『水曜どうでしょう』なぜ私たちは無駄な挑戦が好きなのか|第5夜
『水曜どうでしょう』を見ていると、ふと思うことがあります。
「この人たちは、なぜこんなことを本気でやっているんだろう」
もちろん良い意味です。
冷静に考えると、不思議な挑戦がたくさんあります。
粗大ごみを拾って家を作る。原付で何日もかけて旅をする。深夜バスに何度も乗る。
普通に考えれば、もっと楽な方法があります。もっと効率的な方法があります。
でも『水曜どうでしょう』は、あえてそこへ行かない。
むしろ大変な方へ向かっていく。
そして不思議なことに、その姿ほど記憶に残っています。

(引用元:DVD「粗大ごみで家を作ろう」より)
普通、挑戦には目的があります。
試験に合格する。
大会で優勝する。
仕事で成果を出す。
何かを達成するために努力する。
私たちは自然と「挑戦=結果を出すためのもの」と考えています。
でも『水曜どうでしょう』の挑戦は少し違います。
結果だけを見ると、そこまで重要ではありません。
粗大ごみで作った家がどれほど完成度が高いか。原付でどれだけ効率よく移動できたか。深夜バスで快適に目的地へ着けたか。
そこを楽しむ番組ではありません。
むしろ逆です。
うまくいかない。疲れる。文句が出る。予想外のことが起こる。
その時間こそが面白い。
考えてみると、とても不思議です。
普通なら失敗は避けたいものです。予定通り進まないことは嫌なことです。
でも見る側からすると、そこが一番記憶に残ります。
なぜなのでしょうか。
それは、結果よりも過程の中に人間らしさが出るからだと思います。
成功した瞬間より、そこへ向かう途中。
余裕がある時より、少し追い込まれた時。
計画通りの時より、想定外の出来事が起きた時。
その時、人の素の部分が見える。
『水曜どうでしょう』は、その瞬間をずっと映してきた番組なのかもしれません。

(引用元:DVD「粗大ごみで家を作ろう」より)
これは私たち自身の思い出にも似ています。
学生時代を思い出した時、完璧に予定通り進んだ日のことをどれだけ覚えているでしょうか。
むしろ覚えているのは、予定外の出来事だったりします。
旅行で道に迷ったこと。急な雨で予定が変わったこと。友達とくだらないことで笑ったこと。
その時は大変だったのに、後から振り返るとなぜか良い思い出になっている。
そんな経験は誰にでもあると思います。
不思議ですが、人間は効率よく進んだ時間より、少し遠回りした時間の方を覚えているのかもしれません。
今の時代は、無駄をなくすことが求められます。
移動時間を短くする。失敗しない方法を調べる。最短ルートで結果を出す。
もちろん、それは大切です。
私自身も仕事や投資では、効率を考えて行動してきました。
でも人生のすべてを効率だけで考えると、少し味気なくなる気もします。
意味のない会話。寄り道。目的のない時間。
そういうものの中に、後から思い出す大切な瞬間が隠れていることがあります。
『水曜どうでしょう』が面白いのは、まさにそこなのだと思います。
普通なら削られる時間。普通なら避ける失敗。普通ならやらない挑戦。
そこを全部見せてくれる。
そして気づくのです。
「あれ、無駄だと思っていた時間って、意外と楽しいんじゃないか」
と。
粗大ごみで家を作る必要なんてありません。深夜バスで苦しむ必要もありません。原付で長い距離を走る必要もありません。
でも、必要がないからこそ面白い。
効率や結果だけでは説明できない楽しさが、そこにはあります。
大人になると、どうしても意味を求めてしまいます。
これは何の役に立つのか。何につながるのか。どんな成果になるのか。
でも子どもの頃は違いました。
意味がなくても楽しかった。
くだらないことほど夢中になれた。
『水曜どうでしょう』には、その感覚が残っている気がします。
そして面白いのは、本人たちは決して最初から楽しそうにしているわけではないことです。
むしろ文句を言います。不満も言います。「なぜこんなことをやっているんだ」という空気すらあります。
でも、気づけばその状況自体を楽しんでいる。
ここに『水曜どうでしょう』らしさがあると思います。
つらい状況を、無理やり感動に変えるわけではありません。
大変なものは大変なまま。くだらないものはくだらないまま。
でも、その時間を一緒に笑ってしまう。
だから見ている側も、「大変そう」ではなく「楽しそう」と感じるのかもしれません。
大人が本気で無駄なことをする。
だから笑える。
だから忘れられない。
そして、何年経ってもまた見たくなる。
もしかすると人生に必要なのは、効率的な時間だけではないのかもしれません。
遠回りした時間。失敗した時間。意味がなかったように見える時間。
そんな時間こそ、後から振り返った時、一番大切な思い出になっている。
『水曜どうでしょう』の無駄な挑戦を見るたびに、そんなことを感じます。
(※記事中の画像は、作品紹介および考察を目的として、解像度を下げて引用しています。著作権は各権利者に帰属します。)
次回(第6夜)は、「カメラが回っていない時ほど面白い」について、もう少し掘り下げてみたいと思います。
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📌今回の内容を踏まえて、皆さんは『水曜どうでしょう』で「無駄なのに、なぜか忘れられない」と感じる場面はありますか?
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