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クリティカルシンキング【古賀コン参加作品】

「古沢博士、孤高の天才未満を育てますって、なんです?」
 古沢脳科学研究所の新しい求人広告に極太明朝体で書かれていた文言だった。
「そのままの意味だよ。はー、ごちそうさん」
 古沢博士は夜食の牛丼を五分で食べ終わり、二十五分かけて熱々のお茶を飲み干した。
「孤高の天才……だったら、まだ分かるんですが」
「ふん、私みたいな、かな?」 
 爪楊枝を噛みながら、競馬新聞を読み始めた。
 古沢博士は天才的な頭脳を持っているのは確かだ。だが、俗世界にまみれまくっている彼には孤高という形容詞は全くもって似合わない。返事に窮していると、ピロロロ〜と、年季の入ったプリンターが一枚の紙を吐き出した。
「これ、履歴書ですね。最近はメールやネットでのエントリーが多いのに珍しいですね」
 履歴書の文字は上手とはいえないが、書いた人間の素朴さが滲み出ている気がした。
「そういえば履歴書って、FAXで送るものでしたっけ?」
 五年前に自分が面接した時は、前もって履歴書を郵送したはずだ。こちらが急ぎで送らせたのなら分かるが、4B鉛筆で書かれたような濃すぎる筆跡も気になる。それに気づいてからは、この履歴書の男が変わり者に思えて来た。
「どんな人なんでしょうね」
 採用の基準としては、男の経歴は申し分なく、あとは人間性にかかっている。
「面接が楽しみだ」
 変人は変人を呼ぶ、ということか。
「彼は、《孤高の天才未満》とやらになるんですか? そもそも、意味が分からないんですが」
「こちらが上手く指導さえすればなーーほら、ここに在籍していた桐島という男がいただろう?」
「……ええ。三日に一度、問題を起こすので辞めていただいた桐島さんですね」
 脳にストレスを与える実験と称して、所員に対してのハラスメントが限りなく犯罪に近いための判断だった。
「面白いやつだったんだが……あいつはやり過ぎてしまった。天才は時として、悪魔に取り憑かれるのだ」
「はあ……」
 自分は凡人で良かったと心底思う。
「あっ、だから天才未満なんですか?」
 博士はしたり顔をした。
「だが、どんなに愛情を持って導こうとしても、悪魔的な思考になる奴もいる」
 実験に成果が出始めると、まるで神にでもなったかのようにおごり高ぶる者も中にはいた。
「その度にクビにしていたら、研究所は成り立ちませんよ」
「ああ。それでこれだ」
 博士は、ピルケースを取り出して見せた。
「なんの薬です?」
「これはな、ちょっとアホになる薬だ」
「……は?」
「これを飲むとな、思考力を鈍らせることが出来るのだ。もちろん、研究に障害が出るほどじゃない。研究に真っ直ぐになりすぎて、残忍な人間にならないようにするためだ」
 博士の言いたいことは分からないではない。
「ようは、桐島さんのようなマッドサイエンティストを作らないということですね?」
「お前も言うではないか。でも、そういうことだ。ハラスメントもないーー対等な人間としてディスカッション出来る環境を整えるのは大事だろう」
 それが本当に可能なら、理想的な職場と言える。
「孤高の天才未満を作るということですか」 
 古沢博士の思慮深さに脱帽した。
「おっと、食後の薬を飲まねば。少し前から風邪気味でね……薬との相性が悪いのか、頭がぼーっとするんだ」
「えっ、博士それ……」
 博士はボリボリとちょっとアホになる薬を食べた。
「ん? いつもと味が違うな」
 思考力が鈍っているのか、自分が食べたものが何なのか気づいていないらしい。
「お身体、大丈夫ですか?」
 博士はムッとした顔で熱いお茶を淹れた。
「天才に向かってなにを言う」
「いや、間違って飲みましたよね?」  
「バカなーーわざと飲んだのさ。その方が、天才未満の気持ちが分かると思ってね」 
 孤高の天才博士は苦し紛れにそう言って、熱いお茶を三十分かけて飲み干した。
 

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