ホタルイカとスケベニンゲンのラグーパスタ
持つべきものは市場の友で、富山のホタルイカが大量に届いた。

旬の富山ホタルイカは、そりゃあもうパンっパンのムッチムチのスタイル抜群ちゃんで、擬人化なんてしようものなら、モザイク必須のR-18ちゃんだ。見ているだけで、なんというか──ムラムラしてくる。それと同時に、ホタルイカに欲情を覚える自分のスケベな人間さ具合に呆れるばかりだ。
「スケベな人間」で思い出したが──皆さんは、オランダに「スケベニンゲン」という都市が存在することをご存知だろうか。
正しくは、Scheveningenと発音するそうなので、日本に「スケベニンゲン」として持ち帰った人物の大胆な恣意性に圧倒されるし、誤りもどこ吹く風で「スケベ」として伝播し定着していったスピード感を思うと、何とも小気味が良い。
ちなみに、オランダ語でスケベニンゲンは「斜面の村」という意味のようだ。この「斜面の村」という牧歌的な言葉ですら何か淫猥なことの暗喩なのでは──などと邪推してしまうほどに、スケベニンゲンという地名にはムンムンとした言霊が漂っている。
もう少し、あと少しだけ、スケベニンゲンについて書かせてくれ。
スケベニンゲンは、海っぺりの観光地で、美しいビーチを擁している──いわば、スケベニンゲンビーチが広がっている場所だ。そこには、一糸纏わぬオランダの美女たちが犇いていて、酒池肉林の乱痴気フェスティバルが夜な夜な催されている──と言いたいところだが、これはもちろん私というどスケベニンゲンの妄想なので、ポチりそうになったオランダへの片道切符は思いとどまって欲しい。
ホタルイカについて書こうと思っていたのに、スケベニンゲンというキラーコンテンツに拐かされてしまった。
──おれは、なんてスケベなんだ....。
自分の未熟さとスケベさ、その暴れまわる困った煩悩たちは──ホタルイカと一緒に刻み、そしてパスタにして食べるに限る。
🦑 🦑
さて、私は何を隠そう──ホタルイカを見かけると燻製にしたくて白眼を剥いて震えだす蛍烏賊燻製偏執狂である。したがって、当然のごとくホタルイカの燻製に取り掛かるのだが、下処理から燻煙工程は説明するのが面倒なので以前の記事から参照していただきたい。
前回のホタルイカの燻製はよく出来たし、味も悪くなかったどころか──バキバキに美味しいパスタとして食べることが出来た。しかし、今回のホタルイカの燻煙後にその仕上がりを較べると、その圧倒的な素材の差に私は慄然とし、へなへなと膝から崩れ落ちた。


前回のホタルイカが身も旨味も凝縮したものに較べ、今回の富山ちゃんは、同じ条件で燻製したのにもかかわらず、身縮みは最小限に──旨味だけが凝縮している。
──こんなにウマイ話があってたまるかよ。
何かの陰謀──謀略にちがいないと、猜疑心をむき出しに私は周りをキョロキョロと見渡した。しかし、雑然としたキッチンには私とホタルイカ達しか存在せず、私はようやくウマイ話を受け入れることが出来たのだった。

🍥材料🍥 2〜3人前
・パスタ 250〜280g
・オリーブオイル 大さじ4
・燻製ホタルイカ 150g
・ミニトマト 15個ほど
・納豆 1パック
・かつお酒盗 大さじ1
・にんにく 2片ほど
・鷹の爪 1〜2本
・清酒 70ml
・大葉 たくさん
※燻製ホタルイカは沖漬け(前回の記事参照)でも◎
ボイルホタルイカをそのまま使う場合は、酒盗を増やすか醤油を加える
※酒盗はアンチョビや魚醤でも◎
※清酒は白ワインや泡盛でも◯
【下ごしらえ】
⚪︎ホタルイカは目、クチバシ、軟骨を取って沖漬け→燻製にする(前回の記事参照)燻製にはしなくてもOK
⚪︎ホタルイカをトッピング用を50gほど残して、みじん切りにする
⚪︎ミニトマトは半分に切っておく
⚪︎納豆は粒のものを包丁で細かく叩く(ひきわりでもOK)
⚪︎にんにくは潰して芯を除いておく(みじん切りでもOK)
⚪︎鷹の爪はへたを取って種を除いておく
⚪︎大葉を細切りにしておく
⚪︎湯に適量の塩をし、パスタを表示時間の1分前まで茹でる
まずは、ホタルイカを細かく切ってミンチにしていく。丹精込めて燻製にした可愛いホタルイカなので、ズキズキと胸が痛んだが、健康診断での中性脂肪の高さを鑑みるに、ドロドロとなった血液が胸の痛みを引き起こしていたのかもしれなかった。
ミンチになったホタルイカを少しつまむと、あまりの美味しさに思わずビールのプルタブを引く。中性脂肪の値は、こういった行為が影響しているにちがいないが、目の前の快楽に背を向けられるほど──私は枯れてはいない。

続いて、オリーブオイルに潰したにんにくと鷹の爪を投入し、弱火でじっくりと煮出す。にんにくに火が入ったら、細かくほぐしてキツネ色になるまでじっくりと煮出しておく。
ちなみに、今回は燻製ホタルイカ、にんにく、鷹の爪をオリーブオイルに1週間漬けておいた。漬けることによって、ホタルイカ──そのワタの風味、燻香やにんにくが溶け込んだ極上オイルになっている。このオイルは、パスタのみならず、ジェノベーゼソースにしたり、アヒージョ、アクアパッツァ、あるいはパンや納豆、TKGに垂らして使える最高の調味料だ。

にんにくが良い感じにフォックスしたら、刻んだホタルイカ、酒盗を加えて軽く火を入れ、清酒を注ぐ。
あまりの芳しさに思わず天を見上げるが、調理中は火から目を離さないようにしておこう。

続いて、パスタの茹で汁をお玉1杯分注ぎ、納豆とミニトマトを投入して軽く煮込む。
ミニトマトが「くったり」としたら、表示時間より1分早く上げたパスタを投入し、全体を和えながら味を含ませていく。
皿に盛り付け、どっかりと大葉を乗せる。こってりとした和風のラグーソースは、大葉との親和性がきわめて高い。大葉偏愛型人間の私として、日ごろ胸に秘めた溢れんばかりの大葉愛を表現するには──おあつらえ向きの場面だった。
──ありがとう....
などと呟きながら、そっと大葉を乗せる。
これで、燻製ホタルイカのラグーパスタの完成だ。

もう、なんというか、幸せである。
好きなものを、好きなだけ加えて作った好きなものが、「好きにして」という佇まいで皿に乗っているのだ。

まずは、皿の上で漂う罪なホタルイカちゃんをフォークで拿捕し、パスタと大葉の網でぐるぐる巻きにして拘束する。

ブヒブヒと鼻を鳴らしながら口へ迎え、そして目を瞑って、味わう。
──はんばりへってった
──をゑんゐん
あまりの味わいに、言語外のものたちが喉元を迫り上がって来る。あわてて私はビールでそれらを流し込んだ。
──なんという....うまさなんだ....
妻を見やると、彼女も「ゑ」あたりが喉につかえたような険しい表情だったが、その眉間のシワが幸せを示唆していることは──夫の私には解った。
言葉なく、黙々とフォークを進め、最後のラグーソースをパスタでこそげるように絡める。
喉元を過ぎるラグーパスタの名残、それがあまりにも切ない。それを振り払うように、私はもう一本、ビールを開けて流し込むのだった。
🦑 🦑 🦑
未明──
寝静まった家族を起こさぬように台所向かう。
冷蔵庫の死角からホタルイカを取り出し、音を立てずにそれを刻んでパスタを茹でる。忍び足ならぬ忍び包丁でショリショリと大葉を刻む私の動きは忍者さながらだ。
家族──とりわけ妻に隠密で、ふたたびラグーパスタを食べることは、忍者だけに──忍びないことこの上なかったが、私のホタルイカへの執着、スケベ心は如何ともしがたいものだった。
やはり、スケベニンゲンとは地名のみならず、私の本質を指しているのかもな──
などと思いながら、そっとフライパンを煽るのだった。
