①【2026年12月施行】公益通報者保護法 改正|選択肢は7つ、私は1つも使わなかった
2026年12月1日、改正公益通報者保護法(令和7年法律第62号)が施行されます。フリーランスが保護の対象に入り、通報を理由とする解雇・懲戒には刑事罰がつきます。
でも、この記事の中心はその解説ではありません。
私は労務の専門家として社労士事務所に5年いて、30社以上を見て、自分は24時過ぎまで持ち帰り残業をして、その割増賃金は一円も払われず、そして一度も、どこにも、通報しませんでした。
そういう人間が書いています。
だから最初に、使えるものだけ先に置きます。私の話はその後です。読まなくて構いません。
先に結論|選択肢は7つあります
その前に、0番があります。
■ どこに言えばいいか分からない(=ほとんどの人がここです)
⓪ 消費者庁「公益通報者保護制度相談ダイヤル」に電話する
03-3507-9262(平日 9:30〜12:30/13:30〜17:30、土日祝・年末年始を除く)
通報の方法、保護される条件、どの役所に持っていけばいいのか。全部ここが答えてくれます。そして消費者庁は、こう明記しています。
「相談は、匿名でもご相談頂けます」
ここは個別の通報を受け付ける窓口ではありません。つまり、電話しても何も始まりません。何も始まらないから、名乗らなくていい。聞くだけ聞いて、切っていい。
通報するかどうかは、聞いてから決めればいいんです。
どの役所が担当か調べたいだけなら、消費者庁の「公益通報の通報先・相談先 行政機関検索」というシステムもあります。
以下の7つは、その先の話です。
目的が違えば、行き先が違います。
公益通報は「不正を止める」制度であって、「自分のお金を取り戻す」制度ではありません。
ここを混同すると、いつまでも窓口に辿り着けません。私が5年間、自分の案件がどの制度の話なのか判断できなかった原因も、たぶんこれです。
■ 未払い残業代・賃金を取り戻したい
① 労働基準監督署へ「申告」する(労働基準法104条1項)
職場に労働基準法違反の事実がある場合、労働者は行政官庁または労働基準監督官に申告できます。これを契機に監督官が事業場に立ち入り、違反が認められれば是正を図るよう監督指導が行われます。申告を理由とする解雇その他不利益な取扱いは禁止され(同条2項)、違反には6か月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金(同法119条)。監督官には守秘義務があり、退官後も同様です(同法105条)。
なお、労働基準監督官は、労働基準法違反の罪について司法警察官の職務を行います(同法102条)。悪質な事案は捜査のうえ検察庁に送検されます。「役所の指導」ではありません。
② 民事で請求する(労働審判・訴訟)
時効は、賃金支払期日から3年です。労基法115条は「5年」と書いてありますが、附則143条3項の経過措置で「当分の間は3年」とされています(2020年4月1日以降に支払期日が到来した賃金が対象。退職金は5年)。
3年です。ここは大事なので後でもう一度書きます。
■ 会社の不正を止めたい(=ここが公益通報)
対象になるのは、刑事罰や過料の対象となる不正行為です(法2条3項)。対象法律は約500本あります。
③ 勤務先へ(1号通報)
条件は「不正があると思料すること」。つまり、そう思っただけでいい。一番ゆるい入口です。
④ 権限のある行政機関へ(2号通報)
条件は2つのうちどちらか。
・不正があると信ずるに足りる相当の理由があること(消費者庁の説明では、例として「目撃した又は証拠がある場合」)
・または、不正があると思料し、氏名等を記載した書面を提出すること
法律用語では前者を「真実相当性」と呼びますが、要は「見た、または証拠がある」ということです。それが無くても、名前を書いた書面を出せば通ります。
⑤ 報道機関等へ(3号通報)
条件が一番重い。上の「相当の理由」に加えて、法3条1項3号の事由(イ〜ヘ)が必要です。
行政機関には、2号通報を受けたら必要な調査を行い、通報対象事実があると認めるときは法令に基づく措置その他適当な措置をとる義務があります(法13条1項)。出しっぱなしにはできません。
■ いじめ・嫌がらせ・解雇・退職トラブル
⑥ 総合労働相談コーナーへ(無料)
労働局長による助言・指導、紛争調整委員会によるあっせんにつながります。労働基準法違反ではないので労基署は動けません。行き先が違います。
■ どうしても争う
⑦ 労働組合(ユニオンは1人でも入れます)/労働審判・訴訟/弁護士
ここまでで足りる方は、ここで閉じてください。本当にそれで構いません。
以下は、この7つを1つも使わなかった人間の話と、消費者庁の調査が語っている現実です。
なぜ、この表を最初に置いたのか
理由があります。消費者庁が就労者1万人に聞いた調査(2023年11月実施、令和6年2月公表)に、答えが出ています。
勤務先で重大な法令違反を知った場合に「たぶん相談・通報しない」と答えた人(3,018人)の、通報しない理由の第1位は——
「誰に相談・通報したらよいか分からないから」31.7%。
2位は「相談・通報しても勤務先が適切に対応してくれないと思うから」26.1%。3位が「自分が相談・通報したことが周囲に知られてしまい、嫌がらせを受けるおそれがあるから」25.5%。
そして「絶対相談・通報しない」と答えた人(1,089人)では、「誰に相談・通報したらよいか分からない」が50.6%。半分です。
通報しない最大の理由は、恐怖ではありません。「どこに言えばいいか分からない」です。
だから表を先に置きました。この記事にできる一番大きな仕事が、それだからです。
そして、ここが一番言いたいところなんですが——その1位の障害には、すでに答えが用意されています。
消費者庁の相談ダイヤル(03-3507-9262)は、まさに「どこに言えばいいか分からない」を消すためだけの窓口です。匿名でいい。通報の受付はしないから、電話しても何も起きない。
31.7%と50.6%の人が足を止めている場所に、電話一本の橋が架かっている。
私は5年間、労務の専門家をやっていて、この番号を知りませんでした。
数字が、残酷なことを言っています
「通報する」と答える人は、6割います
同じ調査で、勤務先で重大な法令違反を知った場合、全体(1万人)の約6割が「相談・通報する」(17.1%)または「たぶん相談・通報する」(41.9%)と回答しています。
さらに、内部通報制度を「よく知っている」と答えた人(1,189人)に限れば——
「相談・通報する」53.7%+「たぶん相談・通報する」34.3%=88.0%。約9割です。全体平均より約30ポイント高い。
知っている人ほど、通報すると言う。
では、実際は
同じ調査の、別の設問です。
実際に勤務先や外部に「相談・通報したことがある」と答えた人は、全体の4.8%。
「相談・通報を検討したことはあるが、実際にはしなかった」が9.2%。「法令違反行為や内部規程違反などを目撃したことはない」が55.1%。
消費者庁はこう書いています。「全体の45%が勤務先において何らかの違反行為を目撃している可能性があるが、その多くは相談・通報には至っていない」。
アンケートでは、知っている人の88%が「通報する」と答える。
現実に通報した人は、4.8%。
動かないのが例外じゃない。動かないのが標準です。
あなたが動けなくても、それは弱さではありません。95%がそっち側です。
この法律は、一人で30年闘った人から生まれました
公益通報者保護法は2004年6月18日に公布され、2006年4月1日に施行されました。三菱自動車のリコール隠しや雪印食品の牛肉偽装が内部告発で表面化したことが、制定のきっかけとされています。
でも、本当の生みの親は、たぶんこの人です。
1974年、トナミ運輸の社員だった串岡弘昭さんが、運送業界のヤミカルテルを新聞社に告発しました。その後、公正取引委員会にも、労働組合にも、運輸省にも訴えました。
結果、公正取引委員会の一斉立入検査が行われ、運輸省は運送会社10社に特別監査を行い、厳重警告処分を出しています。
告発は、効きました。
そして串岡さんは、告発者だと知られてから、一度も昇格しませんでした。29歳から、30年余り。雑務しか与えられませんでした。
公益通報制度が無い時代です。串岡さんは、一人で闘いました。
2002年に提訴し、2005年2月23日、富山地裁が一部認容。内部告発を理由とする不利益な配置・差別的処遇は人事権の裁量を逸脱するとして、損害賠償が認められました(平成14年(ワ)第17号)。2006年2月16日、名古屋高裁金沢支部で和解が成立しています。
この法律の出発点は、「制度がないと、告発した人の30年が消える」という事実です。
希望から生まれた法律ではありません。恐怖から生まれた法律です。
2026年12月の改正は、何を変えるのか
改正の趣旨は、消費者庁の資料で4本柱として説明されています。
1. 事業者が公益通報に適切に対応するための体制整備の徹底と実効性の向上
2. 公益通報者の範囲拡大
3. 公益通報を阻害する要因への対処
4. 公益通報を理由とする不利益な取扱いの抑止・救済の強化
要するに、「作ったのに、使われていない」への対処です。4.8%への対処、と言い換えてもいい。
条文で確認した中身です。
・フリーランスが通報主体に追加(改正後の法2条1項3号)
「特定受託業務従事者」(フリーランス新法2条2項の定義を引用)とその経験者。業務委託の終了後1年以内も対象です。請負契約等で他社の事業に従事している場合も含まれます(同項4号)。そして業務委託契約の解除、取引数量の削減、取引の停止、報酬の減額その他の不利益な取扱いが禁止されます(改正後の法5条1項)。
・不利益取扱いの「禁止」そのものが章題から変わった(改正後の法3条1項)
現行法は「解雇は、無効とする」でした。改正法は「解雇その他不利益な取扱いをしてはならない」。禁止の対象が、解雇から「その他不利益な取扱い」まで広がっています。
・立証責任の転換(改正後の法3条3項)
通報の日から1年以内の解雇・懲戒は、公益通報を理由としてされたものと推定されます。事業者が外部通報を知って行った場合は、知った日から1年以内。
・解雇・懲戒に刑事罰(改正後の法21条1項)
6月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金。法人には3,000万円以下の罰金(同法23条1項1号)。
・通報妨害の禁止(改正後の法11条の2)
「公益通報をしない旨の合意」を求めること、通報したら不利益な取扱いをすると告げることなどが禁止され、違反してされた合意等の法律行為は無効になります。
・通報者探索の禁止(改正後の法11条の3)
正当な理由なく「お前が通報したのか」と明らかにさせようとする行為が、法律上、禁止されます。
正直に言えば、いい改正だと思います。真面目に作られています。
それでも、私は使わなかったと思います。理由を書きます。
私の職場に窓口が無かったのは、法律がそう作ってあったからです
ここは私の恨み言ではなく、データの話です。
常時使用する労働者が300人以下の事業者は、体制整備が努力義務(法11条3項)で、義務違反による直接の法的制裁もありません。この線は、今回の改正でも動いていません。しかもこの義務が法律に入ったのは令和2年改正で、施行は2022年6月1日です。
消費者庁の実態調査(令和6年4月公表)。
・従業員数300人超の事業者:91.5%が内部通報制度を導入
・300人以下の事業者:46.9%
決定的なのは、導入していない理由です。300人以下の事業者(790者)が挙げた第1位は——
「常時使用する労働者が300人以下であり、努力義務にとどまるから」約半数。
会社が言っています。「法律が努力義務にしているから、作っていない」と。
さらに、就労者側の数字。勤務先に内部通報窓口が「設置されていることを知っている」人は、全体で30.2%。300人以下の非上場企業に勤める人では、10.6%です。
中小・非上場で働く人の9割近くは、窓口があると知らない。そして実際、半分以上の会社には無い。
窓口が無いのは、あなたの会社が特別に悪いからではありません。
ここが出口です|窓口が無いことは、絶望ではありません
これは私も、原稿を書いている途中で消費者庁のQ&Aを読み直して気づきました。
3号通報(報道機関等)の保護要件のひとつに、法3条1項3号イ「公益通報をすれば不利益な取扱いを受けると信ずるに足りる相当の理由がある場合」があります。
消費者庁は、その「相当の理由」に当たる例として、こう挙げています。
・過去に不祥事について事業者内部に公益通報をした従業員が不利益な取扱いを受けたケースが実際にあった場合
・内部規程に公益通報者に対する不利益な取扱いの防止や範囲外共有等の防止について規定されていないなど、内部公益通報対応体制が指針に沿って整備・運用されていない場合
・法令違反行為の実行又は放置について経営者の関与が疑われる場合
・社内の多数の者が法令違反行為に関与している場合
読めましたか。
体制が整備されていないこと自体が、社内を飛ばして外に出るための理由になり得る。
窓口が無い職場は、見捨てられているのではありません。制度は、そこを想定して設計されています。小さな事務所で、経営者が関与していて、社内規程に何の防止措置も書かれていないなら——社内に言わずに外へ、という道が用意されている。
私はこれを、5年間知りませんでした。
そして、公益通報が唯一の道ではありません
ここも整理しておきます。中小企業で不正を見つけたとき、公益通報という言葉に縛られる必要はありません。
串岡さんが1974年に使ったのは、新聞社と、公正取引委員会と、労働組合と、運輸省でした。公益通報者保護法が影も形も無かった時代に、4つのルートを同時に使っています。
いまも同じです。
・労働基準法違反なら、労基署への申告。監督官は司法警察官として捜査・送検できます(労基法102条)。公益通報より直接的です
・カルテル・談合なら、公正取引委員会
・偽装・表示なら、消費者庁や所管官庁
・犯罪なら、警察
・雇用の問題なら、労働局、労働組合、弁護士
公益通報者保護法は「通報した人を守るためのルール」であって、「通報できる場所を決めるルール」ではありません。行き先は、不正の中身が決めます。
私が動かなかった理由は、2つだけです
① どの制度の話なのか、判断できなかった
情けない話ですが、事実です。
まず私は、「公益通報制度」は知っていました。でも「公益通報者保護法」は名前を聞いたことがある程度でした。
この二つ、同じものです。法律の名前と、その法律に基づく仕組みの名前。私は5年間、別々のものだと思っていました。
そして、通報対象事実には線が引かれています。刑罰や過料の定めがある違反に限られる(法2条3項)。
・割増賃金の未払いは、通報対象事実に当たります(労働基準法違反で刑罰の対象だから)
・パワハラは、当たりません(労働施策総合推進法に規定はあるが、行為そのものに罰則・過料の定めがないため。暴行など犯罪行為に当たる場合は該当し得ます)
20年前、家電量販店の売場で怒鳴られていたあの光景は、今の法律でも制度の外です。そして私が5年やっていた持ち帰り残業のほうは、制度のど真ん中でした。
当てはまらないほうを覚えていて、当てはまるほうに気づいていませんでした。
さらに、労基署に持っていくならそれは公益通報ではなく労基法104条1項の申告です。制度が二重に走っている。
社労士事務所で5年やって30社見た人間が、判別できませんでした。専門家が判別できないものを、一般の従業員が判別できるはずがない。
② この制度は、名前を出せる人のために作られている
ここが、この記事で一番言いたいことです。
まず、みんな匿名を選びます。
消費者庁の1万人調査で、勤務先に通報すると答えた人(3,799人)のうち、62.6%が「匿名」で通報すると回答しています。
匿名を選ぶ理由(2,380人)は——
・実名で相談・通報すると「問題のある人物」と思われ、人事異動・評価・待遇面などで不利益な取扱いを受けるおそれがあるから:57.4%
・勤務先の通報窓口が信頼できたとしても、それ以外の関係者から自分が相談・通報したことが上司や同僚等に漏れるおそれがあるから:44.1%
「窓口は信頼できる。でも、窓口以外から漏れる」——4割以上がそう言っています。これが現場の感覚です。
そして、ここに罠があります。
罠1|匿名を選ぶと、20日のカードを失う
書面で社内に通報した日から20日を経過しても調査を行う旨の通知がない場合、報道機関等への通報(3号通報)でも保護されます(法3条1項3号ホ)。消費者庁によれば、この規定の趣旨は「公益通報者に対して外部公益通報をするかどうかの判断の機会を与えるため」です。
通報したら「ひたすら待ち続ける」わけじゃない。20日待てば、次のカードが手に入る。
計算方法まで書いてあります。初日は数えません。4月1日に書面が会社に届いたなら、4月22日が「20日を経過した日」です。
ただし、消費者庁ははっきり書いています。
匿名通報のため事業者から通知を行えない場合や、公益通報者があらかじめ通知を不要としていた場合など、公益通報者の側が事業者からの通知を受けることがないような対応をとった場合には、通知がなかったことを理由に外部へ公益通報しても、保護を受けることはできない。
匿名を選んだ瞬間、20日のカードは消えます。
罠2|実名を出すと、要件が緩む
2号通報(行政機関)は、氏名等を記載した書面を出せば「見た、または証拠がある」まで要らなくなります(法3条1項2号)。その書面に書くのは、氏名又は名称及び住所又は居所、通報対象事実の内容、それが生じていると思料する理由、措置がとられるべきと思料する理由——の4つです。
実名にすると、道が広がる。匿名にすると、道が狭くなる。
——読めましたか。
この制度は、名前を出せる人のために設計されています。
匿名は「保護」ではなく、「保護の一部を諦める代わりに、身元を守る選択」です。制度は、名前を出す人に手厚い。当然です。名前が無ければ調査ができないから。合理的です。
でも、名前を出せない立場の人間には、手札が構造的に一枚少ない。
そして、その6割が匿名を選んでいる。6割が、20日のカードを最初から捨てている。
私が5年間動けなかったのは、意志が弱かったからじゃありません。全員の机の位置が分かる規模の事務所で名前を出せない人間に、この制度が用意しているカードが、そもそも足りなかったからです。
そして——串岡さんの告発が匿名でされなかったこと。この法律は、そこから生まれました。恐怖から生まれた法律が、22年経っても、その恐怖を解けていない。
フェアに書きます|通報した人の7割は「良かった」と言っています
ここまで絶望寄りに書いてきたので、逆側を正確に置きます。
実際に相談・通報した人(476人)のうち——
・「相談・通報して良かったと思う」69.5%
・「相談・通報して後悔している」17.2%
・「良かったこともあれば、後悔したこともある」13.2%
7割です。
私は最初、「通報して良かったという事例が見つからない」と思っていました。間違いでした。裁判例に残るのは失敗だけです。うまくいった通報は訴訟にならないから判例にもならず、ニュースにもならない。「良い事例がない」のではなく、「良い事例は記録されない」。
制度も効いています。内部通報制度を導入している事業者(2,442者)が挙げた「不正発見の端緒」の最多は「内部通報」で76.8%。内部監査や上司の業務チェックを上回っています。平成28年度調査では58.8%でしたから、役割はむしろ高まっている。
日本企業が不正を見つける最大の入口は、通報です。
ただし、この調査には限界があります。消費者庁自身が書いています。
「事業者調査への回答は任意(有効回答率は3割程度)であり、法律や法の指針に適切に対応し、運用実績のある事業者の方が、積極的に回答を提出する可能性がある(回答者バイアスを排除できない)」
ちゃんとやっている会社ほど、答えている。76.8%は、そういう数字です。都合のいい数字だけ引いて終わらせないために、ここも書いておきます。
後悔の理由の第1位は、報復ではありません
これが、今回の調べもので一番こたえた数字です。
通報して後悔したことがある人(145人)に理由を聞いた結果——
・「相談・通報したが、不正に関する調査や是正が行われなかったから」57.2%
・「勤め先から人事異動・評価・待遇面などで不利益な取扱いを受けたから」42.1%
・「同僚に相談・通報したことが知られてしまい、職場に居づらくなったから」24.1%
1位は報復じゃない。「何も起きなかったこと」です。
勇気を出して、名前を出して、そして——無視された。
報復されるより、無視されるほうが多い。そして、たぶんそっちのほうが人を壊します。
改正法の武器は、現実の報復の主流に届いていません
さらに踏み込みます。ここは、たぶんあまり書かれていません。
通報して実際に不利益な取扱いを受けた人(61人)に、その中身を聞いた結果です。
・上司や同僚からの嫌がらせ:49.2%
・人事評価上の減点:42.6%
・不利益な配置転換:37.7%
・減給:26.2%
・降格:21.3%
・解雇:18.0%
・懲戒処分:11.5%
・取引先からの取引の停止:1.6%
ここで、改正法の条文を思い出してください。
・禁止される不利益取扱い=広い(法3条1項「解雇その他不利益な取扱いをしてはならない」)
・無効になるのは=「解雇等特定不利益取扱い」=解雇と懲戒だけ(法3条2項)
・推定が働くのは=解雇と懲戒だけ(法3条3項)
・刑事罰が科されるのは=解雇と懲戒だけ(法21条1項)
つまり、嫌がらせも、評価の減点も、配置転換も、禁止はされています。
でも、無効・推定・刑事罰の3点セットは届きません。
解雇18.0%と懲戒11.5%には、強い武器がある。1位・2位・3位の嫌がらせ49.2%・評価減点42.6%・配転37.7%には、「禁止されている」しかない。
つまり、自分で立証して、民事で争うしかない。
報復は、罰せられる形を避けて起きます。当たり前です。やる側だって法律を読むんだから。
これは改正が悪いという話ではありません。改正は前進です。ただ、前進した先に、まだ大きな穴が残っているという話です。
なお、この点は消費者庁も見ています。改正に伴う法定指針では、立証責任の転換や刑事罰の対象となる解雇・懲戒に加えて、法で禁止される「その他の不利益な取扱い」が、地位の得喪に関すること、人事上の取扱いに関すること、経済待遇上の取扱いに関すること、精神上生活上の取扱いに関すること——の4分類で例示されました。
「精神上生活上の取扱い」。嫌がらせが、ちゃんと視界には入っています。武器が届いていないだけです。
3年後、また線が動きます
改正法の見直し規定は、政府の提出時は「施行後5年」でした。それが2025年4月24日、衆議院消費者問題に関する特別委員会で「3年」に改める修正のうえ可決されています。消費者庁の公表資料でも、同日に衆議院で修正議決されたことが確認できます。
3年です。施行が2026年12月ですから、2029年には次の議論が始まります。
上の数字を見た後だと、その議論の中身も見当がつきます。嫌がらせ49.2%・評価減点42.6%・配転37.7%が野放しである限り、制度は完成しません。
ただし、楽観はしません。前例があるからです
現行法でも「取引先の従業員・役員」は、法律上、保護される通報者の範囲に含まれています。
では、実際に彼らから通報を受け付けている事業者は何%か。
41.1%です。内部通報制度を導入している2,448者のうち。しかも平成28年度調査の43.3%から、2ポイント減っています。
法律が「保護対象だ」と言っている人たちの通報を、6割の会社が受け付けていない。
——では、2026年12月にフリーランスが保護対象に入ったら、何が起きるでしょうか。
改正に伴う法定指針では、フリーランスや業務委託関係が終了して1年以内のフリーランスに対しても、労働者等と同様に受付窓口の周知を行うこととする、という記載が追加されました。
それでも、私は楽観しません。取引先で、すでに10年やって41.1%です。
法律が保護対象にしても、窓口が受け付けなければ、そのフリーランスは1号通報ができない。残るのは、行政機関か、報道機関か。つまり、いきなり外です。
そして、私は10月に守られません
2026年10月1日、カスタマーハラスメント対策が事業主の措置義務になります(改正労働施策総合推進法33条1項、指針は令和8年2月26日厚生労働省告示第51号)。
指針を読みました。措置義務の対象は「その雇用する労働者」です。正社員も、パートも、契約社員も、派遣労働者も入ります。
では、フリーランスは。
指針の最後、「7 事業主が職場において行われる自らの雇用する労働者以外の者に対する顧客等の言動に関し行うことが望ましい取組の内容」に、こう書かれています。
事業主は、方針の明確化等を行う際に、職場における当該事業主が雇用する労働者以外の者(他の事業主が雇用する労働者及び個人事業主等の労働者以外の者)に対する顧客等の言動についても、同様の方針を併せて示すことが望ましい。
「望ましい」。
私はこの原稿の途中まで、これを「努力義務」だと書いていました。違いました。努力義務ですらありません。指針が推奨しているだけです。
私はいま、本業では労働者で、副業では特定受託事業者です。
12月には、刑事罰つきの義務で守られる。10月には、「望ましい」で見送られる。同じ年の、同じ私が。
よくある質問
Q. 改正法はいつから施行されますか?
A. 2026年12月1日です。2025年3月4日に国会に提出され、4月24日に衆議院で修正議決、6月4日に参議院で可決・成立、6月11日に公布されました。
Q. フリーランスも保護されますか?
A. 改正後の法2条1項3号で、特定受託業務従事者が公益通報の主体に追加されました。業務委託の終了後1年以内も対象です。ただし、会社の窓口が受け付けてくれるかは別問題です(取引先の従業員・役員でさえ、受付は41.1%)。
Q. 小さい会社に窓口が無いのですが。
A. 300人以下の事業者は体制整備が努力義務です(法11条3項)。導入率は46.9%。無い方が珍しくありません。そして、体制が整備されていないことは、法3条1項3号イ(不利益取扱いを受けると信ずるに足りる相当の理由)の判断で考慮され得ます。
Q. パワハラは公益通報できますか?
A. 行為そのものに罰則・過料の定めがないため、直ちには該当しません(暴行など犯罪に当たる場合は該当し得ます)。一方、割増賃金の未払いは刑罰の対象で、通報対象事実に当たります。
Q. 匿名で通報できますか?
A. できます。実際、6割超(62.6%)が匿名を選ぶと答えています。ただし、匿名で通知を受け取れない状態にすると、20日ルール(法3条1項3号ホ)を理由とする外部通報では保護されません。匿名は、手札を一枚捨てる選択でもあります。
Q. 通報した後、ひたすら待つのですか?
A. いいえ。書面で社内に通報して20日経っても調査を行う旨の通知が無ければ、報道機関等への通報でも保護され得ます(法3条1項3号ホ)。20日が区切りです。また、行政機関に2号通報をした場合、その行政機関には調査義務があります(法13条1項)。
Q. SNSに書くのはどうですか?
A. 1万人調査では「一番相談・通報しやすい先」としてSNS等を挙げた人が14.2%(15〜30歳では18.5%)いました。ただしSNSへの投稿は3号通報として、要件を満たさなければ保護されません。一番書きやすい場所が、一番守られない場所です。
Q. 未払い残業代を取り戻したいのですが、公益通報ですか?
A. 違います。公益通報は不正を止める制度です。お金を取り戻すなら、労基署への申告(労基法104条1項)と民事請求です。そして時効は3年です。
Q. 何から始めればいいですか?
A. 消費者庁の公益通報者保護制度相談ダイヤル(03-3507-9262、平日9:30〜12:30/13:30〜17:30)に電話して、聞くだけ聞いてください。匿名で構いません。この窓口は個別の通報を受け付けないので、電話しても何も始まりません。決めるのはその後です。
Q. 公益通報しか道はないのですか?
A. いいえ。労基法違反なら労基署、カルテルなら公正取引委員会、表示なら消費者庁や所管官庁、犯罪なら警察、雇用の問題なら労働局や労働組合。公益通報者保護法は「通報した人を守るルール」であって、「行き先を決めるルール」ではありません。
最後に
2004年6月、この法律が公布された月、私は家電量販店の売場にいて、労働組合の支部長でした。法律が生まれたことを知りませんでした。
法律が施行されたのは2006年4月1日。私はその月、法学部に入学しています。偶然です。売場を離れて、法律を学ぶ側に回った月に、あの法律は動き出していました。それも知りませんでした。
そこから10年かかりました。ロースクール。司法試験を3回。社労士試験。
2016年から2021年までの5年間、私は労務の専門家でした。法律はとっくに効いていました。条文も引けました。7つの選択肢は、全部知っていました。
1つも使いませんでした。
私の5年分の未払い残業代は、もう請求できません。時効は3年です。あの頃の私は「いつか」と思っていました。その「いつか」は、静かに、毎月、期限が切れていっただけでした。
いま私は、本業では労働者で、副業では特定受託事業者です。2026年12月、私はやっと、通報できる側になります。
正直に言えば、それでも通報しないと思います。あの書面に自分の氏名と住所を書いている姿が、いまでも想像できません。
だから、これを書いています。
通報しろ、とは言いません。私が言えるわけがない。「通報する」と答える人が88%、実際にした人が4.8%。動けないのが普通です。あなたが動けなくても、それは弱さじゃない。
ただ、ひとつだけ。
通報しない理由の1位は、恐怖じゃなく「誰に言えばいいか分からない」でした。31.7%。絶対しない人では50.6%。
それは、隣に一人いれば消えるものです。
この記事の上のほうにある7つの表を、覚えておいてください。あなたのためじゃなくていい。あなたの隣に、いつか、動けない人が座ります。
「まず消費者庁の相談ダイヤルに匿名で電話しろ。03-3507-9262。何も始まらないから安心して聞け」
「未払いなら労基署の申告。しかも監督官は司法警察官だから、本気の時は送検までいく」
「時効は3年。迷っている間に消える」
「いじめなら労基署じゃなく総合労働相談コーナー」
「匿名にすると20日のカードは消える」
「窓口が無いこと自体が、外に出る理由になり得る」
それだけ言える人が一人いるかどうかで、その人の次の1週間が変わります。
通報者になれるのは、追い込まれた人だけです。でも、隣で選択肢を説明できる人には、追い込まれていなくてもなれます。
私は、通報者にはなれませんでした。
せめて、隣の人にはなろうと思います。そのために、対象になる事象と、通報の方法と、通報した後の流れを、いま自分の言葉で整理し直しています。この記事は、その最初の一歩です。
串岡さんは、一人で闘いました。30年です。
その隣に、説明できる人がいたかどうかは、記録に残っていません。
労務の専門家(裏付けで社労士事務所5年・30社以上)
出典
一次資料を直接確認したもの
・公益通報者保護法の一部を改正する法律 新旧対照条文(消費者庁)
・改正概要(公益通報者保護法、法定指針)(消費者庁)
・公益通報者保護法と制度の概要(消費者庁)
・保護要件に関するQ&A(消費者庁)
・内部通報制度に関する意識調査 就労者1万人アンケート調査の結果(消費者庁、令和6年2月29日)
・民間事業者の内部通報対応 実態調査結果概要(消費者庁、令和6年4月)
・事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和8年2月26日厚生労働省告示第51号)
・未払賃金が請求できる期間などが延長されています(厚生労働省)
・公益通報者保護制度相談ダイヤル(一元的相談窓口)(消費者庁)
・トナミ運輸損害賠償事件(富山地判平成17年2月23日、平成14年(ワ)第17号/裁判所ウェブサイト)
その他
・e-Gov法令検索「公益通報者保護法」「労働基準法」
・労働基準法104条・105条・119条・102条の解説(労働新聞社ほか)
本記事は制度の一般的な解説と、筆者自身の体験に基づく個人の見解です。個別の判断は、消費者庁・所轄の労働基準監督署・総合労働相談コーナー等でご確認ください。
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隣の人に渡せなかった話を、もうひとつ。同じ法律の中で、育児と介護に、400倍の差がありました。
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