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【第13日】なぜ、優秀な社員から順に、静かに辞めていくのか

「金は儲けようと思って儲かるものではない。人を活かし、人を大切にすることで、自然と後からついてくるものである」——出光佐三

☔️ 今日の相談

「評価制度を導入して5年になります。数値目標を明確にし、賞与に反映させ、公平を期しているつもりでした。しかし——最近気づいたのです。優秀な社員から順に、静かに辞めていくのです。表向きは『新しい挑戦』『家庭の事情』ですが、退職面談で必ず出てくる言葉は同じ。『この会社では、本当に頑張った者が報われません』——私は制度を整えたつもりが、逆に何かを壊してしまったのでしょうか。」

——ある年商17億の建設業経営者、53歳。整えたはずの制度が、なぜか組織の魂を痩せさせていく——多くの経営者が静かに気づく違和感の相談です。

🌏 判断の選択肢

社長の前には、およそ5つの道があります。

第1に、評価制度をより精緻化する道。 評価項目を増やし、数値化を徹底し、より「公平」な仕組みを目指す。

第2に、評価制度を大胆に簡素化する道。 数値評価を減らし、上司の裁量を広げる。

第3に、金銭的報酬に加え、非金銭的報酬(表彰、権限委譲、成長機会)を厚くする道。 「報われる」の定義を広げる。

第4に、評価者である管理職の教育を強化する道。 制度ではなく、運用の問題として捉え直す。

第5に、そもそも「評価とは何のためにあるのか」を、社長自身が根本から問い直す道。 制度の目的地を、経営思想として再定義する。

さて、あなたはいずれを選ばれますか。

🌟 私の判断基準

私であれば、第5を根に据え、そこから第3・第4を派生させる道——すなわち、「評価制度は社員を測る道具にあらず、社長の人間観を映す鏡である」と受け止める道を選びます。

なぜなら、評価制度で優秀な社員が辞めていくのは、制度の精度の問題ではなく、制度の根底に流れる「人間観」の問題だからです。

多くの中小企業が導入する評価制度は、大企業のそれを縮小コピーしたものが大半です。数値目標、達成率、コンピテンシー、360度評価——一見科学的に見えるこれらの仕組みは、しかし一つの前提の上に成り立っています。「人は、報酬で動く」という前提です。

しかし、優秀な社員ほど、実は報酬だけでは動きません。彼らが真に求めているのは、「自らの働きが、正しく見られている」という実感です。数字にならぬ努力、下支えの気配り、若手への静かな指導、危機の夜の孤独な残業——これらが評価表の枠外に落ちた瞬間、優秀な社員は「この会社は、私の本当の姿を見ていない」と感じ、静かに心を離していきます。

問題は「制度がない」ことではなく、「制度が万能である」と社長が信じ込んでしまうことです。制度は、社長の目の代替ではなく、社長の目を補完するものに過ぎません。制度を導入した瞬間から社員を見なくなった社長の会社では、必ず優秀な者から辞めていきます。

具体的には、こう問い直してみるのです。

「私は、この評価制度で、社員の何を測ろうとしているのか」
「私は、数字にならぬ努力を、どのような形で拾い上げているか」
「そもそも私は、社員一人ひとりを、生涯を懸けて共に働く『人』と見ているか、それとも入れ替え可能な『労働力』と見ているか」

3つ目の問いこそが根源です。社員を「人」として見る経営者の評価制度は、必ず温かみを帯びます。「労働力」として見る経営者の評価制度は、必ず冷ややかになります。制度そのものは同じでも、そこから発せられる気配は、根本的に異なるのです。

判断基準を一言で申し上げるならば、こうなります。

「評価制度は、社員を測る道具にあらず、社長の人間観を映す鏡なり。制度の精度を上げる前に、自らの人間観の深さを問え。」

第1の「より精緻化する」道は、多くの場合、事態を悪化させます。数字を増やせば増やすほど、数字にならぬものが軽んじられ、優秀な者ほど失望を深めます。

🌻 一流の経営者との共通点

この判断は、出光佐三翁の「人間尊重」の経営哲学と、真っ直ぐに結びついています。

出光佐三翁——出光興産の創業者。「日章丸事件」で戦後日本の気概を世界に示した、稀代の経営者です。翁の経営には、一つの徹底された哲学がありました。「大家族主義」——社員を家族として遇し、給与規定も就業規則もタイムカードも置かず、定年制すら置かなかった。

多くの経営コンサルタントは、「出光の経営は特殊で、現代には通用しない」と評します。しかし翁の思想の本質は、制度の有無にはありません。翁の本質は、「社員一人ひとりを、生涯を共にする『人』として見る」という根源的な人間観でした。

翁は語られました。「わしは社員を、金で雇っておるのではない。人として、生涯を共に生きる仲間として、迎えておるのだ」と。そしてこの人間観の上で、翁は幾度も苦渋の判断を下されます。戦後、GHQからの厳しい統制の中、翁は誰一人解雇せず、幹部から先に給与を返上して社員を守り抜かれました。戦時中に燃料事業を失った際も、社員1000名を抱えたまま、事業なき状態で会社を存続させた。「制度」ではなく「人間観」が、翁の全ての判断の根源だったのです。

同じ思想は、松下幸之助翁の「共存共栄」にも見られます。翁は昭和恐慌の際、「工場を半日にして給料は全額支給。半日は工員全員で在庫を売り歩け」と決断されました。誰一人解雇せず、しかも給料も減らさなかった。この決断が、後に松下電器を世界企業へと押し上げる社員の忠誠心の源となったのです。翁の遺した言葉——「金を残すは下、事業を残すは中、人を残すは上」——は、評価制度の本質を突いています。評価とは、金を分配する仕組みではなく、「人を残す」ための思想の表れなのです。

さらに、稲盛和夫氏の京セラフィロソフィにも、同じ精神が流れています。氏は語られました。「社員の物心両面の幸福を追求する。これが経営の目的である。売上や利益は、その結果として得られるものに過ぎぬ」と。そして稲盛氏の評価制度の特徴は、「動機の善なるや、私心なかりしか」という一節に集約されます。数字だけでなく、その行動の動機の純度までを見る——これが稲盛流の評価でした。

そして時代を遡れば、近江商人の思想にも、この「人間尊重」の系譜があります。近江商人の店では、丁稚から番頭までの長い年月を「人を育てる時間」と位置づけ、決して短期の成果で人を測りませんでした。10年、20年をかけて人が育つ——この時間軸の長さこそが、近江商人が数百年続いた秘訣でした。

さらに、土光敏夫翁は、東芝再建の際、給与体系を大胆に簡素化されました。「評価は、上司の眼と、本人の納得の間にしかない。制度が眼を代替することはできぬ」と喝破されたと伝えられます。翁は制度を軽んじたのではなく、制度の限界を知り尽くしていたのです。

一流の経営者に共通するのは、「制度の精度ではなく、人間観の深さに投資した」姿勢です。彼らは評価制度を、社員を測る道具ではなく、自らの人間観を組織全体に浸透させるための「媒体」として用いた。この一点が、優秀な社員が去っていく会社と、優秀な社員が集まり続ける会社との、決定的な分岐点でした。

🪵 現場での実例

私が知る、対照的な2社の物語をお伝えします。

A社(社員100名のIT関連企業)では、5年前に大手コンサルティング会社の助言を受け、極めて精緻な評価制度を導入されました。KPI、OKR、コンピテンシー、多面評価——ありとあらゆる仕組みが整いました。しかしその後の3年で、社内トップクラスの技術者5名が相次いで退職。退職理由を掘り下げると、共通する声がありました。「評価表に書けぬ努力——後輩指導、深夜のトラブル対応、他部署との調整——これらが全て評価の枠外に落ち、数字だけで測られる。私は数字を作る機械ではない」と。社長は今、こう語っておられます。「私は制度を導入した瞬間、社員を見ることをやめてしまっていたのだ。制度が眼の代わりをしてくれると、無意識に信じ込んでいた」と。

B社(社員80名の食品製造業)は、逆の道を選ばれました。10年前、社長は評価制度の導入を検討した際、あえてこう決断されました。「制度は最小限にする。その代わり、私は毎月、全社員と5分ずつの面談を続ける」と。月80時間の面談は、経営者としては大変な負担でした。しかし社長はこれを10年続けられた。数字にならぬ努力、家庭の事情、密かな悩み——制度では拾えぬものが全て、社長の眼と手帳の中に蓄積されていったのです。10年後、B社の離職率は業界平均の3分の1、そして何より、社員一人ひとりの目に、深い信頼の光が宿っております。「制度は道具にすぎぬ。制度の代わりに、私は自らの時間を、社員に差し出したのだ」と、社長は静かに笑われました。

分岐点は、制度の精度でも規模でもありません。「制度に眼を委ねたか、自らの眼を最後まで手放さなかったか」、その一点でした。

🌈 今日の一言

評価制度は、社員を測る道具にあらず、社長の人間観を映す鏡なり。
制度の精度を上げる前に、自らの人間観の深さを問え。

❓ 社長への問い

あなたなら、社員一人ひとりの「数字にならぬ努力」を、何によって拾い上げますか?

制度は必要です。しかし制度は、必ず何かを取りこぼします。取りこぼされたものこそ、実は組織の魂を支えているのかもしれません。今、あなたの評価制度が拾い上げていない努力は、誰の、どのような姿でしょうか。その姿を思い浮かべることから、明日の一歩を始めてみられてはいかがでしょうか。

🔥 明日の予告

【第14日】「社長の孤独は、誰にも話してはいけない——その本当の理由」——勝海舟の「独座」に学ぶ、経営者の孤独との向き合い方について、明日は経営者の魂の深奥に触れさせていただきます。

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