はじめまして|『水曜どうでしょう』を人生の後半からもう一度考えてみたくなりました
はじめまして。
先日(2026年5月24日)、幸にも水曜どうでしょうのディレクターの藤村さん・嬉野さんとお会いする機会がありました。それをきっかけに「水曜どうでしょうを」について、その面白さと魅力を一度しっかりと読み解いてみたくなりました。
このnoteでは、『水曜どうでしょう』について、単に番組を紹介したり名場面を振り返ったりするのではなく、なぜこの番組が30年近く経った今でも人の心に残り続けているのかを考えていきたいと思っています。
移動、疲労、沈黙、人間関係――。
『水曜どうでしょう』を見ていると、不思議と「人間そのもの」が面白く見えてきます。
そんな視点から『水曜どうでしょう』の魅力について、自分なりに言葉にしていきたいと思います。

私と『水曜どうでしょう』の付き合いは、かなり昔にさかのぼります。
私は北海道の地方都市出身で、1998年に大学進学を機に札幌で暮らし始めました。大学時代から社会人になってしばらくの間、HTB(テレビ局)の近く、平岸周辺に住んでいました。
当時は、まさに『水曜どうでしょう』を普通にテレビで見ていた時代です。
今のように、全国的な人気番組として語られる前から、北海道の深夜に流れていたあの独特な空気を、わりと近い場所で感じていました。
大学時代、私はピザハット澄川店でアルバイトをしていました。
配達の合間にポスティングをすることもあり、その途中でHTBに隣接する高台公園に立ち寄り、芝生に寝そべって少しサボっていたこともあります。
高台公園といえば、『水曜どうでしょう』のオープニングやエンディングでおなじみの場所です。
当時の自分にとっては、そこが聖地というより、生活圏の中に普通にある場所でした。
でも今思うと、それがとても贅沢な時間だったのかもしれません。
ピザの配達でHTBから注文が入ることもありました。
そのたびに、内心では少し期待していました。
もしかしたら、藤村さんや嬉野さんに会えるかもしれない。
大泉さんやミスターに会えるかもしれない。
そんなことを思いながら、HTBへの配達があると、わりと積極的に行っていた記憶があります。
結局、その時にディレクター陣や出演者の方々に会うことはできませんでした。
ただ、思い出深い出来事が一つありました。
バイト終わりに澄川駅(南平岸駅の隣り)の近くの居酒屋に行ったとき、たまたま大泉洋さんが普通にお友達と飲んでいました。
一緒にいたバイトの先輩が、大泉さんと中学校時代の同級生だったこともあり、その先輩が自然に声をかけ、少しだけ会話をしていました。
私は横でそれを見ていただけでしたが、それだけでもかなり嬉しかったのを覚えています。
当時の自分にとって、『水曜どうでしょう』はテレビの中の番組でありながら、どこか生活のすぐそばにある存在でもありました。
そんな思い出が積み重なって、この番組は自分にとって少し特別なものになっていきました。
その後、社会人になり、東京で暮らすようになり、忙しい日々の中で『水曜どうでしょう』を見返す時間は少しずつ減っていきました。
それでも、好きな番組であることは変わりませんでした。
DVDも何本かは持っていました。
ただ、全部揃えるほどではありませんでした。
「いつか全部集めたいな」とは思っていましたが、仕事が忙しいとか、今じゃなくてもいいとか、そういう理由でずっと後回しにしていました。
それが大きく変わったのは、会社を退職して、FIRE生活に入った頃でした。
時間の使い方を自分で決められるようになり、ふと「今まで後回しにしていた好きなことを、ちゃんとやってみよう」と思うようになりました。
その中で、真っ先に思い浮かんだのが、『水曜どうでしょう』のDVDを全部揃えることでした。
もともと4〜5本は持っていましたが、そこから少しずつ買い集め、最終的には全36弾を揃えることができました。
最新作『懐かしの西表島』も、ローソンのLoppiで予約して購入しました。
ここまでやると、もう少し達成感すらありました。

そして、DVDを見返しているうちに、昔とは少し違う感覚が生まれてきました。
若い頃は、ただ笑って見ていました。
深夜バスでボロボロになる大泉さん。
くだらない会話。
突然始まる小競り合い。
無茶な企画。
どうにもならない移動。
それを単純に面白がっていたと思います。
でも今見返すと、少し違って見えるんです。
疲れている大人たち。
無言の時間。
予定どおりに進まない空気。
ちゃんとしていないのに、なぜか居心地がいい関係性。
そういうものが、以前よりもずっと心に残るようになりました。
たぶん、自分自身が年齢を重ねたからだと思います。
若い頃にはただ笑っていた場面に、今は少し別の意味を感じる。
「人間って、こういうところが面白いんだな」と思うようになりました。
さらに大きなきっかけになったのが、先日参加した藤村さんと嬉野さんのトークイベント↗です。
神奈川県川崎市の武蔵新城で開催されたイベントで、水曜どうでしょうに関するイベントに参加するのは、私にとって初めてのことでした。
昔、HTBへの配達で「会えたらいいな」と思っていたお二人に、実際に会場でお会いできた。
それだけでも、自分にとってはかなり大きな出来事でした。
しかも、そのイベントでは、自分が事前に送っていた質問を嬉野さんのパートで拾っていただきました。
「FIRE生活に入り、お金を増やすことより、どう時間を使うかを考えるようになった。年齢を重ねる中で、人生で大事なものはどう変わっていきましたか」
そんな趣旨の質問でした。
自分が今まさに考えていることを、あの場で取り上げていただけたことがとても嬉しかったです。
さらにその後、思いがけず藤村さんとお話しする機会もあり、最終的には会場の皆さんの前で、趣味でnoteに連載していた「自分の資産形成やFIREまでの流れ」を話すことにもなりました。
正直、かなり不思議な体験でした。
ただ『水曜どうでしょう』が好きでイベントに行っただけなのに、その場で自分の人生の話をすることになる。
数年前の自分なら、まったく想像できなかったことです。

でもその日を通して、改めて思いました。
好きなことを後回しにしないことには、思っていた以上に大きな意味がある。
そして、『水曜どうでしょう』という番組は、ただ懐かしいだけの番組ではなく、今の自分の時間の使い方や、人との関わり方まで考えさせてくれる存在になっているのだと感じました。
ちょうど今年、2026年1月から、ディアゴスティーニ版『水曜どうでしょう』も発行されました。
誌面には、名場面だけでなく、移動中の写真、寝顔、ロケの裏側、何気ない会話の記録が載っていました。
それを読んでいて、改めて思いました。
『水曜どうでしょう』は、旅番組というより、人間を撮っていた番組だったのではないか。
移動。
疲労。
無言。
グダグダな時間。
予定どおりに進まない空気。
それでも一緒にいる4人の関係性。
本来なら編集で削られそうなものが、この番組ではむしろ面白さの中心になっていた。
だからこそ、30年近く経っても、多くの人の記憶に残り続けているのではないかと思うようになりました。
そうした番組の魅力を、自分なりに少しずつ読み解いていきたいと思っています。
単なる名場面紹介ではなく、
なぜ移動だけで面白いのか。
なぜ疲れている人間を見ると安心するのか。
なぜ無言や間が心地良いのか。
なぜ4人の関係性が、今でも特別に見えるのか。
そんなことを、今の時代の仕事、人間関係、SNSの息苦しさ、効率ばかり求められる空気とも重ねながら、ゆっくり考えていく連載にできればと思っています。
昔の番組を懐かしむだけではなく、今の自分たちの生活にも少しつながるような連載にしたいです。
自分にとっては、長い時間をかけて好きでい続けてきた番組です。
北海道で暮らしていた頃の記憶。
HTBの近くに住んでいた頃の思い出。
DVDを全巻集めた時間。
そして、藤村さんと嬉野さんに実際に会えた日のこと。
そういう自分の体験も少しずつ交えながら、『水曜どうでしょう』をもう一度、今の目線で見つめ直していきたいと思います。
もし同じように『水曜どうでしょう』の空気感が好きな方がいれば、これから一緒に楽しんでいただけたら嬉しいです。
どうぞよろしくお願いします。
次回(第1夜)は、
計画どおりにいかない人生に、なぜ『水曜どうでしょう』はこんなに刺さるのかについて、もう少し掘り下げてみたいと思います。
※この連載は、これからも『水曜どうでしょう』の魅力を一つずつ読み解いていきます。「❤️スキ」や「👤フォロー」をして、続きを読んでいただけると励みになります。
📌皆さんは『水曜どうでしょう』のどんな“空気感”が好きですか? 印象に残っている場面などあれば、ぜひコメントで教えてください。 (コメントにはできる限りご返信させていただきます)
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■運営者(ユウナ)について
このnoteでは『水曜どうでしょう』をテーマに執筆しています。以下の別アカウントでは、普通の会社員だった私が、FIREを達成するまでの資産形成の実体験を記録しています。
