『水曜どうでしょう』サイコロ3はなぜ金字塔になったのか、深夜バスとの戦いの始まり|第28夜
前回の第27夜では、初海外ロケとなった「オーストラリア大陸縦断3,700キロ」を振り返りながら、『水曜どうでしょう』の4人の役割が少しずつ見え始めたことについて書きました。
予定外の出来事を面白く変えていく大泉洋さん。企画を進めながら自分自身も旅に巻き込まれていくミスター。現場を笑いで動かす藤村D。そして、その瞬間を撮り続ける嬉野D。
そんな4人の関係性が、さらに大きく変化していく企画があります。それが「サイコロ3」です。

(引用元:DVD「サイコロ3前編」より)
サイコロの旅といえば、『水曜どうでしょう』を代表する企画の一つです。
ただ、第3弾となるこの企画が始まった時、まだ出演者もスタッフも、このシリーズが番組を代表する存在になっていくとは思っていませんでした。
後の解説で、藤村D、嬉野Dは、このサイコロ3について『水曜どうでしょう』における金字塔だったと振り返っています。
では、なぜサイコロ3はそこまで重要な企画になったのでしょうか。
それは、旅番組として新しい場所へ行ったからではありません。むしろ、目的地ではなく目的地までの時間こそ面白い。
『水曜どうでしょう』がそのことをはっきり見つけ始めたのが、このサイコロ3だったのではないでしょうか。
今回の旅の始まりは、いきなり拉致される形ではありませんでした。
大泉さんは、樋口了一さんが普段どんな環境で楽曲を作っているのか、鈴井さんのラジオ放送終了後、その制作現場を訪ねるという企画として参加しています。
しかし、その先で待っていたのは音楽企画ではありませんでした。
用意されていたのは、いつものサイコロ。そして始まるのは、行き先を自分たちでは決められない旅でした。
もちろん大泉さんは企画内容を知りません。ただ面白いのは、この「また騙された」という部分だけがサイコロの旅の魅力ではないということです。
『水曜どうでしょう』の場合、本当に面白くなるのは、その後でした。

(引用元:DVD「サイコロ3前編」より)
サイコロの旅のすごいところは、誰にも責任がないことです。
大泉さんを苦しめているのは藤村Dでも、ミスターでもありません。行き先を決めているのは、ただ転がしたサイコロです。
だから怒りのぶつけどころがない。その理不尽な状況の中で、大泉さんのぼやきが生まれ、ミスターとの関係性が変化し、藤村Dの笑い声が響いていきます。
前回書いたオーストラリアの旅では、長い移動時間の中から偶然面白い会話が生まれました。
しかしサイコロの旅では、その状況を最初から作り出しているとも言えます。
予定通り進まない。疲れる。逃げられない。普通なら番組として避けたい状況こそ、『水曜どうでしょう』では一番面白い時間になっていきました。
そしてサイコロ3で生まれた大きな発明があります。それが、深夜バスを「擬人化」して表現する大泉さんの発言です。
普通の番組なら、深夜バスはただの移動手段です。乗って、寝て、目的地へ着く。本来ならカットされる部分です。
しかし『水曜どうでしょう』では違いました。深夜バスは、いつしか戦う相手になっていきます。
大きな窓。独特な風体。眠れない座席。
移動手段だったはずのバスに、まるで人格があるように語りかける。「勝った」「負けた」という表現で、深夜バスとの戦いを視聴者に見せていく。
藤村D自身も、後にこの深夜バスを「擬人化」する表現が好きだったと語っています。
考えてみると不思議です。ただバスに乗って移動しているだけなのに、なぜか見てしまう。そこには、疲れていく人間の変化を見る面白さがありました。

(引用元:DVD「サイコロ3前編」より)
加西サービスエリアで、大泉さんとミスターが体の痛みを訴える場面があります。ただ座って寝ていただけなのに、尾てい骨が痛い。
それを「床ズレ」と表現するところにも、『水曜どうでしょう』らしさがあります。
普通なら何でもない出来事です。でも本人たちは本気で深夜バスと戦っている。その姿が面白いのです。
藤村Dは後に、つらさには「臨界点」があって、そこを超えると面白くなってくるという趣旨の話をしています。
サイコロ3前編では、まだその入口だったのかもしれません。
この頃の大泉さんもミスターも、どこか自分たちがどう振る舞うべきか探りながら旅をしています。
編集についても、藤村Dは以前は少し切りすぎていたと振り返っています。
面白い瞬間だけをつなぐのではなく、その前後の空気も残す。
何も起きていないように見える時間の中にこそ、面白さがある。その感覚が少しずつ形になっていきました。
だからサイコロ3は、ただ人気企画の続編ではありません。『水曜どうでしょう』が、自分たちだけの面白さを見つけ始めた企画だったのだと思います。
観光地へ行かなくてもいい。特別な事件が起きなくてもいい。4人を同じ空間に置いて、予想できない状況を作れば何かが起きる。
オーストラリアで見え始めた4人の役割。その役割を最大限に引き出す体制が整い始めたのが、サイコロ3だったのかもしれません。
そして、この旅はまだ始まったばかりです。このあと大泉さんとミスターは、さらに過酷な移動へ向かうことになります。
終わらない移動。削られていく体力。そして、追い込まれることでさらに生まれていく笑い。
サイコロ3によって、『水曜どうでしょう』は少しずつ完成形へ近づいていきます。
(※記事中の画像は、作品紹介および考察を目的として、解像度を下げて引用しています。著作権は各権利者に帰属します。)
次回(第29夜)は、「大泉洋の『訴えるぞ』はなぜ30年語られる名言になったのか」について考えていきます。
サイコロ3の旅で何気なく生まれた一言。しかしその言葉は、30年後のどうでしょう祭での企画イベントにもつながるほど大きな存在になりました。
なぜ普通ならカットされるような会話が、長く愛される名場面になったのかを読み解いていきます。
※この連載は、これからも『水曜どうでしょう』の魅力を一つずつ読み解いていきます。「❤️スキ」「👤フォロー」で応援いただけると励みになります。
📌今回の内容を踏まえて、皆さんは『水曜どうでしょう』の面白さはどちらに近いと感じますか?
A:サイコロや深夜バスなど、企画そのものが面白い
B:追い込まれた時に出る、4人のやり取りや空気感が面白い
どちらに近いか、理由もあればぜひコメントで教えてください。
(コメントには必ずご返信させていただきます)
今後の『水曜どうでしょう』考察の参考にさせていただきます。
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