動部だったためか、もっと肌の色が濃かったので、おとなになって再会してあまりに線が細くなっていて驚いたくらいだ。顔はむしろ若々しいので別人とは思わなかったが、活発だった印象はなくなった。
「よし、二人にはじいちゃんに聞いて、食べられる花の収穫を頼むよ。次回はエディブルフラワーのお茶会だから」
1人元気なカエルが腕をまくって立ち上がった。その腕は真っ赤だった。
「カエルさん、腕がみみず腫れしたみたいに赤いけど、何か虫に刺されたの?」
「ああ、これ?草まけじゃないかな。アレルギー体質なのか分からないけど、湿疹が出やすいんだよ。蕁麻疹とかも。長袖だったんだけどな。ハーブ料理の時に手袋もしなかったしな。まあ、子供の時に蜂に刺された時にはアナフィラキシーで死にかけたからこれくらいはどうってことないよ」
「どうってことあるでしょ。草まけするなんて」
道理でいつも長袖長ズボンの重装備で庭作業に来ていたはずである。
「いいんだよ。猫アレルギーだって、猫飼う人もいる世の中だよ。それじゃあ、お先にキッチンに行ってくるんで」
カエルは話を打ち切って、腕をひっかきながら荒っぽい足音を立てて台所に去っていった。
それを見て、香が、
「カエルさんって、ガーデニングに向かない人じゃないのかな。私も草まけするけど、あれほどじゃないし」
と言った。遥も霞も全く同意だった。しかも、香も草にかぶれる体質なんて初耳だ。
集めた草を、戻るついでに捨てて来ると香りが言ったが、霞と二人で止めた。草まけ組にはいくら完全防備していても、草むしりはあまり任せられない。
野人も先に台所に行くというので、焼却炉の前には遥と霞が残った。
「霧山くん。座りこんでるけど、大丈夫」
「うん、大丈夫。ちょっと疲れたけど、涼しくなってきたし、座ってると気持ちいいから」
霞がそう言って見上げた空は木々の隙間から暮れがかっていた。涼しくなると蚊が出るが、火に近づけば少し虫避けになる。しかし、近づくほどに暑くて汗が流れるから、どっちがいいとも言えなかった。霞は前者を選び、遥は後者で火の側に立った。
「火が消えるまで私が見ておくから、もう行っていいよ」
「うん。そうだな。やっぱり、ちょっと外は疲れるかもしれない。実は7年前にちょっとした癌になって、再発もして、それから体力が戻らないんだよね。俺の病気知ってた?」
「いや、知らなかった」
扉の開いた炉の口から吹き出す火柱を見ながら、遥はできるだけ冷静な顔を装った。再会した時にずいぶんと細くなったなとは思ったが、そんな大病を患っていたなんて想像できなかった。
「そっかあ。なら、香さんも知らないかなあ。うちの親が言ってないみたいなんだよね。俺はこれが半分見合いなんじゃないかって疑ってるんだけど、これって見合いの延長ですかって、大会社のお嬢さんに聞けなくて」
それはなかなか聞きづらいだろう。仕事で顔を合わせるくらいで見合いかと疑っていたら、世の中見合いと合コンだらけになる。しかし、霞と香がやっているような新商品のパッケージの打ち合わせやレンタルガーデン事業など何も二人が顔を合わせなくても他に担当者もいるわけで、まったく他人事の遥ですら、見合いじゃないかと想像したくらいだ。
「病気になって、婚約も破談になってさ。会社は弟が継ぐ。山鳥さんは素直にすごいと思うし、何か言いたくないんだよ」
何と答えて良いか分からない。実は遥も地元を離れていた時に、ちょっとした病気を患ったことはあったが、それはもう完治している。なんとなく気持ちが分かるなどという同情の言葉をかけても、意味はないのだろうと思った。人は自分がつらい時には、誰も気持ちを分かってくれないと思いたがる場合が多い。少なくとも、遥はそうだった。
「俺の病気のこと、それとなく伝えてくれないか。いつでもいいよ。それで疎遠になるなら仕方ない」
火の爆ぜる音にセミの声が混じる。夜に鳴く蝉の名前はなんというのだろうかと、遥はあさってなことを考えた。
まとわりつくような羽虫が体内に入ってしまわないか心配だ。焼却炉の炎にも巻き込まれてしまいそうだ。
「もうそろそろ火も落ちるんじゃないかな」
「私はもう少し、火の番をしておく」
「わかった。キッチン見て来るよ」
霞は話を終えて、暮れ方の太陽に向かって去った。
一人になってすぐ、病気の話で面食らってしまって、霞の頼みについてよく考えていなかったことに気づいた。一体、なぜ遥が霞の病気のことを香に伝えなければならないのだろうか。伝えてくれと頼まれたというわけにはいかないのだろう。では、霞は病弱だからやめとけとかそういう気の回し方をするのは、親切なのだろうか。言うだけ言って、判断は香に任せればよいのでだろうか。伝えるタイミングはいつなのか。
つらつらと考えながら台所に向かうと、なにやらカエルがまた熱弁を振るっていた。
「エディブルフラワーでさ。こうしてサラダを作るのもいいんだけど、割っただけのイチジクやアケビをどんとアケビの蔓籠に入れたらどうかな。周りを花で飾って。体験教室みたいな形にして、蔓籠をみんなで編んでその後お茶を楽しむ」
「楽しそうですね!」
乗り気で明るい声を上げたのは、香だ。どうやらエディブルフラワーの試作は大体できたらしく、後はゼリーが冷やし固まるのを待つばかりのようだった。
「うーん。でも、花茶会ってもうチラシを配ったんだから、いきなりワークショップみたいにするのはどうかなあ。ねえ、ハルさん」
霞が遠慮がちに指摘した。
「そうだね。やるにしても、次回は早いんじゃないかな。それに、籠を作るならだれか教えてくれる人も必要だよ」
体験会をやるなら、誰か教えてくれる人を探さなければならない。それこそ、地元の何らかの団体にお願いすることになるだろう。シルバー会かそれこそ農協か。さらに籠作りなどの体験会だと地元の人間がどれほど参加するだろうか。籠などは作れなくても、その辺に売られていてありふれている。観光客なら出先の物珍しさが手伝うかもしれないが、まだ会の参加費用も集めていないのに、どれだけの経費がかかるのかこのようなイベントを主催したことがないので、遥には見当がつかなかった。いつまでも、山鳥のおんぶにだっこで実験をしているわけにはいかないから、次回に参加者が多ければやっと費用を集めようかという話になっていた。
次回にすでに遠方の人間を集めるとなると、参加費も取らないのにそれなりの広告をしなければならない。
「でも、集まるなら何らかの目的は必要だよ。することないと、話も続かない。籠作りはじいちゃんが教えてくれるって」
「お師匠さんが?」
遥が問いかけると、台所で作業をしている野人が鍋から顔を上げた。
「うん、わしがするのはよかばってんな(俺がするのはいいけれど)。何でも自分でせんほうがよかど(なんでも自分一人でしない方がいいんじゃないか)。ちったあ、他人に任せんば(少しは他人に任せなさい)。ハルちゃんの手伝いなら、あんまり出しゃばらんこったい。カエルにはカエルの仕事が他にあっど(他に仕事を持っているんだから)」
「そんな出しゃばるつもりはないけどさ」
野人の言い方は穏やかだったが、少し興奮が冷めた様子でカエルは肩を落とした。遥も野人の言い分にヒヤリとした。大体任されたのは、4人というより、ここの管理人の遥なのに、カエルが助けてくれるのをいいことに彼にいろいろ預け過ぎていた。ずいぶん仕切りたがるなと少し疎ましく思う面もあったが、それも遥がカエルに任せて楽をしてきたからというのもある。
「カエルくんが手伝ってくれて助かってますよ。エディブルフラワーだって楽しそうだと思ってます。ただ、予算もあるし、じっくり計画した方がいいかなって思うんです。それで、お師匠さんは何を作っているんですか」
雰囲気が一気に暗くなったので、遥は強引に話を変えた。遥が私が悪いと謝るのも変な話だ。かといって私が責任者なんだ!とそれこそ出しゃばる気もなかった。
「うん。富居さんな、咳をしとんなさったけん、桔梗を煎じてみようかってな。根っこの咳止めになっとよ」
「へえ、うちのおじいちゃんのために。漢方とかですか」
香も興味津々で、立ち上がって鍋を覗き込んできた。
「さあ、どうやったかな。こうやって飲むのは、韓国に行ったときに知った気がすっばってん」
野人によると、鍋の中には、たっぷりの水と乾燥させた桔梗の根のほかに、乾燥した棗、皮を剥いて切った梨、蜂蜜が入っているらしい。それらを何十分か煮出して出来上がりだ。
「ほら、カエル。すねとらんで、なんかお洒落な湯呑ば用意せんね(湯呑を用意しなさい)。ゼリーももう出来とっちゃなかか」
「別にすねてないけど。分かったよ」
考えこんでいたカエルは気まずげな微笑を浮かべて立ち上がった。
「あ、お皿の場所、私、分かりますよ。中国製っぽい茶器を最近発見したんで。お茶会に使えないかなって」
香が雰囲気を明るくするみたいに声を上げて元気に立ち上がると、遥も自省せざるを得なかった。香だって茶器の事を考えたり、張り切ってレンタルガーデン事業を楽しんでいる。せっかくの移住組の楽しみに水を差しすぎず、地元民というかそれにかかわる一個人として言いたいことは言って、彼らがそれでもやりたいならストップばかりかけず、見守るべきではないか。
「わあ、綺麗ねえ。食べるのがもったいないわ」
「ほんと、とっても綺麗ね」
華と香が手放しで褒めると、いつもの嬉しそうな満面の笑みではカエルは乾いた笑いを浮かべた。さっきの台所の事が尾を引いているのかと思うと遥は申し訳なかった。カエルが全力でお茶会に取り組んでくれたのは分かっているのだ。薔薇にパンジーにビオラに金魚草。野人の庭のエディブルフラワーが中に閉じ込められた透明のゼリーは見るだけで楽しかった。
当日までに咲けば、それにコスモスもエディブルフラワー(食べられる花)として加わる予定である。「本当はテレビで見て羊羹の和菓子みたいに、中に花を作りたかったんですけど、難しかったので、本物の花を入れることにしたんです。でも考えて見れば、作らなくても和菓子屋さんから羊羹買ってきて、花を飾った方が見栄えが良いですよね」
「いえいえ、十 分!まずは、いただきましょう。お師匠さん、つまり庭師の野人さんが淹れた薬草茶もあるんですよ」
遥は慌てて、切り分けられたゼリーを口に運んだ。爽やかな酸味がして、とても美味しい。食欲がないという鷹之も物珍しそうに口に運んだ。
今回これだけ張り切ってお菓子を作ってきてくれたのだ。評判も良かったし、そんなに自信をなくす必要はない。ただ、一人で突っ走らずに周りの考えも聞いてくれたらいいだけだ。
「うーん。でも、地元のお菓子屋さんに頼むのも悪くないですよね。それにカエルさんみたいに料理が好きな人に青空の下で料理教室を開いてもらうのもいいんじゃないですか」
野人に周囲と相談するようにお墨付きをもらったためか、香もこれまでにないような提案した。香りもやりたいことはあったのだろうが、これまではあまりに張り切るカエルに遠慮していたのかもしれない。
「料理教室、いいね。俺も参加したい」
カエルが再び目に輝きを戻し、香と二人で期待するように遥を見た。
(料理教室っていったら、親子教室主体になるんじゃないの?レンタルガーデンはリタイアしたシルバー組とか移住を考えている若い人とか、親子世帯ばかりが対象でないのでは?)
また、否定的な意見が口を突きそうになったが、遥はそれをぐっとこらえた。闇雲に反対せず、まずはやってみることだ。そもそも運営の4人が独身者なのだから、最初はそうでも、独身者も子どもがいない人も口コミで参加してくれるようになるかもしれない。焦らないことだ。
「楽しそうですね。次回のお茶会で宣伝するなら、きちんと内容を決めてチラシを作らないと」
「まずは相談しよう。それで、次回のチラシはできればハルさんにつくってもらいたいんだけど」
カエルに遠慮がちにそう言われて、遥は戸惑った。カエルも香も霞も他に仕事があるのだから、当たり前と言ったら当たり前なのだが、カエルが前回やってくれたので、自分でやる必要性を感じていなかった。
「私、そういうのやったことないから自信がないんだけど」
「俺のパソコンのソフトを貸すし、分からないところがあれば聞いてくれていいから。大事なのは中身だから、チラシは簡単でいいんだよ。HP(ホームページの更新も簡単だよ。ここのガーデンのサイト作って置いたから」
さらっと事後承諾で付け足された。まあ、しかし、今の世の中、ネットのサイトくらい宣伝のためには必要である。率先してカエルがやってくれるのはありがたいことなのだ。
「わたし、仕事で何も学んでこなかったから、パソコンも簿記も何にもできなくて。この年になって恥ずかしいです」
器用なカエルには一体どう見えていることだろう。料理もそこそこ、運転もできない。田舎育ちでガーデニングを億劫がってる。こじらせた三十路。
「気にすることはなかよ。それよりも、言いたいことはぜんぶ言っておかんと。食用花で気になることのあっとやろ」
桔梗の飾られた花瓶を斜に挟んで、野人が遥を見た。師匠は遥をよく分かっていた。子どもの時から付き合いのあるおじさんだ。遥は覚悟を決めて口を開いた。
「お茶会より、私はレンタルガーデンを全部有機農法でエディブルフラワーにしようとする方が不安かなって思っているんです。レンタルガーデンって移住じゃなくて、たまに来る庭だから、手も行き届かないでしょう。やっぱりこちらに住む人間がお手伝いすることもあると思うんです。それで農薬使っちゃダメってなるとトラブルにならないかなって。エディブルフラワーは面白いけど、お師匠さんの庭から採れますし、虫でダメになるのが嫌な人もいるんじゃないかなって、慣れないうちは。みんなですごい庭を目指すんじゃなくて、もうちょっと息抜きの要素があった方が他人と自分の庭を比べなくて済みそうでしょう。お茶会とちがってレンタルガーデンはその場の1回だけの試みじゃなくて、今後にかかわることでしょう。やっぱり、素人だけで考えるのは限界があるんじゃないかなって」
野人に指導を仰げば、大抵の問題は解決するだろう。しかし、野人はもう高齢で、指導者一人では何かあった時に不安だ。
そして、確かに野人はここの庭園の花はなるべく農薬を使わず、食べられるようにしておくのが好きなのだろう。しかし、虫が多いという弊害もある。エディブルフラワーにするとなれば勝手に農薬をまかれた時の心配が出てくる。まかないならまかないで虫除けを何にするかという問題があり、全てに野人の手を借りるわけにはいかない以上、理想を高くして最初から野人が作るような完璧な庭を目指す必要はないのではないか。
「でも、農薬って嫌な人もいるから難しいですよね」
香が口を挟むと、カエルもそうだねと頷いた。農薬なんて大抵の売られている野菜には大なり小なり使われているものだが、ここでそれをうんぬんしても始まらない。除草剤をまくにしろまかないにしろ、草刈は必要で、それを電動草刈り機を使って毎日やる自信が遥にはないのだった。
「うちの実家の庭は草ぼうぼうで世間から見ればみっともないかもしれませんが、偶には野菜を植えたり、それなりに楽しんでますよ。いい加減だから、草が生えても気にせず、何となく有機農法っぽくなってます。まず、有機農法もよく分かりませんけど。レンタルガーデンは放置したり、途中でやめる可能性もあって、それを他人に改めて引き継いだりするでしょう。そこでいちいち農薬をまいたことありますかって確認していたら、手に負えない気がするんです。管理しきれるかなって自信がないです」
ある程度適当で、借りた人に任せた方が楽と考える遥は無責任なのだろうか。最初から農薬不可にしたらかえって管理の仕方も明確になるかもしれない。しかし、植物というのは虫がついたり、病気になったりもする。ましてや温室でなく、野外のレンタルガーデンだ。すべて農薬なしでというのは、遥には人間に喩えるなら医療機関の薬に頼らず、漢方で病気を治すと言っているもののような気がするのだった。どちらも薬には違いがないのに。遥の知識が足りないからそう考えるのかもしれない。過剰な農薬は嫌だが、虫や病気も嫌なんていうのはわがままか。しかし、そんな考えの人間が自分だけとは遥には思えなかった。
「まあ、最初から考えこまないことよ。やってみたいことはやってみればいい。この町は、死ぬ前の最期の一仕事と思っているから、若いもんが思うやってくれ。専門家が必要なら雇えばいいさ」
「もうおじいちゃん、すぐ死ぬとか縁起でもない言い方するんだから。あれ、おじいちゃん泣いてるの」
香が言って、全員が鷹之の方に顔を向けると、鷹之の頬には確かに涙が伝っていた。
「なに、あくびしただけさ。ただ、懐かしくてなあ。戦争の時にな。ハルピンに行って、大けがしてな。熱もひかなくてな。現地の人が薬湯をいろいろ飲ませてくれたんよ。確かこんな梨の味がした。咳止めって言ってたのは、キキョウだったんかなあと思うて。まだ、子供の10代の若い志願兵の頃だった。井中くんも、戦争で覚えた味じゃないのか」
「いや、戦争に行った歳じゃなかですよ(ないですよ)。終戦の時はほんの坊主たい。梨はここの名産ですたいね。キキョウは日本でもよう好まれる花ばってん、アジアでも好かれるとですかなあ。日本ではもう野生ではほとんど見られんけん、園芸品種ばっかりですよ」
「そうかあ、思い出してみればもっと野性的な味がしたかもしれないな。こっちの方が味が上品だ。キキョウの花びらが入っているのかい」
「いや、キキョウの根っこを干したやつですたい。どのみち煮出し汁やけん」
「根っこかあ。根っこまでありがたがって食べるのは、アジア人の知恵ですな」
鷹之はそういってカラカラと笑い、目の端からまた一筋涙をこぼした。80歳の野人が90歳を超えた鷹之によく聞こえるように大きな声で話すのも新鮮な光景だ。新鮮といえば、血のつながった父母や祖父母の話は聞きがたいものだが、他人の昔話はどうして耳に優しいのだろうか。これが身近な上司だとまた鬱陶しいのかもしれないが、野人たちの言葉には重ねてきたものの含蓄が感じられた。
「やっぱり、必ずエディブルフラワーにしなくて良いと思います。根っこが使える花だってのでしょう。食べられないそのままにしておきたい花に、価値があると思います。必ず実をつけなくても良い。観賞用の花に価値を見いだす人の心が美しいのではないでしょうか。花を愛でる人は、たとえドレスを着ていなくても、心ばえが貴族なんですよ」
娯楽の楽しみ方にこそ人の生き方が表れるのではないか。芸術を愛する心は人間らしい。鷹之の話に影響されて、遥もついいいことを言ってみたくなり、言った後にちょっと気障っぽかったかと恥ずかしくなったが、なるべく顔に出さないよう冷製を装った。
何のために花を育てるのか。
楽しく生きるためだ。
普通ではダメだと言われた遥の以前の会社員生活は終わりを告げた。
客の前で媚びへつらい、過剰サービスを強要され、したくもない謝罪ををし、自分を身の丈以上に見せなければならなかった。
あるがままに生きたい。太陽を向いて自分を曝け出していたい。
普通に暮らしたい。
花のように気高く素朴でいたいのだ。
力強く根を張り、土壌をよくする大輪の向日葵になりたい。
頑張ることは出来なくとも、風に揺らぎながら普通に生きていきたい。
花のある暮らしをし、花のように生きたい。
だれの栄養にもならず放置され、いざというときの漢方になれたら素晴らしい。
「じいちゃんさ、それで、また種食べてるでしょう。他人様のうちに来てまで、すごいよ。尊敬する」
しばし物思いにふけった。ゼリーを皆が一皿食べ終わったところで、カエルが野人に呆れた声を出した。野人はまだ何か食べているのだろうかと遥は感心した。今日はお菓子の食べ過ぎで、お腹いっぱいである。夕飯は、軽く雑炊あたりにして胃を休めたいところである。
「向日葵の種は栄養があっとぞ」
言いつつ、野人が口に放り込んでいるのを見れば、手元には透明の袋に入った縞模様のひまわりの種があった。
「数日前に種が取れてから、ずっとこればっかり食べているんですよ」
「夏の情趣たい。ひまわりの種は」
「結構だな!ソ連でひまわり畑を見たのを思い出す。旅行した時、ヨーロッパでもよく食べていた人を見たなあ。もう歳を取って、旅行もずいぶんご無沙汰だ」
「なに言ってるんですか。ここだって旅行でしょう。国内を飛び回っていたら、十分です。年相応に落ち着いてください」
夫をたしなめる華は、鷹之よりずいぶんと若々しい。夫婦の歳は一回り以上離れている。戦争が終わって事業を興し、中年になって嫁を取るまで様々なドラマがあったに違いないが、鷹之のような人は死ぬまで落ち着かずにドラマを求めてしまうようだ。
「まあ、落ち着くのはいいが、桔梗と梨と棗の薬湯。これはいいな。霧山さんところは、考えてみないかい」
「さあ、うちはなんとも。酒造会社ですから」
「謙遜しなくても。来るときに店で霧山のバジルソースのパスタを食べたよ。うまかったなあ」
「食べすぎなんですよ。気持ち悪くもなるはずだわ」
華にぴしゃりと言われても、鷹之はすっかり機嫌が良くなったようで、美味しそうに薬湯をすすった。
その一方、霞の表情は明るいとは言い難かった。
フルーツフレーバーティーに対抗して、地元の酒造組合が宣伝しているのがノンアルコールワインと米麹の紅茶だ。しかし、いまのところ反響が芳しくない。
乾燥した果物がゴロゴロ入って見た目にインパクトのあるフルーツフレーバーティーに比べて、両者とも従来からある飲料との違いが見た目にわかりにくい。
ジュースとほうじ茶じゃないの?と思う人もいる。
「そうだ。霧山くんところなら、婦人会の伝手で料理教室をできそうな人を探してもらえるんじゃないかな。霧山くんのお母さんがバジルソースのレシピを考えて売り出したって聞いたけど、なんならお母さんに頼むのは無理なのかな」
遥が話しかけると、はっとしたように霞は顔を上げた。
「他人に教えるのが、好きだから、母なら引き受けるかもしれないな。予定を聞いてみないと。それに婦人会でもこのお茶会に参加したいって人がたくさんいるって聞いたな」
「それは願ってもないことじゃないか」
カエルが嬉しそうに相槌を打った。
「あら、今回でも参加していただいたら良かったのに」
華が残念そうに言うと、薬湯を口に含んで、霧山はいえいえと首を振った。
「今回は、植樹会の人たちの参加で定員いっぱいでしたから」
「あら、それは余計な気を回したわね」
山鳥の植樹会の参加者をお茶会に呼びたいと提案したのは、華だった。
「いいえ。地元の人間はいつでも来られますよ。それより、やっぱりレンタルガーデン事業は地元より遠方の人に宣伝した方が良いでしょうから。
どこにチラシをまいて、どんな人に宣伝すればよいか、4人とも悩んでいたから、華の提案は正に渡りに船だった。山鳥の経営するホテルにチラシを置かせてもらって、地元の新聞に公告を出すかどうしようかというくらいしか思いついていなかったのだ。
「じゃあ、婦人会の人に相談がてら、ランチ会でも開いたらどうかしら。良いメニューが思いつくかもしれないわよ。ここの奥のヒマワリ畑でお見合いパーティーもいいかもね」
華が提案として言いたいのは、街コンのような合同コンパの事だろう。向日葵デートプランより向日葵料理教室の方が客層が広い。
「とりあえず、霧山くん。お母さんに聞いて見てもらえるかな。誰か料理のメニュー考えてきてもらえたら、その試食会でもいいし」
「了解。聞いてみるよ」
婚活パーティーに駆り出されてはたまらないと思った霞は、母を説得して婦人会を説得しようと心に決めた。何せ、婦人会は青年会とかPTAとかシルバー会を巻き込んで、お茶会クラブを作りたいと意欲満々なのだ。しかし、そのことを霞はまだ遥たちに相談できないでいた。
結局、遥たちは夕飯ま別荘に居座った。野人と鷹之の話に花が咲き、鷹之が主に戦後の苦労話をして終わらなかったのだ。
夕飯はまたカエルが腕を振るった。鍋焼きうどん。カエル曰くヘルシーメニューだった。食べすぎで胃もたれが本当に心配だ。
賃貸のロッジまでは、霞が遥を送り届けてくれた。
「ここは静かでいいんだろうね。ハルさんが山籠もりしていても、意外じゃないっていうか。似合ってる気がするよ」
「そうかな。山道の運転は苦手だよ。虫の声が結構する。たまに、野良猫もうるさいかな。特に雨の日が怖い。一昨日の雨もすごかった」
一昨日、庭にも出ず、遥はカタカタと雨戸のなる音に怯えていた。昼過ぎの野良猫の鳴き声に布団から出た。猫が悪夢の中の幽霊を退治してくれた。
ロッジの前に着くと、夜の庭で白と紫の桔梗が群れていた。霧山は、すぐに去らなかった。
「お茶はもう飲まないよね?」
「お腹がちゃぽんちゃぽんになるよ。もう今日は何も飲みたくない」
「確かに。お茶会の日は、朝一杯の水だけでいいね」
言いながら、霞の視線に導かれて遥は夜空を見上げた。満点の星空になっているはずだ。しかし、眼鏡をかけても乱視で見えづらいのでよく分からない。
「目が悪くてさ。北斗七星が見えないんだ。再発して治ったら、星座がわからなくなってた。読書ばっかりして視力が落ちたのか、病気のせいかよくわからないんだよ。死ぬってさ、こんな風に星がにじんで消えてくことなのかなって思う。星は必ずそこで輝いているわけだから、薄くなって消えていっているのは自分なんだよな」
霞はしみじみと語った。
「目が悪くなっても、香りは分かるし、味もする。音も聞こえる。でも、全部なくなっても、生きている限り、人は生きると思うよ。何とかして生きていくんだよ」
「いいこと言うね」
「そうかな。キザだった気がするけど」
「いや、ハルさんは昔からいいこと言うよ。高校の時も言われた気がする。なんて言われたか、忘れたけど」
なんて言われたか忘れられてしまっては、遥がいいことを言う人間だという信ぴょう性は落ちる。しかし、今日が生ぬるい夜風すら心地よく感じる充実した疲労感のある日なのは事実だった。
ちょっとお茶会をしただけの何でもない一日で疲れたなんて普通は笑われることだろうけど、レンタルガーデンのメンバーである霞には通じる気がした。
「・・・レンタルガーデンの次は、薬湯茶か。山鳥には先を越されるな。ハルさんはエディブルフラワーに反対なの?うちは酒を扱っているし、アルコールは虫除けになるからいいかなって思ったんだけど」
「うん、反対っていうか。大丈夫?中で話さなくていい?暑いけど」
「いや、そんな長話したら、カエルを待たせるかいいよ」
そっかと遥は頷いて、話を続けた。暑いし、疲れたし、早く家に入りたかったのは遥の方だ。
「花はエディブルフラワーでなくても良いでしょう。むしろ食べる方が想定外だけど、花を食べることがいつからか面白いってもてはやされた。お酒だって、飲むだけじゃなくって雰囲気に酔うっていうじゃない。飲めなくても宴会には参加させられることもある。大酒飲みが一番宴会を愉しめるというもんでもない。酒の作り手として、宴会を盛り上げられるなら、ノンアルコールの酔わないフルーツ酒や花酒造りもその冥利に尽きるんじゃないかな?気にすべきなのは、山鳥に先を越されないかもそうだけど、どっちが市場を獲得するかじゃないの?」
ド素人のアドバイスには違いない。しかし、ド素人だからころ、集団で初めから有機栽培を試すというのは大変で理想が高すぎるというのも確信としてあった。
レンタルガーデンで輝くのはお客様だ。その客の手から、煌めく花が作られる。煌めく主人公たち、運営役の遥たちは脇役だ。物語の終わりまで彼らは必ずいるが脇役はそうだとは限らない。
輝きが霞むほどレンタルガーデンの死期を早めてしまうのだろう。
まずは綺麗に花を咲かせられることが、第一の目標ではないだろうか。
「そっかあ。フルーツ酒に花酒かあ。果実町の酒造会社として原点回帰でいいかもな。まあフルーツ酒は要するにチューハイだろうけど。でも、俺、退院してから数年本当に何もしてなかったんだ。家は弟が継ぐし、今更口を出してもな」
「言って見てダメだったら、そこから考えてもいいんじゃない」
「うん」
「そして、病気のことも香さんに自分で言ってほしいかな。私、高校の時、他人の告白を代わりにやって怒られたことあるから、そういうことやりたくない。いいおとなだから」
「そんなことあったの」
「あった。病気の告白も罪の告白も恋愛の告白も、告白は告白だから、自分で告げてください」
遥は思い切って言い切った。そもそも霞むが病気を伝えたい意図が分からないのだ。何か見合いに裏があって謝罪のために断りたいのか、香りを憎からずに思って内心を探りたいのか、ただ、病気を知ってほしいだけか。意図が分からない人間が伝えてもこじれるだけだ。
香にも自律神経の病気があるようだ。香りがそれを霞に言っているのか、霞が察しているのか知らない。お互い憎からずなら、そういうことは互いに話して解決してもらいたい。
酒屋の息子だが、病気の後、霞は酒を飲めなくなった。ノンアルコールの開発は願ってもないのだろう。しかし、健康飲料は世間一般に胡散臭いものとして思われることもある。花酒や薬湯が世間に好印象を与えられるかは未知数だ。
富豪家の町おこしには森林組合も1枚噛みたいようである。プロの人出が多いに越した事はないが、すでに青年会と婦人会が合体して、お茶会クラブ緑の手が発足しそうだ。そちらの方が大乗り気で今後花壇が作られたり、レンタルガーデンがオープンする前から料理教室の話も持ち上がった。そういう大体の事情は、遥も実家の母から人づてに聞いて知っていた。
橋渡し役の霞は押しが弱いので遥に助手をしてもらいたがっているのだろう。遥の家は権力職とは無縁で、庶民である。この町には役所にすら女性の管理職がいないし、町議至っては、お年寄りが高齢者クラブで知り合った人を手を繋いで引っ張ってくるような高齢者クラブになっていた。
人生のうちにこの町にしっかり根を下ろし、確固たる地位を築き、日本経済を支え、それなりの知識も経験も豊富な方々に対して、帰郷したばかりの新参者の遥が何を言えるだろうか。
霞に自分で頑張ってもらうしかない。
「わかった。言うタイミングがあったらね。たちっぱなしで長話してごめん。今日は疲れたろうから、早くおやすみ」
「霧山くんもね」
遥が促すと、まだ話したそうにしながらも、霧山は星夜の桔梗の花園を立ち去った。
向日葵(ヒマワリ)
実は、ヒマワリの種を食べたことがありません。子どもの頃に英語の参考書にヨーロッパはヒマワリの種をよく食べるようなことが書いてあったのですが、いまもそうなのでしょうか。胃腸が弱くなったので、今は種子の類はさらに食べません。もともと母がナッツ類を嫌っていて、クルミの味を知ったのも10代の後半になってからの事でした。健康なうちに、そういったものをたくさん食べておきたかったです。固い木の実を見ると、固定観念というか、なんとなく欧州風の異国情緒を感じます。
桔梗(キキョウ)
田舎の庭は、どこの家庭も美しいと思います。コロナ禍になってますますどこも工夫が凝らされています。荒れているのはうちの庭ばかり。
猛暑で蚊の少ない庭に出ると夜は満点の星。目が悪いので、眼鏡をしていても星座はほとんど分かりません。知識も足りないのでしょう。
明かりは分かるものの立つ位置によっては、月も見失う。月明かりが出ていることは感じます。
キキョウにリンドウ、イヌフグリにつゆ草。地上の星のイメージは私の中で青い花ばかりです。
それなのに、なぜ星は黄色に見えるのでしょう。黄色い月明かりをなぜ冷たく感じることがあるのでしょう。
花言葉に添えて
向日葵(ヒマワリ):「あなただけを見つめる」
桔梗(キキョウ):「永遠の愛」
愛だの恋だのというのはよく分からないのですが、世の多くの小説で愛について語られています。元気いっぱいのイメージのある向日葵とひっそりと山に咲くイメージのある桔梗。毎回全く似ていない薬草を取り合わせることにしています。しかし、花言葉を見れば、桔梗と向日葵が庭に揃うと最強という気がしないでもありません。
”永遠にあなただけを愛する”という意味になります。プロポーズや告白にはうってつけ・・・と言いたいところですが、見た目のかけ離れた花なので、一つの花束にするのは難しそうです。いっそ庭付きの家をプレゼントして、そこに向日葵と桔梗を植えて、二つの花の意味を語って真夏の炎天下に告白されてはいかがでしょうか。暑苦しくて重たくて、きっと相手にとって忘れられないプロポーズになることでしょう。常識的に考えれば、いきなり勝手に家をプレゼントすればフラれるでしょうね。
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