第2回|歴史をたどる──中国起源から日本伝来まで
1.四柱推命の源流:中国・殷~唐代
古代中国では、暦に「十干」「十二支」を用いて日付や年をあらわす技法が紀元前の殷(いん)代から用いられていました。甲骨文字にもすでに干支による日付の記録が残っています。
やがて人の運命にもこの暦を応用しようという試みが始まり、唐(とう)代になると李虚中(りきょちゅう)が「命運を判ずる術」として初めて干支を体系化したと伝えられます。彼の診断は “的中の逸話” として、韓愈(かんゆ)の碑文にも記されています。
2.子平学の大成:徐子平と『滴天髄』
北宋(ほくそう)時代、徐子平(じょしへい/徐居易)が李虚中以来の理論をまとめ上げ、『滴天髄(てきてんずい)』などの古典を書き残しました。
「子平学」 の名称は、彼の「子平」という号にちなむもの。
四柱推命は中国では「八字(はちじ)」とも呼ばれ、年・月・日・時の計8字から運命を読む技術として確立しました。
その後、明・清の各時代に多くの師匠や流派が理論を補強・発展させ、東アジア全域に広まっていきます。
3.東アジアへの広がりと日本への伝来
▪ 台湾・韓国にも定着
清代末期には中国本土だけでなく、台湾や朝鮮半島にも四柱推命が伝わり、いずれの地でも命理学として普及しました。
▪ 日本への伝来
日本に公式に伝わったのは江戸中期。
文政年間(1818~1830年)、仙台藩の儒学者・桜田虎門(さくらだこもん)が中国の古典『淵海子平』を『推命書』として翻訳出版したのが最初の記録です。
大正時代には阿部泰山(あべたいざん)が独学で理論を深め、多くの著作を刊行。彼が日本における四柱推命普及の第一人者とされています。
昭和以降は複数の流派が生まれ、それぞれ解釈や技法に違いが見られるようになります。
4.現代日本での活用例
プロ占い師による鑑定
対面やオンラインで命式を示しながら詳細に解説書籍・講座
初心者から上級者向けまで、命式の読み方を段階的に学べる教材が多数ウェブサービス
生年月日・出生時刻を入力するだけで命式を自動作成し、簡易診断する無料ツールも普及応用例
心理学・自己啓発:増永篤彦氏の「動物占い」は、四柱推命の十二運をベースにキャラクター化した性格占いとして大ヒット
現代では単なる「占い」を超え、自己理解やキャリア設計、人間関係の改善ツールとして活用されています。
5.次回予告:命式の作り方にチャレンジ
次回(第3回)は、いよいよ「命式の作り方」です。
十干・十二支の基礎
四柱の割り出し手順
陰陽五行の相生・相剋関係
実際の生年月日時例を使って、一緒に命式を組み立ててみましょう!お楽しみに。
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