上手くないのはわかってるけど、私は私の写真が大好き。
意識的に写真を撮るようになって、6年が経つ。
最初は自分の店のメニュー撮影のためだった。
インスタに載せる写真を撮るために、来る日も来る日も紅茶を撮りまくった。



あるとき猫を飼い始めてからは、大量の紅茶の写真に猫の写真が侵食するようになった。

この頃、SONYのa7IIIを買って、本格的なカメラデビュー。

そして同時期にカメラYouTuberのけーすけさんの動画で、カールツァイスのBatis2/40CFというレンズと出会って、完全にカメラ沼に。




Batisで撮る写真は青味が綺麗で透明感があって、全てが美しく、冗談じゃなく世界がキラキラと輝いて見えた。
自分のいる世界って、こんなにキレイだったんだ…!と、初めて知った。




さらに時を経て、紅茶を巡る旅に出るようになって、紅茶と猫の写真に異国の風景が混じり始めた。






どこへ行ってもカメラさえあれば、自分のその時の感情をまるっと代弁してくれるような気がした。
ふと、カメラロールにある7万枚近くの写真を見てしみじみ思う。
私、自分の写真好きだなあ。
プロやセミプロの人が見たら、上手じゃないと言われるのもわかっている。
いまだにシャッタスピードとか正直よくわかってないし、編集のトーンカーブもきっとめちゃくちゃな形をしてるだろう。
構図だってなんだって、きっとダメダメだ。
でも、私は私の撮った写真が大好きなのである。

もっと上手くなりたいと純粋に思ったこともある。
写真系の某メンバーシップに入って、写真にフィードバックをもらう機会もあった。
周りは写真を本職にするようなカメラの猛者ばかり。
もっと垢抜けた写真が撮れるようになりましょうと言われ、ちーん。。。となった。
もっと垢抜けたオシャレな写真が撮れるようにならなきゃ!!と息巻いた時期もあったが、心の中で何やら嫌な予感がした。
このままここにいたら、私、写真のこと嫌いになりそう。

実際、上手く撮ろう!垢抜けたオシャレな写真を撮ろう!と意気込めば意気込むほど、何を撮ってもどう撮っても不正解な気がしてしまって、写真を撮るのが一気に苦痛になってしまった。
正直ちょっと写真が嫌いになって、しばらくカメラを触らない日が続いた。
私は私の写真が上手くないことを知っている。
垢抜けていないことも、わかっている。
だけどかつて、私は私の写真が好きだった。
自分の心が動くままに、その時感じた気持ちを閉じ込めるように撮る写真は何より楽しく、見返すとその瞬間にタイムスリップできた。
ちいさく愛おしい家族の記憶、おとぎ話のように美しい街並み、遠い異国で見た忘れられない花の色……



人に評価されたりお金にはならなくとも、自分の素直な感情の動きがそこにはあった。
だから私は私の写真が好きだったのだ。
しばらくそのメンバーシップとは距離を置いて、また自分の好きな写真を好きなように撮る日々に戻った。
上手く撮れたなと思う写真もあれば、やっぱり下手だなと思う写真もある。



でも、どの写真にも私らしさがあっていいな、と思う。
当たり前だが、どの一枚をとっても私の写真は私にしか撮れない。






写真を撮るようになって、冗談じゃなくもう一つの目を得たような気がしている。
今までなら気にも留めなかった風景たちが、ここにいるよ!と訴えてくる感覚。
そして、その声を逃したくなくて、私はまた夢中になってシャッターを切る。







写真の楽しさを知ってしまった以上、きっと私はもうカメラのない人生には戻れないだろう。
もっと上手くなりたいと思わないこともないが、それよりずっと自分の写真が好きでいられたらいいなと思う。
おばあちゃんになっても、Batis2/40CFが付いたカメラを抱えて、床に這いつくばりながら必死で猫の写真を撮る。
もしそんな未来があれば、私らしくてとてもいいじゃないか。

私は、私の撮る写真が好きです。
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