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『水曜どうでしょう』粗大ごみで家を作る番組なんて聞いたことがない|第4夜

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『水曜どうでしょう』の企画を知らない人に説明すると、時々、自分でも不思議になることがあります。

「サイコロを振って出た場所へ行く番組」
「深夜バスに乗り続ける番組」
「原付で日本や海外を走る番組」

改めて言葉にすると、普通の旅番組とは少し違います。

番組初期に、その中でも特に不思議な企画がありました。

それが「粗大ごみで家を作ろう」です。

タイトルそのまま。粗大ごみを拾ってきて、家を作る。

冷静に考えると、ものすごい企画です。

豪華な場所へ行くわけではありません。特別なゲストが登場するわけでもありません。大きな賞金や明確なゴールがあるわけでもありません。

ただ、大人たちが本気で粗大ごみを集めて家を作ろうとしている。

普通なら「それ番組になるの?」と思ってしまいます。

でも、それがなぜか面白い。

ここに『水曜どうでしょう』という番組の不思議な魅力が詰まっている気がします。

テンションが高いミスターと、企画をボヤく大泉さん
(引用元:DVD「粗大ごみで家を作ろう」より)

普通のテレビ番組では、企画には分かりやすい目的があります。

絶景を見る。美味しいものを食べる。有名人に会う。何か大きな挑戦を成功させる。

視聴者に「結果」を見せることが大切になります。

でも『水曜どうでしょう』は少し違います。

結果より、そこへ向かう途中を見せる番組です。

粗大ごみで家を作ろうも、本当に大事なのは「立派な家が完成すること」ではありません。

どうやって作るのか。途中で何を話すのか。予想外の出来事にどう反応するのか。

そこが面白い。

つまり、見ている場所が違うのだと思います。

普通の番組は「何をするか」を見せる。

でも『水曜どうでしょう』は「それをする人」を見せる。

だから成立するのではないでしょうか。

もし同じ企画を別の人が淡々とやっていたら、おそらくここまで記憶には残らなかったと思います。

なぜなら私たちが見たいのは、完成した家ではないからです。

困っている姿。くだらない会話。予定通りに進まない時間。

そういう部分なのだと思います。


考えてみると、『水曜どうでしょう』は普通ならカットされる部分をたくさん残しています。

移動中の会話。待ち時間。疲れている姿。何気ない一言。

テレビ制作では、本来「無駄」と判断されるような時間です。

でも、その無駄な時間にこそ、人間らしさが出ています。

もう一つ、この企画で面白いと思うのは、「粗大ごみ」という題材そのものです。

粗大ごみは、本来なら役目を終えたものです。

もう使えないもの。邪魔になったもの。誰かの生活から外されたもの。

普通の番組であれば、そんなものは主役になりません。むしろ画面から遠ざけられるものだと思います。

でも『水曜どうでしょう』は、それを拾い上げます。

そして、ただ拾うだけではなく、それを使って家を作ろうとする。

ここがとても面白いのです。

価値がないと思われたものに、もう一度役割を与える。誰も見向きもしなかったものを、番組の中心に置いてしまう。

これは『水曜どうでしょう』という番組全体にも通じる考え方かもしれません。

普通ならカットされる移動時間。何も起きていない時間。ただの雑談。予定通りにいかない失敗。

そうした「使えない」と思われがちな時間を、この番組は面白さに変えてきました。

粗大ごみで家を作ろうという企画は、その象徴のようにも見えます。

壊れたテレビアンテナを操作し必死に映そうとする2人
(引用元:DVD「粗大ごみで家を作ろう」より)

これは今の時代だからこそ、より魅力的に感じる部分かもしれません。

現代は、どんどん効率化されています。

動画は倍速で見る。知りたい情報だけ検索する。失敗しない方法を先に調べる。

できるだけ短い時間で、できるだけ良い結果を得ようとします。

もちろん、それは便利です。私自身も普段そうしています。

でも振り返ってみると、人生で強く覚えている出来事は、意外と効率的だった時間ではありません。

友人との何気ない会話。予定外の寄り道。うまくいかなかった出来事。後から笑い話になる失敗。

そういう時間だったりします。

『水曜どうでしょう』が長く愛されている理由も、そこにある気がします。

完璧な旅を見せているわけではない。

完成された企画を見せているわけでもない。

むしろ、普通なら捨てられてしまうような瞬間を大切に残している。

粗大ごみで家を作る。

文字だけ見ると意味が分からない企画です。

でも、その意味が分からないことを本気でやる大人たちがいる。

その姿を見ると、なぜか笑ってしまう。なぜか応援したくなる。


考えてみると、大人になるほど「意味のあること」を求められる場面が増えていきます。

仕事には成果が必要です。行動には理由が必要です。時間を使うなら、何かを得ることを考えてしまいます。

でも子どもの頃は、もっと単純だった気がします。

秘密基地を作る。意味もなく遠くまで歩いてみる。くだらない遊びを本気で考える。

そこに明確な目的はありません。

でも、なぜか楽しかった記憶として残っています。

粗大ごみで家を作ろうという企画には、そんな子どもの頃の遊びに近い空気があります。

大人になっても、本気でくだらないことを楽しむ。

その姿があるから、見ている側も自然と楽しくなるのかもしれません。

もしかすると私たちは、完成したものより、何かを作っている途中の人を見るのが好きなのかもしれません。

結果ではなく過程。

成功ではなく試行錯誤。

そこに人間の面白さがある。

だから『水曜どうでしょう』は、粗大ごみで家を作るだけでも番組になる。

そんな気がしています。


(※記事中の画像は、作品紹介および考察を目的として、解像度を下げて引用しています。著作権は各権利者に帰属します。)


次回(第5夜)は、「なぜ私たちは無駄な挑戦が好きなのか」について、もう少し掘り下げてみたいと思います。

※この連載は、これからも『水曜どうでしょう』の魅力を一つずつ読み解いていきます。「❤️スキ」や「👤フォロー」をして、続きを読んでいただけると励みになります。


📌今回の内容を踏まえて、皆さんは『水曜どうでしょう』で「なんでこんなことを本気でやっているんだろう」と笑ってしまった企画はありますか?

印象に残っている挑戦や場面があれば、ぜひコメントで教えてください。
(コメントにはできる限りご返信させていただきます)


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■運営者(ユウナ)について

このnoteでは『水曜どうでしょう』をテーマに執筆しています。以下の別アカウントでは、普通の会社員だった私が、FIREを達成するまでの資産形成の実体験を記録しています。

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