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『水曜どうでしょう』サイコロの旅は、なぜ人生に似ているのか|第1夜

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私は1997年、リアルタイムで『水曜どうでしょう』が放送されていたあの当時から、番組を見てきました。

当時は単純に面白い番組でした。サイコロの出た目に振り回される大泉さん。理不尽な企画を押し付ける藤村D。その様子を楽しそうに見ているミスターと嬉野D。深く考えることなく、ただ笑って見ていました。

しかし、年齢を重ねた今、改めて見返してみると、昔とは少し違うものが見えてきます。

なぜ自分はこの番組に惹かれるのだろう。なぜ30年近く経った今でも、多くの人がこの番組を見続けているのだろう。そんなことを考えるようになりました。

そして最近、その思いはさらに強くなりました。


会社員をFIREした後に、水曜どうでしょうの全DVDを集め直し、また見返し始めました。さらに藤村さん、嬉野さんのイベントにも参加しました。すると、昔は気づかなかったことが見えてきたのです。

それは、この番組が「計画どおりにいかないこと」を面白さに変えているということでした。

企画内容や計画を聞かされていない大泉さん
(引用元:DVD「サイコロ1」より)

私たちは普段、計画どおりに物事を進めようとします。

学校もそうです。仕事もそうです。旅行に行く時も、資産形成をする時もそうです。

予定を立て、準備をし、その通りに進めようとします。もちろん、それ自体は悪いことではありません。むしろ社会では、計画どおりに進められる人の方が評価されることが多いと思います。

ところが『水曜どうでしょう』では、ほとんどの企画が計画どおりに進みません。

サイコロの旅では、どこへ行くか分からない。深夜バスに乗る予定などなかったのに、突然乗ることになる。観光を楽しむはずだったのに、移動だけで一日が終わる。体力的にも限界に近づいていく。

普通に考えれば失敗です。旅番組として考えれば、むしろマイナスかもしれません。

でも、私たちはそこに面白さを感じてしまいます。

なぜなのでしょうか。


私は最近、その理由が少し分かった気がしています。

それは、自分たちの人生も計画どおりに進まないからです。

私自身もそうでした。

大学時代は北海道の平岸周辺に住み、HTB(テレビ局)の近くで生活していました。当時は、自分が将来FIREするなど想像もしていませんでした。

資産形成の連載をnoteで100話も書くことになるとも思っていませんでした。ましてや『水曜どうでしょう』について文章を書くなど想像すらしていませんでした。

人生は振り返ると不思議です。

その時は全く関係がないと思っていた出来事が、後になって繋がることがあります。

大学時代、HTBの近くで暮らしていたこと。ピザハットでアルバイトをしていたこと。HTBへの配達を担当したこと。高台公園の芝生で休憩していたこと。最寄り駅で、大泉さんを偶然見かけたこと。

そうした出来事が、30年近く経った今でも記憶に残っています。そして今、その記憶を頼りにこうして文章を書いています。


不思議なのは、若い頃にはまったく考えなかったことを、今になって考えるようになったことです。

学生時代の自分は、『水曜どうでしょう』を見ながら、「なぜ面白いのか」など考えたことはありませんでした。ただ笑っていただけです。大泉さんがぼやけば笑い、深夜バスで疲れ切っていれば笑い、藤村Dの無茶な企画に笑っていました。

ところが年齢を重ねると、その見え方が少し変わってきました。

なぜこの番組は、こんなにも人間くさく見えるのだろう。

なぜ失敗や疲労まで含めて面白いのだろう。

そして、なぜ今見ても古く感じないのだろう。

そんなことを考えるようになりました。

おそらく、自分自身も年齢を重ね、思いどおりにいかない経験をたくさんしてきたからなのだと思います。


仕事でもそうでした。思い描いていたキャリアになったことばかりではありません。振り返れば、計画どおりだったことより、予想外だったことの方が多かった気がします。

でも人生は、いつも予想外の方向へ進んでいきます。

だからこそ私は、『水曜どうでしょう』に安心感を覚えるのかもしれません。

出演者たちは、計画どおりに進まないことを受け入れながら前へ進みます。文句も言うし、疲れもするし、ときには本気で嫌そうな顔もします。でも、結局は旅を続けていくのです。

その姿が、どこか人生に似ています。

北海道と逆へ向かう企画進行にボヤく大泉さん
(引用元:DVD「サイコロ1」より)

考えてみれば、私たちの人生も同じです。

順調だった出来事よりも、失敗したこと。遠回りしたこと。思いがけず始まったこと。そうした出来事の方が、後になって記憶に残っていることがあります。

そして、それらが結果的に今の自分を作っている。

『水曜どうでしょう』の旅も同じです。

企画が成功したから面白いのではありません。予定が崩れ、疲れ、文句を言いながらも進み続けたからこそ、多くの人の記憶に残っているのだと思います。

私が今『水曜どうでしょう』を見て感じるのは、面白さだけではありません。

「人生って、案外こんなものかもしれないな」

という不思議な安心感です。

完璧でなくてもいい。予定どおりに進まなくてもいい。それでも前へ進んでいれば、いつか振り返った時に意味のある時間になるかもしれない。

そんなことを、この番組は30年近く前から変わらず教えてくれているような気がします。

だからこそ、多くの人が何度も見返し、何年経っても語り続けているのではないでしょうか。

私もその一人です。

そして、この連載ではそんな『水曜どうでしょう』の魅力を、これから少しずつ言葉にしていけたらと思っています。


(※記事中の画像は、作品紹介および考察を目的として、解像度を下げて引用しています。著作権は各権利者に帰属します。)


次回(第2夜)は、「なぜ“移動しているだけ”なのに、こんなに面白いのか」について、もう少し掘り下げてみたいと思います。

※この連載は、これからも『水曜どうでしょう』の魅力を一つずつ読み解いていきます。「❤️スキ」や「👤フォロー」をして、続きを読んでいただけると励みになります。


📌今回の内容を踏まえて、皆さんは『水曜どうでしょう』を見て「自分の人生と重なるな」と感じたことはありますか?

印象に残っている企画や場面などがあれば、ぜひコメントで教えてください。(コメントにはできる限りご返信させていただきます)


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■運営者(ユウナ)について

このnoteでは『水曜どうでしょう』をテーマに執筆しています。以下の別アカウントでは、普通の会社員だった私が、FIREを達成するまでの資産形成の実体験を記録しています。

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